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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
1/79

別に剣と魔法は支配していない 1

 ピンポーン。


 カーテンの隙間から射し込む夕陽に顔をしかめ、微睡みの縁から頭をあげる。チャイムに急かされるように、ゆっくりと伸びをした。

 こんな時間に誰だろう。

 郵便配達員には悪いが、二度寝を決めて都合のいい時間に再配達をお願いしようかな、とボンヤリと考えていたら、しつこくチャイムの追撃を受けた。

 仕方ない。冷蔵庫のアイスコーヒーでもプレゼントしてあげよう。


「勇者を探しています」

 玄関口に立つ少女は呟くみたいに言った。

「アナタも魔族の者ならば、ワタクシに従ってください」

 ドアスコープを覗かなかったことを心底後悔する。

 

「……突然なんですか?」

 家賃六万のアパートの廊下に、えらく端麗な少女が立っていた。

 紫色がかった黒髪を垂らし、大きな瞳が俺を見つめている。

「突然ではありません。なるべくして起こったことなのです」

 占い師みたいなことを宣うそいつは、セーラー服を着ていた。

 老朽化した廊下に、錆びだらけの手摺。少女の背景は殺風景極まりなかったが、なぜだが何時もより華やいで見えた。

 俺も、もう少し若ければ心奪われていたに違いない。

「協力をお願いしているのです」

 彼女の右目は大きな眼帯で覆われていて、小顔には酷く不釣り合いだった。

「協力ってなにが?」

「貧相なお脳をお持ちなのですね」

 ぶん殴ってやろうか、このガキ。

「ワタクシは魔王エルキングの娘、ニフチェリカ。属性は火。大罪は高慢」


 突然始まった中二病満載な自己紹介に軽い目眩を覚える。

「ただ、こちらの世界では青村紗季と名乗っておりますので、サキと気軽にお呼びください」

「……」

 ああ、そう。

 俺は無言で表札の下に貼られたステッカーを指差した。

「沢村」

「その下だ」

「『新聞・宗教の勧誘、お断り』……?」

「そういうことだ」

「あ、ちょっ」

 素早くドアを閉め鍵をかけた。

 休みの睡眠を妨害されて、不機嫌にならないやつはいない。

 凝り固まった体をほぐしながら二度寝しようと万年床に向かう。時刻は夕方だか、休みの予定が空白の俺には関係なかった。


解錠ヒゴラマケ!」

 鉄扉を挟んだ向こうで少女の高い声が響き、そのあとすぐにカチャリと鍵が外れる音がした。

「初対面の者にたいし礼節を欠くなど言語道断でございます」

 ドアを少しだけ開け、顔を覗かせた少女が不機嫌そうに唇を尖らせた。

「おいおい…… 」

 今のは、なんだ?

 ひょっとして呪文で解錠したというのか? そんなばかな。

 もし仮にそうだとしたら、……彼女の言ってることが正しいのならば、少なくともこの場は逆らわないほうがいいのかもしれない。

「上がりますよ? 靴は脱いだ方がよろしいでしょうか?」

「ああ」

「失礼いたします。おおー、うん。とても汚い部屋です。感心感心!」

「バカにしてんの?」

「心地よい瘴気! 魔族の者が住むに相応しいですわ」

 生意気な物言いに怒りを覚えるより先に、脳内に警戒音が響き渡る。

 魔王の娘。

 先ほど確かにそう言った。

 普通の人なら思春期の妄想と吐き捨てるところだが、俺は彼女がただ者ではないと知っていた。

 なぜなら俺が勇者だからだ。



 話は二年前に遡る。

 その時の俺は高校二年生だった。

 部活でかいた汗を風呂で流し、

 さあ、与えられたプリントでも片付けようかな、とさっぱりとした気分でバスルームの扉を開け、我が目を疑った。

 自宅の脱衣場が広大無辺な草原になっていたからだ。

 恐怖である。

 とりあえずフェイスタオルを腰に巻き、風呂桶を装備したが防御力は限りなくゼロに近かった。

 戸惑いと混乱のなか、見たことの無い生物に囲われ、王様からの使いが来るまで、素っ裸のままでスライムと初めての戦闘を試みたのだ。素肌にあたる風が心地よかった。目覚めそうだった。

 いやな物語の導入だった。


「あなたも魔族の端くれならば、おおよその事情はご存知でしょう?」

 タオルを鞭のように使い、スライムを撃退した思い出が、凛とした少女の問いかけに霧散した。

「おい、さっきから魔族ってなんだよ。間違いなく勘違いしてるぞ」

「高慢のスキルを持つワタクシは誤魔化せませんわ」

「なにそれ」

「魔力探査です」

 理解不能な単語に思わずポカンと口を開けてしまう。

「はぁ……」

「ひょっとして、スキルをご存知ないのですか。……いいですか? 大罪がクラスアップする度に新たなスキルを得られるのです。ワタクシがアナタを見つけたのは魔力探査のスキルですわ」

 眠くなってきた。

 そんな俺の様子を見破ったのか、彼女は大きなため息をついた。

「呆れましたわ。スキルも知らないなんて」

 俺は馬耳東風ききながしのスキルを発動させることにした。

「いくら留学中は情報が遮断されるとはいえ、魔界の一大事くらい把握しておいてください」

 少女は俺をすり抜けて、許可をとらずベッドに腰かけ、目を細めた。

 六畳に不釣り合いな女子高生。カビ臭い男部屋が華やかになる。

「要約すると単純です。魔王エルキングは亡くなりました。よって、ワタクシが次の魔王です」

 殺したのは俺だった。


 鳶色の瞳が静かに燃えている。目を合わすことが出来なくなって、俺はそっと視線を逸らした。

「ワタクシたちが留学する前、三年前です……魔界はイケイケでした。説明会の交通費支給は当たり前でしたし、内定式を海外でやる企業もあったそうで」

「バブルじゃねぇか」

「ええ、その通りです。当然ながらそんな時代は長くは続きません。魔界の勢力が高まり荒廃が進む人間界に歯止めをかけるため、卑怯にも人間界の王は古くから伝わる伝承、異世界の勇者の召喚を試みたのです」

 召喚されたのは俺だったが、

「異世界の勇者は地水火風の四大精霊を携え、四天王をも下し、ついに我が父、エルキングを破ったのです」

 魔王に勝てたのは仲間の協力があったからだ。

「魔界と人間界を二分した争いは後者に軍配が上がった、というわけです。ご理解いただけましたでしょうか?」

「……ああ。よくわかったよ」

「父を殺したあと、勇者は姿を消したそうです。いまはどこでなにをしているのか、謎です」

 いまは休みをエンジョイしている。


 といっても、勇者の未来はシビアで甘くない。

 こちらの世界に帰ってきた俺を待っていたのは一年間の空白期間だった。

 なんでも現実世界じゃ俺は家出をしたことになっていて、高校に復学しても周りの空気に馴染めず、自主退学を余儀なくされた。別に中卒でも構わなかったが、親からは完全に見放され、仕方なしに週五日派遣で生計をたてることになったのだ。

 独り暮らしも板についてきたが、俺の心の孤独感は薄れることはなく、将来への不安に苛まれる日々が悶々と続いていた。

 そんな生活を続けてもう半年になる。


「ともかくワタクシは消えた勇者を見つけなければならないのです。そのためにはまずこちらにいるはずの魔族の仲間を集め……」

「一ついいか?」

「はい。どうぞ」

「なぜ俺が魔族だと思うんだ?」

「簡単なことです」

 少女は物憂げな息を一つつくと細く長い人差し指をたてて続けた。

「先程説明した高慢のスキル、魔力探査で辺り一帯の魔力が極めて高いものをスキャンしてみただけですわ。見た目は誤魔化せてもワタクシは見破ることが出来るのです」

「魔力の内包量だけで、人を魔族と判断するのは早いんじゃないか」

 現に俺は魔族ではなく勇者だ。

「ふむ。どうやらご存知ないらしいですね。この町は優秀な魔族が知恵をつけるために留学する世界なのですよ。

 植物族、粘体族、ドラゴン族、物質族、アンデッド族、亜人族……現在六種族の優秀な子供が留学しているらしいですわ」

「そうなのか」

「留学期間中、魔界の情報は一切遮断されます。勇者の来訪と不届きを見過ごしてしまったのは失態でした。ともかく我々は一致団結しなければなりません」

 いやはや隣人がひょっとしたらモンスターだなんて、穏やかではない。

「アンデッド族の代表として、対勇者戦に向けての策略はなにかありますか」

 ちょっとまて、俺は人類だ。ギリギリでまだ生きてる。

「アンデッド?」

「あれ、違いましたか? ワタクシはてっきり……」

「根拠は?」

「死んだ目をしている」

「……生まれつきだ」

 彼女は小さく首を捻った。

「お名前はなんとおっしゃられるのですか?」

「沢村マクラ」

「マクラさんですね。よろしくお願いします」

「なにを宜しくなんだよ?」

「決まってますわ。復讐です」

「……」

「まずはこちらの世界にいる魔族と協力し、いずこかへいる勇者を探し出し、 八つ裂き光輪の刑に処すのです」

 まあ、そうなるわな。



 はてさて。

 実は勇者だと彼女に告げるべきだろうか。でもそしたら八つ裂きにされるらしいし。

 いくら死んだ目をしていてもまだ死にたくない。

「マクラさんは他の仲魔がどこにいるかご存知ですか?」

「いや、わからないな」

「ふむ、困りました。さすがに我が父を倒した勇者に挑むには戦力不足です。最低でもドラゴン族はスカウトしておきたいところですわ」

「なに? その人になんかあんの?」

「噂じゃ天才だと。まあ、ワタクシほどではありませんけど」

  確かに彼女の力は未知数だが、凄まじいポテンシャルを秘めているのが一目でわかる。

 戦力不足はこちらも同じだ。

 最低でも賢者と武道家は仲間にほしい。

 と、考えたところで、俺は自らの考えを捨てた。

 ファンタジーじゃ飯は食えない。

「なあ、おい。復讐なんてやめないか」

 人生を狂わせたあの世界にはもう二度と関わらないと決めたのだ。

 少女はきょとんと左目だけを見開き、俺を見た。

「なぜです?」

「復讐は新たな火種を生むだけだ。命は大事にしたほうがいい」

 言うと同時に頬をビンタされた。

「なっ、なにしやがる!」

「臆病者!」

「いてぇな、このやろう」

「我が軍に臆病者はいりません! 出ていきなさい!」

「ここは俺んちだよ!」

「……!」

 しばらく無言で俺を睨み付けていたが、ゆっくりと彼女は横歩きで扉から出ていった。

 さて、二度寝でもするか。



 夢の中の俺は、まだ勇者だった。

 希望に溢れ、世界の期待を一身に背負い、挫折の後には勝利があって、世の中に汚いものはなく、綺麗なものだけを信じて生きていた。

 剣と魔法が支配するファンタジー世界。

 自らにあるのは人の世の平和だけで、魔物には魔物の生きる道があることを、その時の俺は知らなかったのだ。

 許してくれとは言わない。

 ただ充たされることない承認欲求を引っ提げた俺は、軽いなりにも罰は受けたと思う。

 と、いうのも、打倒魔王を成し遂げた用無しの勇者は、王にとっては邪魔なだけな存在で……、

 いや、今となっては、わからないが。


 しばらく寝てたら、揺すられた。

「あの」

「……」

「電車賃……」

「なんなんだよぉ……」

 寝起きでふやけた視線が澄んだ瞳を捉える。

 先ほどの少女、サキといったか? そいつが、俺の体をしつこく揺らしていた。

 白い雪のような肌が寝起きにはキツい。

「ここまで来るのにお金を使い果たしてしまいました」

「ああ?」

 上半身を起こして、彼女を睨み付ける。

 人形のように整った顔が無表情に告げた。

「お金をください」

「……いくら?」

「三百円……」

「ちょっとまっとけ」

 財布から三百円を取り出して、半ば投げつけるように彼女に渡す。

「二度と来るなよ」

「言われるまでもありませんわ。チキンに施しを受けるなどもう二度とありません! ばーかばーか」

「死ねよぉ……」

「ふん!」

 少女はアッカンベーをしてから三枚の硬貨をスカートのポッケにしまい、そそくさと玄関に向かうと小さく開いたドアの隙間から「ありがとうございました」と頭を下げて出ていった。

 お礼が言えるだけ、昨今の若者にしてはマシなのかもしれない。

「ふぅ……」

 閉まったドアにため息をついて、大きなアクビをする。

 折角起きたのだから、部屋の掃除でもするか。

 気だるい体を起き上がらせて、掃除機を押し入れから取り出し、コンセントに差し込んだ。

「あの」

 カチャリとまたドアが開いて、サキが顔を覗かせている。

「なんだよ」

「駅はどちらでしょう?」

「……」

 もうなんか仕方無いような気がしてきた。


 駅までの道のりを教え、ようやく嵐と別れることができた俺は、畳の上に学生鞄が忘れられているのに気づいた。

「まじかよ……」

 このままじゃ、また来るぞ、あいつ。

 いまから走って追いかければ間に合うかも知れないが、走るのでさえめんどくさい。

 俺はその場で胡座をかくと、鞄のファスナーを開け、中身の物色を始めた。

 けっして昨今の女子高生の持ち物チェックを行うという目的ではなく、なにか住所がわかるものがあれば、郵送してやろうという親切心からである。

 いまはとてもじゃないが走る気にはならなかったので、また明日着払いで送ってやろう。


 中にあったのは大量の手紙だった。

「なんだこれ」

 愛しの青村センパイへ。

「は?」

 生徒会長へ。

 部長へ。

 委員長へ。

 サキさま。

「これ全部ラブレターか?」

 凄まじいモテっプリだ。

「古風な学校に通ってんだな。あの人……」

 俺の高校時代はラブレターなんて絶滅危惧種だった。

 大量の手紙を全部とりだすと、クリアファイルに挟まれたプリントを見つけた。

 プリントに『晴輪南女子高等学校』と学校名が記載されていた。

「女子高かよ」

 そうなるとさっきまでのラブレターが途端に恐ろしく感じるようになる。

 いや、いまはそんなものどうでもいい。とりあえず、学校名がわかっただけで大収穫だろう。

「あ」

 プリントのタイトル欄には『晴輪女子大学、推薦入学受験要項』と書かれていて、鞄には他に受験票が入っていた。

 面接日は明日だった。


「……」

 少女の足なら、まだ駅にはついていないだろう。

 もし、彼女がこれを、なくしたことに気づいたらきっと血眼になって探すだろう。

 受験票をなくすということは、即ち人生を棒に振るかもしれない、ということだ。

「……しかたない」

 岐路に立つ少女のために、俺は鞄の取っ手を持って立ち上がり、駅に向かって走り出した。


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