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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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魔王と神様のバースデー 3


 遠くの駅のアナウンスが風に運ばれ、三番線ホームの遅延を伝えていた。

 帰宅ラッシュの時間帯だというのに、このガード下には一切の人気がない。広場から改札までの最短コースのはずなのに、だ。


「ご機嫌麗しゅう、魔王」

 慇懃に頭を下げるテリヤム・メドクーラ。

「あ、お久しぶりです」

 それに応え、サキはぺこりと頭をさげる。前回受けた仕打ちを忘れたらしい。

「こんなところでなにをしてるのですか?」

「カップルがホテルに入っていくのを眺めてるんだ。恥じらいと期待に溢れる女の子の表情ってのはまた格別でね」

「……幻滅ですわ」

「低くなるだけ評価があったことが、嬉しいよ。さて、今のは昼間の僕の考えで、今日の目的はあと二つある」

「え、なんですか?」

「一つは広場のトランポリン。残念ながら年齢制限で飛べなかったけどね」

「あ、そうなのですか。実はワタクシもトランポリンがしたくてここまで来たのですわ」

 それに付き合わされたのか。

 隣の少女は俺の静かな怒りを感じ取ることなく、平然とした態度のままだ。

「それは奇遇だね。僕は跳び跳ねる女の子の跳ねる胸が見たかったんだけど、さすがに小さい子たち相手だと通報されかねないからね」

「お、お、お、お巡りさーん!」

 狭いトンネル内にサキの声がこだました。

「と、これもあくまでも昼間の僕の考え。今はちがう。あと一つはね」

 昼は色欲の大罪を抑えられず、変態になってしまうと、前に会った時言っていたが、実際問題いまのコイツはどうなのだろうか。

 笑いを圧し殺しながらテリヤムは続けた。

「僕の目的は魔王と同じさ」

 頭上の線路を電車が通っていく。

 空気が震え会話ができないくらいの騒音が響き渡り、思わず顔をしかめてしまった。

「勇者だよ」

 電車が通りすぎ、再び訪れた静寂に、吸血鬼は平坦な声を滑らせた。


「勇者、ですか?」

 何時ものあどけない表情を浮かべるサキ。

「ワタクシと同じということは、……復讐?」

「そうだね。僕も父を勇者に殺されてね。まあ、死んでも別に感慨はないけど」

「いえ、心中お察ししますわ。メドクーラ家といえば、吸血鬼一族の名門、前当主であるナリヤム・メドクーラ様は四天王の一角をなし、魔界に多大なる貢献をいたしました。ご冥福をお祈りいたします」

 サキは恭しく頭を下げた。

「いや、なんというか……」

 テリヤムは苦笑いを浮かべながら頬を掻く。腹立つくらいのイケメンなので、そんなキザな動作もサマになっていた。

「まあ、本当に気にしてないんだけど、僕の友達がね」

「お友達、ですか?」

「うん。僕の代わりにすごく怒ってくれているんだ。そうなると、それに触発されていっちょやってみようって気持ちになるわけ」

「美しい友情ですわ」

 サキは手を胸の前であわせ感動したように声を震わせた。

「ああ、スゴくいいやつでね。そいつが魔王にも会いたいっていうから、連れてきたんだ」

「え、本当ですか、どちらに……」

 サキが瞳を輝かせると同時だった。

「こちらである」

 厳つい声がかけられた。


 駅に通じる出口の方に、ガタイのいい五分刈りの男が立っていた。身長が高く二メートルはある。ムチムチの筋肉に彼を包む学ランが悲鳴をあげていた。

「……」

 全身をめぐる神経がこいつはヤバイと警鐘を鳴らす。

「道玄坂竜道!?」

 空気と化していたマンドラゴラが声をあげた。

「む、オヌシは狭山祐一郎。こんなところでなにをしておる」

「そ、それはこっちの台詞なんだぜ、柔道部の強化合宿に行ったはずじゃ……」

「野暮用があって帰ってきただけよ」

 マンドラゴラがガタガタと奥歯を震わせている。

「知り合いか?」

 耳元で小さく尋ねる。

「ああ、オレの学校の生徒で柔道部の主将なんだぜ。とてつもなく強くオレが所属するチームが単身つぶされたことがある……。なるほど、正体は魔族だったのか」

「がっはっは、懐かしき思い出よ!」

 大笑いする道玄坂の声に大気が震える。その振動に、また電車が通ったのかと一瞬勘違いしてしまった。

「テリヤよ」

「なんだい?」

「こちらの御方が……」

「そう。青村紗希、ニフチェリカ・マーメルト嬢だよ」

「おお、確かに高貴な出で立ち……!」

 俺たちを挟んで会話をする吸血鬼と大男。

 言葉が壁に反響して鼓膜を刺激する。

「遅ればせながら、名乗らせて頂く」

 大男は立て膝をついたが、彼が放つ威圧感は失せなかった。

「それがしの名はカルックス・モートレード。こちらの世界では道玄坂竜道と名乗っている。バルザックスの子、憤怒の大罪を司るドラゴン族の末裔でございまする」

 風を起こしそうなほどの勢いで、カルックスは頭をさげた。

「おお、おお!」

 サキは感嘆に声を震わせた。

「あなたが、あなたが、カルックス・モートレードさん! ドラゴン族の!」

「いかにも。それがしの拳は貴公の剣となりまする。なんなりとお申し付けください。我らが魔王」

「え、えーと、こほん」

 わざとらしい咳払いを一つしてから喜色満面で、

「面をあげい!」

「はっ!」

「きゃあー! 一度やってみたかったのです! ありがとうございます!」

 ぴょんぴょんと喜びで跳び跳ねるサキ。実に平和な光景だった。

 それを道玄坂の鋭い瞳がジッと見つめる。

「王よ。恐れながら申し上げます」

「な、なんでしょう?」

「その男から離れなされ」

「え?」

 男の太い指が真っ直ぐに俺に向けられる。

 嫌な予感がしたが、止める権限を持ち合わせていなかった。

「な、なんでですか? マクラさんはワタクシの……」

 カルックスの放つただならぬ気配に、サキは戸惑いながら俺の顔を見た。

「……」

 正面のカルックス・モートレードを警戒する一方で背後で不敵に笑うテリヤム・メドクーラにも意識を向けなければならず、サキの怯える視線に応える余裕など無かった。

「マクラさんは、ワタクシの側近ですわ」

「ご冗談を……」

 カルックス・モートレードの放つ気配が明確な殺意に変わり、サメのようなギザギザの歯が唇の隙間から覗いた。

「きゃつは同胞を幾百と殺しせしめた、人間族の悪意の権化」

 ああ、畜生。

「勇者でございまするぞ」

 ガード下を冷たい風が吹き抜けた。


「え?」

 時間が凍る。

「今すぐこちらにおいでくださいませ。魔王」

「だって、マクラさんは……」

 視界の端のサキの肩が小刻みに震えている。

「あの、なにかの間違いでは?」

「事実でございまする」

「そんな、まさか。だって、マクラさんは、マクラさんは、マクラ……さん」

 壊れた人形のように名前を呼ぶサキ。

「サキ……」

 ここからは命の取り合いになると判断した俺に余裕は無かったが、今にも崩れ落ちそうな少女を放っておくこともできなかった。

「マクラさん?」

 俺の声を聞き、わずかばかりの覇気を取り戻したサキに、静かに告げる。

「離れていろ」

 否定することも誤魔化すことも隠すこともできない。

 騙すつもりなど、毛頭なかった。

 だが、時として己の優柔不断さが他人を傷つけることもある。

 先刻のユナの言葉が脳内をよぎった。

「マクラさん、嘘だと、仰ってくだ……」

 残酷な結末。

「真実だ」

 俺は自分の身体に肉体強化の呪文をかけた。



「テリヤム、油断するなよ」

「お互いね。沢村マクラは一筋縄ではいかない」

 ビリビリと空気が震えていく。

 くそ、やるしかない。

岩石(イタカ・イゴス)……」

 肉体の敏捷性、筋力を魔法で底上げしていくが、向こうの世界と比較すれば悲しいくらい燃費が悪い。

 トンネルという狭い空間。

 ドラゴンと吸血鬼という強敵。

 加えて挟み撃ちときた。

 勝率は著しく低い。

「狭山祐一郎ッッ!」

「はいいぃ!」

 中央付近、サキの横に立つマンドラゴラを、道玄坂が怒鳴り付けるように叫んだ。

「魔王を連れ、それがしの後ろに来るのだ!」

「イエッサーァッ!」

 マンドラゴラは調教された軍人のような素早さで、力無く項垂れたサキの肩を抱き、バタバタと足音をたて駆けていった。

 追いかける気はしなかった。

 少女はぐったりと引きずられていくだけだった。彼女の目は暗く沈んでいる。

「どういう了見だい? 沢村くん」

 背後のテリヤムが間延びするような声で訊いてきた。

「勇者の君が魔王と馴れ合う意味がわからないし、今のチャンスで彼女を人質にとらなかったのはもっと理解できない」

「動けばやられたからな。もっともサキを人質にする気なんてはなからない」

 岩窟王(イタカ・イゴス・ノモ)……!

「一対一だ。正々堂々、サシで戦おう!」

 体が土の最上級呪文に悲鳴を挙げる。聖剣が家にある今、徒手空拳くらいしか戦闘手段がない。

「……なにナチュラルに戦力を分散させようとしてるんだい?」

「……」

 普通にばれた。

 二対一で戦っても勝てる見込みは限りなく低い。だからせめて一人一人やっていこうと思ったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

「ふん」

 鼻を鳴らし、強がって、トンネルの出口に目をやった。

 まあ、テリヤムの返しは想定の範囲内だ。俺の本命はドラゴンの方にある。

 往々にして武士口調の堅苦しいやつは武士道を重んじるタイプ。

「俺は己の力のみでお前と戦いたい。どっちが強いか、力比べしてみようぜ?」

 カルックス・モートレードにキメ顔で尋ねる。

「勇者よ」

 ドラゴンが立ち上がり、俺を上から見下ろす。

「二対一だろうと、どんな卑怯な手を使ってでも貴様を葬りさる。それがそれがしの同胞たちへの手向けだ」

 くそ。ごつい割りに融通のきかないタイプだ。

「いいだろう。俺も腹をくくった」

 土魔法で防御率は高まっている。一撃死はなんとか防げそうだ。

「かかってこい!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあおあおお!」

 ドラゴンの咆哮がガード下を反響し、俺の体を一瞬強張らせる。


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