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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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根こそぎ劣情ファンタジア 4

 薄暗い廊下に夜虫の鳴き声が響いていた。

 館を囲むように覆い繁る緑には初冬とはいえ沢山の秋が残っているようだった。

「きゃあああああ」

 つんざくような甲高い叫び声が、壁を挟んだ向こう側の部屋から聞こえた。

「今のは……」

「この部屋みたいね」

 先を歩いていたユナがドアを指差す。

 茶色の古めかしいドアの隙間からは灯りがもれ、薄暗い廊下をひっそりと照らしていた。

解錠(ビゴラマケ)!」

 ユナは手をかざし、ドアノブに鍵開けの呪文を唱える。

「……」

「どうした?」

「ダメ。かなり協力な魔法防御(マジックバリア)がかけられてるわ。この部屋のなかでは一切の魔法が唱えられない」

「下がっていろ」

 聖剣を取り出す。海底神殿のクリスタルゴーレムに比べれば、この程度のドアは紙に等しい。

 上下左右、豆腐を切るみたいに刃を振るう。

「さすがね」

 音をたてて、扉だったモノが崩れていく。中の灯りが溢れ、俺の両目を刺激した。


「ずるいずるいです!」

「ずるくない」

「最初にお互いの損になることはしないと誓いあったじゃないですか!」

「してない」

「もー、頭に来ました。とびちりカードをつかいます!」

「そ、それはひどい」

 目が眩みながらも、徐々に慣れてきた俺の視界に飛び込んできた光景は、楽しそうにゲームをするミヤとサキの姿だった。

 でかいテレビには一世代前のゲーム機が接続されていて、二人とも和気あいあいとコントローラーを握っている。

 怒りが沸々とわいてきた。

 俺が苦労しているときにコイツらはノウノウとゲームをしていたのだ。

 なるたけ気配を消してコンセントを引き抜いた。

「あぁ! ワタクシたちの九十九年チャレンジがぁっ!」

 真っ暗になった画面を見てサキが叫び声を挙げる。友情に亀裂が入る前に遮断させたのは、ささやかな老婆心だ。


「あれ、マクラさん?」

 サキの惚けた瞳が俺に向けられる。

「あ、お久しぶりです」

 室内は廊下と違って綺麗に整頓されていた。

 きっちりと書架に納められた大量の本に、天井からはきらびやかなシャンデリアがぶら下がっている。

 窓は木の板で目張りされていたが、ホコリひとつない清潔な空間だった。

「もしかして助けに来てくれたんですか?」

「そのつもりだったが、平和そうなんで今から帰る」

「ああ、そうおっしゃらずに。いま、ワタクシたち、ピンチです」

 力強い瞳で見つめられる。

「切羽詰まってるやつはこんなとこでゲームなんかやんねぇよ」

「違うのです。これには事情があるのです。監禁されてやることがなければゲームをして時間を潰すしかないのです」

「あっそ。ドア開けてやったから今から帰れば?」

「それはできませんわ」

「なんで」

「テリヤムさんを仲魔にしていません」

 正気の沙汰とは思えなかった。

 いまのいままで誘拐されていたのに、助けてやったら、犯人を仲間にしたいって頭おかしいだろ。麦わら帽子被ったゴム人間のほうがまだ節操がある。

「それにまだ理由を聞いていません」

「理由?」

「はい。テリヤムさんがなぜこんなことをしたのか」

「変態だからに決まってんだろ」

「本当にそうなのでしょうか」

 首を微かに傾けたサキに、

「アタシが教えてあげるわ」

 俺の横にいたユナが仏頂面で話しかけた。


「誰、ですか、その女の子」

 今、気がついたらしい。

 サキは震えながら、ユナを指差した。

「もしかして……マクラさんの恋人ですか? やばくないですか?」

「それはない。マクラは世間体を気にする男。普通に考えて、隠し子」

 勝手な憶測を飛ばす魔王とゴーレムを無視して、ちんちくりんなスライムは言葉を続けた。

「はじめましてになるわね、ニフチェリカ・マーメルト」

「なんで、その名前を……」

「アタシはユナオルマ・ショゴデゴス。暴食を司るスライム族でこちらの世界では不動院由奈と名乗ってるわ」

「……え?」

「訳あってテリヤム・メドクーラに恨みをもってるの。アイツの討伐なら手を貸すけど、仲間にする気ならあなたもアタシの敵よ」

 突発的な展開についていけないらしいサキは目玉ぐりんぐりん回しながら言葉を紡いだ。

「え、スライムって、え?」

「アタシは貴方のお父上の側近、タルカスラ・ショゴデゴスの娘。死んでしまったみたいだけど」

 俺はなにを言えずに目をそらした。

「……」

 それならば、俺は親の仇ということになる。

 彼女は勇者の正体を知ってもなお、責めることなく、仕方ないと言ってのけたのだ。

 不動院由奈。

 彼女の感性がわからなかった。

「えー! ほんとですか! タルカおじさま、娘さんがいらっしゃったんですね! いやはや嬉しい限りですわ! 是非とも仲良くしてください」

「いいわよ。ただしあなたが吸血鬼討伐に手を貸してくれるならね」

 ユナの瞳は冷たい。

 それもそうだろう。詳しい事情は知らないが、彼女はテリヤムに並々ならぬ怒りを抱いている。それを仲間にしたいなどど宣えば当然面白く思わないだろう。

「テリヤムさんの討伐ですか……正直、気が進みません」

「そう。悲しいけどあなたもアタシの敵ね」

「ああ、待ってください。ワタクシには事情が飲み込めないのです。なぜあなたがそこまで彼を毛嫌いするのかもわかりませんし、ワタクシとミヤが拐われた理由も……」

「いいわ。教えてあげる。あなたが拐われた理由、そしてアタシがアイツを憎んでいる理由をね」

 ユナは小さな手で自らの髪をかきあげた。幼い容姿に似合わない所作に、俺の心臓がドキリと跳ねた。

「アイツはアタシの半身に魔力を与えて自分好み女に育て上げようとしてるのよ」

 言ってる意味がわからなかった。


「?」

 理解が追い付かないのはサキも同じらしい。こてん、と可愛らしく首を捻り、ユナの続きの言葉を待っている。

「ところでマクラ」

「ん?」

 ユナは静かに嘆息してから、横目で俺を見た。

「いまのアタシは何歳に見えるかしら」

「そうだな。たぶん八歳くらいじゃないのか?」

「……十二歳よ」

「四歳くらいは誤差の範囲内だろ」

「本来のアタシは十九歳なの」

「お前頭大丈夫か?」

 睨み付けられたので、黙ることにした。

「そうか。分離」

「ゴーレムは察しがいいわね。助かるわ」

 ミヤが長い髪ごとコクコク頷きながら合点がいったように拳を打ち付けた。

「どういうことですか?」

「スライム族はピンチになると分裂してなんを逃れる。トカゲの尻尾切りと同じ」

「そういうことよ。テリヤムに襲われたアタシは自らの体を十二歳と七歳に分割し、辛くも奴の攻撃をかわしたの」

 ユナは肩をすくめた。

「こちらの世界に来て間もない頃よ、ホームステイ先に挨拶をして、地理を覚えるために散歩をしていた時だった。背後に忍び寄ったテリヤムは「何て心地よい感触!」と叫びながら、アタシを抱き締めた。恐怖よ。アタシは叫び声をあげて、彼を蹴飛ばしたの」

 俺の持つ一つの疑問は日本警察がヤツを放置していることだ。

「その際アタシの魔力は半分持ってかれたの。正確には七歳のアタシをね。二つに別れ戸惑うアタシの前に、アイツは、

『そうだ! 光源氏だ! この子を自分好みの女の子にする! ようし、忙しくなるぞぉ』

と言って闇夜に消えた」


「……」

 ドン引きだった。

「あの……」

 サキがしずしずと手をあげた。

「つまりテリヤムさんはユナオルマさんの半身を奪って、ソレに魔力を与えて、自分好みの女の子に育成する、つもりってことですか?」

「ええ。スライムは与えられた環境と魔力によってその性質を大きく変化させるから。体半分持ってかれたアタシは十二歳の肉体で奴に挑むことになったのよ」

「ワタクシやミヤが誘拐されたのは?」

「恐らく半身にゴーレムと魔王の魔力を注ぎ、成長させるつもりなのよ。注がれた魔力が女らしいものなら一層スライムは女らしくなるもの」

 なるほど、だからおっぱいか。

 奴の最低な目的がわかった今、こんなとこでウダウダしてても仕方ない。

「ミヤ、サキ、お前らは家に帰れ。今回の後始末は俺がやってやる。感謝しとけ」

 左手に留められた腕時計に目をやる。すでに日没の時間を迎えていた。夕闇がやつの時間の訪れを告げている。

「嫌です」

「やだ」

 邪魔くさい。

「いたところで役に立たない。それどころか魔力を奪われる可能性すらある。俺とユナがテリヤムを倒すからお前らはとっとと避難しろ」

「でもワタクシがいれば鍵のかかった部屋も開けられます」

「僕も鍵は開けられる」

 二人揃ってなんだそのどや顔。

「アタシも解錠(ヒゴラマケ)は会得しているわ」

 ユナは小さな手で自分の顔を指差した。

「む、むぅ、むぅぅ」

 自らのアイデンティティーが奪われたのが気にくわないのか、サキは頬をぷっくりと膨らませた。

 正直のところ、サキの実力を未知数だ。内包魔力は凄まじいが、こいつが俺の前で見せた魔法は解錠呪文だけで、これといった能力の発揮を目にしたことがない。

 ただこの場で言える確かなことは、睡眠呪文(ルムネ)に一発でかかるようなヤツは戦力外だということだ。

「わかりました」

 サキは渋々といった様子で、眉をしかめながら続けた。

「それならワタクシとミヤはユナオルマさんの半身を探します」

「え?」

「この館にいるのでしょう? そちらの保護も重要案件ですわ」


 結局納得がいかないらしいサキと所在無げに佇むミヤと別れ、俺とユナは地下へ続く階段を探すため歩き始めた。

「良かったのかしら」

「なにがだ」

 ユナが謎のしたり顔で俺に話しかけてきた。

「彼女たちを館内に残しておいて」

「さあな。俺は最低限止めたから、あとは自己責任だろ」

「アタシはあなたに聞いてるの。彼女たちの身になにか起こったとき、アナタは耐えられるのかしら」

「余裕」

「あらそう」

 無駄な会話はすべきでない。

 少しの音も響く静寂だ。声で位置がバレることを計算にいれなければならない。

「あったわ。階段」

「よし。行くか」

「お先にどうぞ」

 先行していたユナは足を止め、地下へ続く階段を指差した。

「なんでだ」

「もし万が一、罠が仕掛けられていたとしたら怖いじゃない。か弱いアタシは無駄なダメージを負いたくないの」

「吸血鬼の次はお前だからな、粘体生物」

「テケリ・リ。テケリ・リ」

 半笑いのユナの横を抜け、階段に足をかける。


「きゃあああああ!」

 金切り声が響いた。

「!」

 少なくとも声が聞こえたのは階下ではない、俺たちの歩いてきた道の向こうだ。

「今の声、間違いない、魔王ーー」

 ユナの呟きが俺の耳に届くよりも早く、俺は元来た道を駆け抜けていた。

(イタカ)!」

 走りながら肉体強化の魔法を自分にかける。およそ人間の限界を超越した速度で、長い廊下を強化した脚力で蹴って進む。

 壁にかけられた絵や目張りされた窓がいくつも線になって背後に流れていく。

 先ほど別れた部屋に駆けつけた俺は不適な笑みを浮かべるテリヤムを視界に捉えた。

「うわ。不法侵入だ」

 おどけたような物言い。

 大きく跳躍した俺は渾身のドロップキックを彼の体にぶちかました。

 たしかに当たったはずだが、手応えがない。

 幻に突進したみたいに、彼の体を通りすぎた俺は奥の本棚にぶつかり、収容されていた沢山の蔵書をバタバタと地面に落下させた。全部官能小説だった。

「くっ」

 体を慌てて起き上がらせ、聖剣を構える。

 纏っていた大地の保護が解けたのを感じた。この部屋では魔法は一切使えない。

 霧散していた黒い煙が再び人の形を取って俺の正面に集まり始めた。

「ビックリしたじゃないか」

「キャアアアアア!」

 ミヤとサキが再び叫び声をあげた。

「お前……っ! なんてやつだ!」

 テリヤム・メドクーラ。痩身の吸血鬼。

 人の形に戻った黒い煙に色がつき始める。

 俺は恐怖を感じていた。

 首のないデュラハンや骨だけのワイトを倒してきた俺がびびっている。

 吹き出した汗が止まらない。理解できない。

 目の前の男、テリヤム・メドクーラは、

 全裸だった。


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