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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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魔王と神様のバースデー 2


 俺にとってはただの平日も、ある人たちにとっては、特別な一日になりえるらしい。

 吐き出した紫煙が空調にかき消され、あとには何も残らなかった。

 鬱屈とした意識が、忘れようとしていた思い出を浮き上がらせる。

「ニフチェリカ……」

 魔王の今際の言葉は娘の名前を呼ぶ、至極人間じみたものだった。



「マクラさん」

 名前を呼ばれて、慌てて視線を少女に戻す。

 魔王の娘は、いま俺の前にいる。

「なんだ?」

「ドラゴン族の神童、カルックス・モートレードさんを探す方法を一緒に考えていただきたいのです」

 トレイを机に置き、人心地がつくと同時にサキは口を開いた。

「ドラゴン?」

「ええ。こちらの世界へ旅立つ前、ドラゴン族の子は相当な実力を持っていると噂になっていました。我が軍に加わればこれほどの戦力増強はありません」

「……そうなのか」

 コーヒーを一口啜ってから、新しいタバコに火をつける。

 俺とサキは公園の近くにあるコーヒーショップで何をするでもなく駄弁っていた。

 クリスマスイブだからと言ってイベントがあるというわけではない。つまるところ、いつもの作戦会議だ。要約すると青村紗希の暇潰し。

 芳醇な香りがタバコの匂いに相殺された。

「……」

「……なんだよ、その目は」

 セーラー服の少女が半眼で俺を睨み付けている。

 ああ、しまったな。

 控えていたタバコだが、コーヒーを飲むとどうしても吸いたくなってしまう。

「マクラさんって、十九歳……なんですよね?」

「そうだが。……もしかして、喫煙を咎めようってのか?」

「はい。未成年者の飲酒喫煙は法律で禁止されています。肺を悪くしますよ。あと、臭いです」

「このストレス社会、タバコでも吸わなきゃやってらんねぇよ」

 煙を吐き出す。この瞬間、俺も気持ちはドラゴンだ。

「不愉快です」

 目の前ではっきりと、少女は眉間にシワを寄せて、言ってのけた。

「魔王として命じます。魔族は規則正しくなければなりません」

「なんか、矛盾してないかそれ」

「どこがですか?」

「魔族っていったら、悪いことしてナンボじゃねぇの?」

「ふぅ、やれやれ」

 呆れたようなため息をついてから続けた。

「いいですか。世の中にはルールがあります。魔族が仮に悪だとしてもルールを守らなければ社会は成立しません」

 真面目な言い分にぐうの音もでない。

「少なくともワタクシの前では二度と吸わないでください。というよりも、二十歳になるまで吸ってはダメです。ニフチェリカ・マーメルトとの約束です」

「はいはい。わかりましたよ」

 親指をグッとたてるサキを見ていると、あまりのくだらなさに、反論する気も失せてくる。

 一吸いしてから、タバコを灰皿に押し付ける。先端の赤が灰色に変わり、煙が天井でたゆたった。

「ふぅー」

 肺にためた煙を味わい、最後なので、ちょっとした茶目っ気から、口をすぼめて煙をわっかにして、吐き出した。

 最後の一服は旨かった。

「は!」

 サキが存外大きな声をあげた。静かなカフェなので、たくさんの視線が彼女に集まる。

「な、なんですか、いまのは!」

「なにってタバコの煙をわっかにしただけだが」

「どうやってやるんですか?」

「煙をためて途切れ途切れに吐き出すだけだ」

「もう一回! もう一回見せてください!」

「お断りだ。今日から禁煙を決意したからな」

「そこを、そこをなんとか! 目を離していてしっかり見れていないのです。もう一回だけ吸ってください!」

「さっきと言ってることが違うじゃねぇか」

「む、む、むぅ……」

 悔しそうに机に置かれたタバコケースとライターを睨み付ける。

「ならばワタクシがやります。一本ください!」

「規則正しい魔族はどこにいった?」

「はっ!」

 ピクリとサキは肩を震わせた。

「あっ、あぶない! 未成年者なのにタバコを吸わされるところでした。なんたる策士。これが俗に言うパイセンからの悪の誘いってやつなのですわね」

「いや、微塵もすすめてないからね」

「ノー、絶対! と言える勇気!」

「うぜぇ……」

 ストレスだろうか。猛烈にタバコを吸いたくなってきた。

「いけない、話が脱線してしまいました」

 前屈みになっていたサキはスカートを正しながら椅子に座ると、テーブルの上のマグカップを白い指でつまみ口をつけた。

「やはりカフェラッテは落ち着きますわ。脱線した話を元に戻すのに最適な飲み物です」

「脱線させたのはお前だろうが」

「ワタクシの目的はただひとつ。魔族の再興と魔王軍の軍備増強ですわ。そのために竜族のモートレードさんを探さなければならないのです。話を戻しますよ! 集中してください、集中!」

 サキが熟練の教師みたいな面持ちでパンパンと手を打ち付ける。

「議題はモートレードさんを探す方法です」

「電柱に貼り紙でもはれば?」

「そういう原始的な手段を尋ねたわけではありません」

 サキがずいっと前屈みになる。

「効率良く仲間を獲得する方法はないものでしょうか」

「知らんわ」

「今から一緒に考えるのです。忌憚なき意見をどうぞ」

 サキは思案顔を浮かべたまま、カフェラテに口をつけた。

 長くなりそうな気配。非常にめんどくさい。

「お前の、アレ使えば?」

「あれ? ……どれ?」

 こてんと小首を傾げる。

「ほら、なんだっけ。スキルとかいうやつ」

「高慢のスキル、魔力探査ですか?」

「それだよ。それ。とりあえず使ってみろよ。駅前とか人でごった返すところを広範囲に探査できれば見つかる確率もあがるんじゃないの? 文化祭のときも何んだかんだで役にたったし」

「さっき言った通り暇があれば魔力探査を発動させているのですが、これで、見つかったのはマクラさんくらいでした。正直期待薄ですわ」

「ぐだぐだ言ってないでやってみろよ。人探しってのは地道な作業なんだよ」

「……わかりました」

 サキは右目につけていた眼帯を外すと、浅く息をついた。

 鳶色の瞳が静かに細くなっていく。

 俺はポケットのスマートフォンを取りだしソーシャルゲームのアプリを起動させた。

「……っ」

 一定時間たつと体力が回復しダンジョンを探索できるのだ。人と会話をしているとアプリが弄れないので、こういう貴重な時間を無駄に使いたくない。

「はぁぁぁぁ」

 正面に座るサキが息をゆっくり吐いていく音が聞こえたが、今の俺はクエストに忙しいので、店内を流れるクラシックでさえ、集中で聞こえなくなる。

「はっ!」

 レアガチャを回す。

「……! いた!」

 来い!

「居ましたわ! マクラさん! 魔族が近くにいます!」

 カプセルが光りながら、ぱかりと開く。

「……マクラさん? あの、近くに魔族が!」

「またかよ!」

「え?」

「三体目じゃねぇか。やはり課金するしかないのか……」

「マクラさん、なんのお話ですか?」

「ん? ああ、すまん、こっちの話だ。で? どうだった?」

「それが近くにいるのです。恐らく広場のクリスマスツリーの横に」

「そうか。それは残念だったな。まあ、そんな甘い話はないということだな。それよりそろそろ出るか。夕方になって混んで、……え?」

 ちょっとまて、こいつ、いま何て言った。

「えっと……いたの?」

「ええ、この潜在魔力の波長、間違いなく魔族です」

 夜よりも深い赤い瞳を歪ませて、サキは嬉しそうに微笑んだ。


 返却口にトレイを置いて半ば走るような速度で店を飛び出した。

 先行するサキは冬の空気を白く染め、スカートを翻して駆けていく。

 全くもって憂うつだ。

 何で、よりにもよって今日なのだろうか。

 労働作業のあとなので、なにもしてなくても俺の体力は半分を切っている。こんな状況でまともに魔族とぶつかり合える気がしない。

 願わくば俺が勇者と知らないやつであってほしい。

「いたっ! あの方ですわ」

 イルミネーションがカラフルな光を発し、ツリーの横に立つ人影を照らしていた。後ろ姿しかわからないが、学ランを着ている。どうやら学生らしい。

「っ」

 頭のスイッチを切り替える。

 相手が友好的であろうがなかろうが、これから先の俺に油断はない。気配を殺し、足に力をためた。

「あの……」

 息を切らせて、サキがその背中に声をかけた。

「あなた、魔族ですわね?」

 広場の喧騒が一瞬だけ静まりかえる、そんな錯覚がした。

「……」

 男がゆっくり振り返る。

「あ」

「ん、魔王か。なんの用なんだぜ?」

 いつかのマンドラゴラだった。


「ゆ、祐一郎さん」

「こんなところで会うなんて奇遇だな。なにしてるんだ?」

 紛らわしいやつだ。

 リーゼントの昔気質の不良姿をしたマンドラゴラは首をこきこきいわせながらサキに尋ねた。

「あ、デートというやつか?」

「ち、違います! そんなんじゃありません。ワタクシはただ恵まれないマクラさんに愛の手を差し出しているだけですわ!」

「チッ、ラブラブじゃねぇか。まあ、どうでもいいんだぜ。お幸せに」

「だから違いますって……」

 手をヒラヒラさせ、再び正面を向くマンドラゴラ。

「祐一郎さんはこんなところで何をしているのですか?」

「ほっといてほしいんだぜ」

 微妙に泣き出しそうな声音だった。

「ひょっとして待ち合わせなのですか?」

「その予定だが、遅れてるみたいなんだぜ」

「そうなのですか。この寒空の下大変ですわね。でもイブに待ち合わせだなんて、ひょっとして……」

「流石魔王、鋭いな。まだそういう関係じゃないが、今日で決めて見せるぜ」

「きゃぁ! 祐一郎さん、かっこいいですわ! 頑張ってください!」

 女子高生は恋ばなが好き、というのはいつの時代も変わらないらしい。サキの瞳にはたくさんの星が輝いていた。

「ふふふ、それにしても遅いんだぜ。ひょっとして電車が遅れてるのか?」

「ワタクシが知る限りでは、遅延はないはずですが……。待ち合わせは何時だったんですか?」

「四時だぜ」

「……え。そ、それは……」

 サキは言葉を失いうつ向いた。

 現在時刻、六時半。

 そんな彼女の続きを語るように、喧騒を切り裂いて、謎のメロディが響き渡った。

 シューベルトの魔王だった。


「この、音は……」

 疾走するようなピアノの旋律がジングルベルを飲み込み、その場にいる人たちの不安感を沸き上がらせる。 

「あ、電話だ」

  サキがコートのポケットから携帯を取りだし、通話ボタンを押してから耳に当てた。

「もしもし」

「お前かよ」

 なんて工夫のない着信メロディだ。

「あ、ミヤ?」

 電話口の相手はゴーレム少女のミヤストムらしい。

 そういえばあの銀髪の少女とも最近会っていない。学校でのいじめは克服したのだろうか。

「え?」

 なぜかマンドラゴラが肩をピクリと震わせた。

「え、えー、吹き矢部のクリスマス会って今日でしたっけ?」

 サキはワンオクターブ声を高くし、通話を続ける。

「あ、考えてみればそうですわね。ええ、勘違いしてました。はい、いまから向かいます。もう皆さん集まってるんですか? 場所はどこでしたっけ? ああ、はい。わかりましたわ」

 サキが早口で応対していく横で、みるみる青くなっていくマンドラゴラ。

「ええ。わかりました。そうですね、あと一時間後くらいにはつくかと思います。はい」

「ま、魔王、代わってほしいんだぜ!」

「え、あ、ちょっと待ってください。ミヤと話したいって人が」

 電話切ろうとしたサキに手を伸ばすマンドラゴラ。

「ちょっと貸して」

 俺はサキの手から彼女のスマートフォンを預り、スピーカーボタンを押してから、マンドラゴラに手渡した。たかだか数メートルの橋渡しだが、面白いことになりそうな気配がしたのだから仕方ない。

「も、もしもし」

 マンドラゴラの声は震えている。

『急な声変わりに僕はビックリしている』

 電話から聞こえた声は確かにミヤのものだった。スピーカー機能は好調らしい。

「お、オレなんだぜ!」

『誰?』

「狭山祐一郎だぜ!」

『……誰?』

 ショックで顔が歪むマンドラゴラ。

「強欲の大罪を司るマンドラゴラ、バルゼルデルゼ・ゼルデンモンデ!」

『草?』

 酷い言われようだった。

「そうだぜ!」

 認めちゃうんだ。

「ミヤちゃん、今日はオレと遊びにいく約束してたじゃないか」

『え? したっけ?』

「したんだぜ! 今日この時間にトガリ広場って!」

『トランポリンのこと?』

「そうだぜ、一緒に跳び跳ねる約束したじゃないか?」

『そんなのしてない。情報提供には感謝してる。楽しかった』

「楽しんじゃった後なのかい!」

『うん。眠りネズミのお茶会よりもずっと僕は楽しんだ』

 ガックリと肩を落とす祐一郎の携帯を受け取ったサキが「ワタクシも飛びたかったです」と呟き通話を切った。

 なんかしらんが魔族の間ではトランポリンが大ブームらしい。

「もう、帰る……」

 しょげかえったマンドラゴラが覚束ない足取りで駅に向かって歩き始める。

「ワタクシも生徒会室でクリスマスパーティがあるので帰りますわ」

 ご機嫌なサキがそれに続く。なんにせよ、オレも帰らなきゃならないので、駅に向かうことにした。



 広場から駅に向かう途中、人気のない薄暗い道を多く通る。

 整備された広場とは違い、この辺りの治安は悪く、ラブホテルや雑居ビルが多く建ち並ぶ。

 サキとマンドラゴラと俺の三人は他愛のない会話しながら、オレンジ色の灯りが照らすガード下を歩いていた。

「やぁ」

 背後から声がかけられた。

 飲み屋のキャッチかと思い無視して歩こうとしたが、前を行くサキとマンドラゴラが足を止めたので、仕方なくオレも振り向いた。

「今宵はいい夜だね」

 色欲の吸血鬼、テリヤム・メドクーラだった。




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