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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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根こそぎ劣情ファンタジア 5

 静けさに支配された空間に全裸の男が立っていた。

 剣を構える俺の背中にワタワタと慌ててミヤとサキが避難してくる。

 女子高だから変態に免疫がないのかもしれない。

「とりあえず、服を着ろ。待ってやるから」

「なんでだい?」

「なんでって、人としての尊厳がだな」

「ここは僕の家だよ。プライベートでは裸族でね。疲れた体に布をまとわせるのが嫌いなんだ。これっておかしなことかな」

「あ、まぁ、それは、たしかに……」

「女子の前です!」

 納得しかけた俺の背後でサキが両目を覆い隠しながら叫んだ。

「女の子にはありのままの僕を見てほしい」

「ただの露出狂じゃねぇか!」

「否定はしないけど、男に罵られてもなにも嬉しくないな」

 せめて否定はしてほしかった。

 息を一つついて、柄を握る右手に力を込めた。

「……どうでもいいが、これからの発言には気を配った方がいいぞ。なにが今際の言葉になるかわからないんだからな」

「無理だと思うよ」

 せせら笑いを浮かべたテリヤム・メドクーラはいつの間にかマントを羽織っていた。

 一瞬たりとも目を離さなかった、にもかかわらず奴は悠然とマントを翻している。

 マントの下は相変わらず裸だったが。

「君は自分の腕を過信しているようだね」

 他人を見透かすような冷たい瞳。

 奴の父親を思い出す。まあいい、それより俺は伝えなければならないことがたくさんある。

「マントより服を着ろ!」

「わかったよ。ほら、これで満足かい?」

「なんで靴下だけはいたんだよ! 先にパンツ履けよ!」

「白色ソックスだよ。清潔感が増しただろ」

「変態度が増したわ!」

「うるさいなぁ ほら、これで満足かい?」

「なんでネクタイだけしたんだよ! シャツとズボンをはけっていってんだよ!」

「ノーパンでもいい?」

「パンツもだよ!」

「はかないけどね」

 せせら笑いを浮かべテリヤムは片手をつきだした。

 一閃。

 突如飛んできたナイフを弾く。弾かれたナイフは万有引力の法則に従って床に刺さった。

「ほほう。すごいね。いまのを捌くなんて。だけど、負けるきは一切しないよ」

「言ってくれるな」

「今は夜だからね、月が出ている。僕ら吸血鬼は月から無限の魔力を得ることができるんだ」

 奴の父親もそうだった。強大な魔力が月夜にはより一層凶悪さを増した。

 だが、

「……お前はバカか?」

「ん? なにがだい?」

「ここは監禁用に作られた部屋だろ。魔法防御(マジックバリア)が張られている」

「くく、簡単に終わったらつまらないだろ? 僕は魔力をスキルにしか使わない。スキルは魔法ではなく技術だからね」

 霧になる能力はスキルに分類されるらしい。自然エネルギーに干渉して発動する魔法とは魔力消費の仕方が違う。門外漢なので詳しくないが、昔仲間の魔法使いから教わったことがある。

「さあ。僕は魔法を使えない。これはある意味チャンスかもしれないね」

「そりゃどうも」

「え?」

 右手が飛ぶ。

「な、ちょっ! おい」

 左手が飛ぶ。

「な、なんだ、なんなんだ、ちょっとタンマ!」

 右足首を切り飛ばしたところで、テリヤムはよろけて床に倒れこんだ。

 マントの中身がご開帳される。「ひゃあー」サキの悲鳴と「おっきぃ……」ミヤが背後で呟いた。

「どうした?」

 片足で踏みつけ剣を眼前に突きつける。

「負ける気しないんじゃあ無かったか?」

 切り飛ばした傷口の断面からは黒い霧が水蒸気のように上っている。

「まだヨーイドン言ってないだろ。早すぎるよ」

「そうか。すまない。仕切り直しといこう」

 足をどかし、立たせる。

 マントの埃をはたきながらテリヤムは息をついた。

「ふぅ。やれやれ」

「ヨーイドン」

「ちょっ、まてよ!」

 右足首を切り飛ばす。

 血は飛ばない。黒い霧になって霧散するだけだ。

「どこまで切り刻めば、お前は死ぬんだ? 」

 太刀を幾度となく浴びせるが、ニヤニヤと口角をつり上げるだけで、答えてくれない。

 ゆっくりとした動作で立ち上がったテリヤムに、矢継ぎ早に攻撃を畳み掛けるが、ダメージは一切無さそうだった。

「僕は吸血鬼だからね、そう簡単には死なないよ。亜人族だけど、アンデッド族と近い分類だからね。核がやられない限り何度でも甦る」

「核? これか?」

 度重なる攻撃で薄くなった奴の体の中心に、へんな丸い塊があったので、切りつけるのをやめて左手で握る。

「ぎゃああああ」

 テリヤムが悲鳴をあげた。


 全員が呆気にとられていた。

 核を握る俺すら呆然としてしまう。

「ひとまず離してくれないか」

 冷や汗が垂れていた。先ほどまでの余裕はどこかにいってしまったようだ。

「僕がなにしたというんだ」

 吸血鬼の核は心臓に似ていた。

 左手で脈動する小さなカタマリ、どうやら文字通り彼の命を握っているらしい。

「俺には直接的な被害はないけど、ミヤとサキは誘拐されたな」

「もう解放したじゃないか」

「解放というか、俺が救出しただけじゃねぇか」

「元の鞘に収まったのなら解決だよ」

「確かにそうか」

 納得しかけて核を手放そうとした俺の背後で、

「女生徒の体操服を盗みました!」

 サキが叫んだ。

 平然とテリヤムは、

「その件に関しては、あれだね。ムシャクシャしてやった、今は反省している、被害者の方に謝りたい」

「謝罪より先に物品を返しなさい!」

「それは無理だよ。女子高生の汗の匂いが僕はたまらなく好きなんだ」

「ひょええ」

 およそ女子高生に似つかわしくない叫び声をあげたサキに代わって、俺は左手の核を力強く握った。

「ぎゃああああ」

「さっさと持ってこい、このド変態が」

「いやだッ!」

「頑なな野郎だな」

 握力を高める。

「ぐっうう!」

「なんでそこまで体操服を返したくないんだ?」

「僕の愛しい人が大きくなったとき着る服がなくなっちゃうだろ」

 ああ、ユナの半身か。

 妙な合点がついたところで、入り口から鈴を鳴らしたように澄んだ声が響いた。

「必要ないわね」

 ユナだった。


 赤いニット棒にウェーブがかった長い黒髪、階段前で別れた少女だが、先刻とは明らかに違う点がひとつあった。

 彼女は俺と同じ身長になっていた。

「ヘソ、出てるぞ……」

「仕方ないじゃない」

「ユナオルマ嬢! はっ、まさか……」

 テリヤムの顔が青くなる。

 幼児体系が今ではメリハリついたモデルボディになっている。

 俺と別れたあとで、半身を見つけ、再び融合を果たしたらしい。思った以上にトントン拍子に事が進んだ。

「返してもらったわよ」

 挑発するような物言いにテリヤムの顔が青くなる。

「気色悪い趣味してるわね。巨乳の妹がほしいだなんて」

「よくも、よくも奪ったな」

「奪うもなにも元からアタシよ。あんたの愛しのオルマちゃんは」

「……オーマイガッ」

 小さく呟き、テリヤムは由奈の発言に返答することなく、ガックリと、冬の柳のように項垂れた。

「なっ……」

 途端、俺が持っていた核がサラサラと黒い砂になって消える。

「し、死んだ……」

 まさか精神的苦痛により死ぬ生物がこの世にいるとは。

「いえ……、マクラ、油断しないで」

 軽く動揺する俺を注意するように、大きくなった由奈が、ファイティングポーズをとる。

 床にこぼれ落ちた砂は地面につくと同時に黒煙になり、部屋の中心に流れると、そこで人のカタチを取り始めた。

「不味いぞ……なんだかわからないが嫌な予感がする」

 ミヤとサキを廊下まで避難させ、俺は一人、聖剣を持って煙と相対した。

「……」

 再びテリヤム・メドクーラのカタチをとった煙が、俺をジッと見つめてくる。服は着ていたが、安心感は一切無かった。先ほどまでの気配がどす黒い気配に変わっている。

 瞳の色が変わり、薄く開いた唇の隙間には牙が覗いていた。

「君は……?」

 テリヤムは目を細めて俺を見つめた。

「ボケたか、色ボケ吸血鬼」

「なるほど。色欲がいろいろとやらかしたようだね」

 髪をゆっくりかきあげる。

 青白い肌に赤い瞳、すべてを見透かすような深い色をしていた。

「……なんだお前は」

 悪寒がした。先ほどとは別ベクトルで恐怖を感じる。

 室内を漂う空気が奴に飲まれていた。

「昼と夜だとどうしても性格が変わってしまってね。昼は太陽が眩しすぎてね、色欲を節制できないんだ。迷惑をかけてしまったみたいだね」

「二重人格者を装ってその場を誤魔化そうだなんて考えが甘いぞ」

「二重人格とは少し違うかな。人格障害というより躁鬱病のほうが近いかもしれないね。興奮状態が収まったのが今の僕ってところだよ」

 吸血鬼は顔をあげて、俺を正面から見つめた。

「ところで、君はどうやらとてつもない能力を持っているようだね」

「どうだろうな」

「留学生じゃなさそうだが……」

「趣味で武芸を嗜んでる者だ」

「ふぅん、なんにせよやりあうのは得策じゃなさそうだ」

「どうでもいいが、お前は色々とやらかし過ぎた。少しは反省してもらおうか」

 聖剣を突きつける。

 顔色一つ変えずに吸血鬼は俺を見返した。

「得策ではないが、失策ではない。こちらもダメージは負うだろうが、君が望むのなら相手になろう」

「……」

 底知れない。

 俺がやつに感じていた不安の正体はコイツで間違いなさそうだ。

 勝つか負けるか、答えはやってみなくちゃわからないが、少なくとも無傷での達成は難しいだろう。

「いや、……」

 貯金残高が頭をよぎる。

「やめておこう。俺だって病院にはかかりたくない。かすり傷とはいえ医療費はバカにならないからな」

 剣を鞘に納める。

「ただこれだけははっきり言わせてもらうぞ。昼間のお前なら俺は瞬殺できる。あまり調子に乗るな」

「肝に銘じておくよ。僕もほとほと呆れているんだ」

 緊迫した糸が緩む。

 俺は踵を返して、テリヤム・メドクーラに背後を向けたが、特に不意打ちの一撃を食らうことはなかった。

「君とはまたゆっくりと話がしたいな」

「俺はごめんだ」

 背中越しに言葉を交わす。もう二度と会いたくない。俺の望みはそれだけだ。

「それで、アレはどうするんだい?」

「む」

 振り向くと、テリヤムは今のドンパチで床に乱雑に散らばった一冊の本を指差した。

「あ」

 忘れてた。

 奪われた本を取り戻すのが、俺の目的だった。

 いそいそと拾おうと前屈みになる。

「うわぁ……」

 ミヤがすっとんきょうな声をあげた。

「不潔」

 目だけを動かして回りを見てみる。女性陣のドンひいた視線の数々。

「……テリヤム、片付け手伝ってやるよ」

「いや、いいよ。僕がやっとく」

「ああ。そう」

 本の持ち主をテリヤムにすることで、なんとか誤魔化せたが、俺は大切な物を失った。こいつなんだかんだでいい人なんじゃないだろうか。


「帰るぞ」

 廊下で待つ、ミヤとサキ、そしてユナに声をかける。不安そうな少女たちは何かを訴えかけるような目線を俺にぶつけてきたが、無視して歩みを進めた。

 暗い廊下を歩き続ける。

「体操服、返してもらっていません……」

 サキがぼそりと呟いたが、もうテリヤム・メドクーラの顔を二度と見たくなかったので、聞こえなかったふりをして引き返すことはしなかった。

 廊下を抜けて、玄関を出たとき、空には月が浮かんでいて、真っ暗のキャンバスに穴が空いてるみたいで少し不気味だった。

「楽しかったわ」

「なにがだよ」

「テケリ・リ。テケリ・リ。色々よ」

 冬の風の匂いが芝生の庭を吹き抜ける。

「それに元の力を取り戻せて感謝してるの。機会があったらまた会いましょう。マクラ」

 ひしゃげた門をこじ開けて、アスファルトの道に出ると同時に、ユナが軽く手をあげ、その場を去っていた。

「マクラさんはユナさんとどこで会ったのですか?」

 その背中を見送りながらサキが聞いてきた。

「道で仲間になりたそうな目でこちらを見ていたんだ」

「なるほど」

 冗談で言ったつもりだったが、納得してしまった。どんな脳ミソしてんねん。

「ユナさんとテリヤムさんの魔力は覚えたので今度また魔王軍に勧誘にいきましょう」

「やだよ。一人で行けよ」

「一人でできないことも力を合わせればできるようになる、ワタクシはそう信じているのです」

「その通りだと思うが、リーダーをやるなら責任をとって最後までやれ」

「じゃあ声かけはワタクシがやるので、マクラさんはワタクシがパソコンの授業中に作成したパンフレット『目覚めよ!ー魔王軍へようこそー』を配る役を差し上げます」

「お断りだ」

 小さな背中が曲がり角を曲がって視界から消えた。冬の日の入りは速い。まだ六時にもなっていないのに、夜空にはたくさんの星が浮かんでいる。

「さてと、ワタクシたちも帰るとします。……マクラさん、また」

「ああ、二度と厄介事を持ち込むなよ」

 ミヤとサキとも別れ、俺は自分の原付に乗って家に帰ることにした。

 戦闘を避けた結果とはいえ、一段落ついてよかった。これでようやく落ち着ける。

「マクラ」

「ん?」

 振り向くと、月明かりに照らされたミヤが立っていた。

「どうした?」

「魔王がテリヤムにさらわれても落ち着いてゲームをしていたのは、マクラが助けに来てくれると信じていたから」

「は?」

「それを伝えに来た」

 薄く笑みを浮かべたミヤが、踵を返してかけていく。

「ミヤー、早く帰りますわよー」

 遠くで手を振る眼帯の少女に向かって。


 ポケットに入れておいたエンジンキーを取り出して、路上に放置したままの愛車を探す。

 電柱の近くだったな。

 スポットライトみたいな街灯に照らされた原付に股がり、自宅へ向かおうとした俺は、折り畳んだミラーを開いたとき、ふとした違和感にとらわれた。

 ミラーにかけられたピンク色のわっか。

「……」

 そこに記載された公僕からの注意文。

 駐車禁止。

「罰金……」

 そして出頭要請。

 免許に傷がついてしまった。



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