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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
12/79

魔王と神様のバースデー 1

 警察署で人生初の出頭を済ませた俺は、少し軽くなった財布とともに、長い坂道を下っていた。

 原付なのに駐車禁止を切られるとは、全くもって不条理な世の中だ。

 苛立ちを封じ込めるように、イヤホンを耳に突っ込み、携帯プレーヤーでお気に入りの洋楽を流す。


 静かなバラードに浸りながら歩いていると、一人の少女が坂の下で手を振っているのが目に写った。

「マクラさん」

 青村沙希ことニフチェリカが、落ち葉の絨毯の上で微笑みを浮かべていた。

「ちょぉー!」

 気づかなかったふりして、通り過ぎようとすると、彼女は小さな手で俺の腕を掴み引き留めた。

「なに?」

 仕方ないので、片耳のイヤホンを外し、少女を見返す。

 冬用のコートを羽織った少女は学校帰りのようだった。

「なぜ無視しようとしたのですか?」

「理由は自分の胸に聞け」

「胸?」

 トンと小さな胸に手を乗せる。

「ワタクシにはわかりませんが、小さい方が夢を詰め込めると思います」

「なにをとっち狂ったこと言ってんだ?」

「いえ、煽られたのかと……」

 意味はわからなかったが、俺がサキを避ける理由はただ一つ、トラブルとは無縁な人生を歩みたいからだ。

 イヤホンのコードを巻き取りながら、ため息をつく。腐った落ち葉にぐずぐずと足が沈んだ。

「どうでもいいが魔力探査で俺を追跡すんのはやめろ。ブライバシー侵害だ」

「魔力探査使わなきゃ会えないじゃないですか。あとこれすごい不思議なんですけど、魔力探査で引っ掛かるのマクラさんくらいなんですよね」

「未熟な能力だな」

「たぶん他の皆さんは魔力をコントロールしてるんだと思います。魔力コントロールできないマクラさんの方が未熟なんだと思います」

「こそこそ隠れて生きるのなんてごめんだからな。それよりお前学校はどうした、今日は平日だろ」

「終業式なので早く帰れました。明日から冬休みを迎えるのです」

「なるほど。まあ精々最後の冬休みを楽しむんだな」

「イエス。これで最後の冬休みなのです。だから青春を謳歌するのは今のうちなのです」

「青春?」

 冬の日の入りはほんとに早い。まだ五時前なのに夕闇が迫っている。冬枯れた街路樹が北風に揺れていた。

「うふふ。年齢イコール独り身のマクラさんが哀れなので、慈悲深いワタクシが今日一日だけデートしてあげます」

「ありがてぇ」

「良いのです良いのです。部下を思いやるのは上司のつとめなのですから」

「とでも言うと思ったか、ぼけ!」

「ぎゃあ」

 ローキックを食らせる。こう見えても学生時代はモテた。

「消え去れ。仕事帰りで疲れてるんだ。九時から五時まで立ちっ放しの辛さがお前にはわからないだろ」

「やれやれマクラさん、折角の機会を棒に振る気ですか? 明日は神様のバースデーですよ?」

「む?」

 ズレたソックスを直すサキに促され、周りを見渡して見ると、道行く大量のカップルが目に写った。

 町はイルミネーションに包まれ、冬の冷たい空気は優しさに包まれている。

「……クリスマスか」

 週五日、無味乾燥な日々で忘れていたが、どうやら今日は記念日らしい。

「正確にはイブですが、世界中のチルドレンは今日という日を待ち遠しく思っているらしいのです。他国の文化を視察する良い機会なのですわ」

 めっちゃ瞳が輝いている。

「お前、魔王のくせにクリスマス祝うっておかしくないか?」

「なぜです?」

「魔王が聖夜を祝っていいのかよ」

「……ッ」

 指摘されて、ハッとした顔をしたサキは、冬だというのに軽く汗を滴ながら、

「メリークリスマス!」

 と叫んだ。微塵も誤魔化せていなかった。


「どこいきますどこいきます? 水族館とかケーキ屋さんとかあとはカラオケとか行きます? どうします?」

「離れろ」

 やたらテンション高い少女が俺と並行して歩いている。

 いつもの利口ぶる間抜けが、割合として全て間抜けになっている。

「あ」

「む?」

 前方から女子高生の一団がこちらに向かって歩いてきた。

 どうやらセイジョの学生らしい。サキは静かに俺と数メートルの距離を取った。

「あ、サキ様だ!」

「生徒会長!」

「青村先輩!」

 少女たちがサキに気付いて色めきだつ。

「ごきげんよう」

「きゃあー!」

 それに皇室のような澄まし顔で応えるとサキは静かに手を振った。

「……」

 黄色い悲鳴が曲がり角を曲がって途絶えると同時に、

「で、どこいきますか? なにしますか?」

「学校でのキャラ作りミスってんじゃんねぇよ」

 呆れてなんも言えない。

「それで、マクラさんは行きたいところあります?」

「家」

「おうちデートですか? お断りです。いきなり女の子を家に誘うなんてとんでもない女たらしですね。最低です。ドン引きですわ」

「帰りたいだけだ。そういうお前はどうなんだよ」

「実はワタクシ行きたいところがあるのです」

「どこだよ」

「すぐそこなんですか、ついてきてくれますか?」

 北風に混じったジングルベルが不快感を増長させる。なぜ俺はこんな日に魔王の娘と行動を共にしないとならないのか。家で静かに写経でもしたい気分だ。

「市の掲示板で見てからずっと気になっていたのです」

 彼女にしたがって歩くと近くの公園の広場に出た。

 この駅で降りるのは随分久しぶりで、公園自体に立ち寄ったこともなかったが、思った以上に園内の雰囲気は良く、イルミネーションが暗くなり始めた広場を明るく照らしていた。

「見てください。マクラさん」

 サキは踊るように一回転すると手のひらを広げて目を細めた。

「木々を痛めながら装飾を施す……不合理極わりないです。植物が可哀想ですわ。このイルミネーションの数だけ人間の欲望を表しているに違いありません」

「言うに事欠いてそれかよ」

 語尾にカッコ笑いとつけたらしっくりいきそうな無垢な微笑みを浮かべる。

「それよりもワタクシはあれをやりたいです」

 白い息を吐きながら少女は広場の中央にある謎のオブジェクトを指差した。

「なんだあれは」

「中がトランポリンになっているのです」

 ビニールでできた巨大なクマのキャラクターのお腹に、たくさんの子供たちが吸い込まれていく。

「そういや小さい頃遊んだ記憶があるな」

 幼い時は夢中になったが、さすがにこの歳でははしゃげない。

「年齢制限あるぞ、あれ」

「子どもには悪いですが、楽しむことは大人の特権ですわ。ふふふ、大人しく外で鬼ごっこでもしていなさい」

「いや、子どもは入れるけど、お前は入れないんだ」

「はい?」

「でかい図体の大人が子どもに混じって跳ね回ったら危ないだろ」

「な、な、な、な、なんですって!」

 悔しそうにクマを眺めるサキの向こうで、笑顔を浮かべた小学生の女の子が無邪気に大きな声を上げた。

「わあー、ママー! あれすっごいよぉー! ねぇーねぇー、ユナ、あれやりたい!」

「ふふふ、良いわよ」

「やったぁー! わぁい!」

「ママは向こうで山崎のおばさんと話してるから気を付けて行って来なさい」

「はーい! いってきまーす!」

 母親とおぼしき人物と手を離し、クマのトランポリンに向かって走っていく女の子は、暴食の大罪を司るスライム族、不動院結奈だった。

「はっ!」

 俺の視線に気がついたらしい、少女は気まずそうな表情を浮かべた。

「なに見てんのよ」

 そんなこと言われても困る。


「テリヤムから力を取り戻したのになんでまだ子どもの格好してるんだよ。もしかして趣味か?」

 立ち話に花を咲かす義母とおぼしき人物を横目で見ながら、いつもの鋭い目付きでユナは答えた。

 見た目は完全にお子様だ。

「違うわよ。ころころ年齢が変わったら周りに怪しまれるでしょ」

「なるほどな。折角幼女の姿だし、そいつを使ってエンジョイしてるわけか」

「失敬な。無邪気な子どもを演じるために仕方なくやってるの」

「お前のホームステイ先のおばさんは立ち話に夢中みたいだし、無理にやんなくてもいんじゃね」

「……」

 クマのテントから、誘導員の女性に手を引かれて出てくる子は、みんな笑顔だ。

 それを心底羨ましそうな瞳で眺めながら、彼女は平静を装いながら呟いた。

「いえ、完璧な演技が求められてるもの」

「今年でいくつだっけ、お前」

「十九だけど……」

「無理すんなって。俺も同い年だからわかるけど、子どもの相手は疲れるだろ。無理してトランポリンなんてやる必要はないって。頃合いを見て義母のとこ戻ればいいだろ」

「ほ、ほっときなさい。クマが私を呼んでるのよ」

 冷たい瞳を俺らに向けてから、ユナは再び走り出そうとした。その顔はワクワクに溢れていた。

「待ってください!」

 それをサキが呼び止める。

「……なにかしら」

「ユナさん、頼みがあるのです」

 ああ、サキのやつ、まだ魔王軍の増強を諦めてないのか。なんだかんだでユナはまだサキに協力すると言っていないし。

「ワタクシに姿を子どもにする術を教えてください! 跳びたいのです!」

 そっちかよ。

 始めポカンとしていたユナだったが、「テケリ・リ。テケリ・リ」と上機嫌に呟いてから、小さな唇を開いた。

「悪いけど、それはできないわ。見た目を変えているのは種族スキルだもの」

「種族スキル?」

「大罪とは別に与えられたスキルのことよ。たとえばテリヤムは吸血鬼だから夜になると月から無限の魔力を得られるとか、そういったやつね。スライム族の私は変身とまではいかないけど、実年齢を上限に見た目を変えられるのよ」

「す、すごいです、知りませんでした。さすがユナさんですわ。ワタクシにも、なにかあるでしょうか?」

「魔王は何族だったかしら」

「さ、さあ、わかりませんわ。父は突然変異らしく一族の中で迫害されたらしいです……」

 サキは寂しそうに頭を掻いた。

「天神族だ。魔王はたしか」

「え?」

「遥か昔に滅びた一族で堕天したのがお前のオヤジだ」

「ああ、そうです。たしかそんな風なこと言ってましたわ。あれ、でもなんでマクラさんが知ってるんですか?」

「弱点を探すために調べたからな。本人の口からも聞いたし間違いないはずだぞ」

「ど、どうして弱点なんかを……」

「ん? そりゃ……あ」

 サキの視線が懐疑的なものに歪む。

 つい癖で昔得た知識を披露してしまったが、魔王の娘であるサキに、勇者時代のことを知られるのはまずい。別に秘密にしてるわけではないが、俺が父親のカタキと知れたら絶対めんどくさいことになる。

「俺と魔王はマブダチだったからな。お互いを好敵手として高め合ったもんだよ」

「そ、そうだったんですか!」

「あいつと一緒に撮ったプリクラは宝物だよ。どっかいったけど」

「えー、父様がそんなお茶目な一面を持ってたとは意外ですわ」

「川原で殴りあって、そのあと一緒に見た茜色の空を忘れないぜ」

「せ、青春ですわね」

 やっぱこの女バカだ。

 魔界の空は常に紫色だった。

「そ、それでユナさん、天神族にはどんな種族スキルがあるのですか?」

「え、ええ。わ、悪いけど、わからないわ。特殊すぎてなんとも」

「そうですか……残念ですわ」

 サキは小さく肩を落とした。

「はーい、次は大きなお友達の番だよぉー。一列に並んで入ってねぇー!」

 テントの前にいた誘導員の女性が猫なで声で、エアートランポリンへの入場を呼び掛けた。

 広場の周りにいた小学校の上級生らしき男の子たちが我先にと走っていく。

 どうやら年齢ごとに制限をかけてトランポリンを運営しているらしい。

「はっ。チャンスですわ!」

 言うや否やサキは駆け出した。

 絶対年齢制限に引っ掛かって跳べないだろうと俺は思い、あくびを噛み殺した。


「魔王の娘には言ってないのね」

 ユナが横で呟いた。

 声音は冷たく、感情が一切込もっていなかった。

「お前は跳ばなくていいのか?」

「跳ぶわよ。後でね」

 ため息をつくと、暗い夜空に白い息が上がり、溶けるように消えていった。

「そういやさっき種族スキルがうんたらとか言ってたけど、アレ、できんの?」

「あれってなによ?」

「服だけを溶かすやつ」

「バカにしてんの?」

「バカにはしてない、期待してる」

「できなくはないけど……」

「まじで? やってよ」

「あなたの股間に撃てばいいの?」

「俺が悪かった」

 しかし、夜になって気温が一気に冷えてきた。俺は羽織ったコートに首を埋めた。

「ちょっと、誤魔化さないでよ」

「なにが」

「ニフチェリカには言ってないのね。あなたが勇者だってこと」

「いまは勇者じゃない。正社員になりたい中卒労働者だ」

「それでも世界を救った英雄だわ」

「魔族にとっては、悪魔だろ」

「……ニフチェリカはあなたを慕っている。元勇者と告げないのは、あの子にとって残酷な結果を招くわよ」

 慕っている?

 瞼を閉じて少し考える。

 小馬鹿されている思い出しか蘇らなかった。

「いや、なんつうか、別に言ってもいいんだけど、アイツ勇者は八つ裂きにするって言って聞かないんだもん。俺だってまだ死にたくないし、無益な争いは避けるべきだろ」

「ほんとうにそれで済むのかしら」

 ユナが静かに呟いた。

 俺はなにも言えずに夜空を見上げた。たくさんの星が輝いている。星座なんてオリオン座くらいしか知らなかったが、なんだか少し寂しさが紛れた気がした。


「もう時間だって……」

 サキが肩をしょげて帰ってきた。

 遠くを見るとビニールのクマは空気を抜かれてふにゃふにゃになっている。業者が撤収作業を開始していた。

「あ、ああ!」

 ユナの表情がショックに歪む。

「ファック!」

 およそ見た目にそぐわない罵詈雑言をユナは悔しそうに吐き捨てた。


 

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