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玉出商店・特売会場

玉出商店の妄想劇場② 普段は小動物みたいにおとなしくしやがって

作者: 玉出商店

 営業事務をしていると、様々な着電がある。

 苦情全般は当然ある。契約の取消しもある。扱っている商品についての質問もある。もちろん、ごく稀だけど「ネットで見た」「雑誌で見た」などのキッカケの問い合わせや申込もある。

 まあ、そこらへんは大概の企業のアレとかソレと変わらないわけで。

 けど、問い合わせとか苦情もパターンがある。なので、最近は悩まなくなった。

 内容によっては受電対応しながら外回りの営業さんに連絡することもある。営業さんは架電先ユーザー宅にお伺いし、それだけではなく新規契約を貰ってくることもある。

 それを会社内では「ラック」と言う。ラックを決めた受電対応と営業担当者は、その当日中チヤホヤされる。それだけじゃなくて周りの人から本意・不本意にかかわらず

「あの人は仕事が出来る!」

 という目線で見られるんだよね。でもね、わたしには、ちゃんとわかる。営業さんの機転があってこその営業事務のラッキーなのだ。


 月曜日のことだ。

 電話を切った直後、溜め息をついたら汗がブワッと溢れてきた。

「まいったなあ、もう」

 独り言でもつぶやかないと、ガス抜きできそうにない。たった一件の苦情処理なのにね。

 精神力がないわたしには、いっぱいいっぱい。

 汗を拭きながらパソコンに苦情内容を入力していると、隣の席の先輩・中川さんが声を上げて笑った。

「玉出さんって落ち着いているように見えて、案外に、そういう時ってテンパルんだね。なんだかおもしろい」

「あ、当たり前じゃないですかー。だって、お客さん、ものすごく怒ってるし、電話口で延々怒鳴りつけられるし……」

 中川さんは「うふふ」と微笑み、課長席の後ろにあるホワイトボードを指した。それには【現在・外出中】の営業担当の名前が載っている。

「あれ見て。外出している営業担当者に連絡次第で……もし営業がクレーム先の近くを周っているときだったら?」

「あ。わたしにも『ラック』できるかもしれませんね?」

「もちろん苦情の内容次第だけど、ダメモトで連絡してみたら?」

「そうしてみます」

 なにしろ数回、月内ラック金字塔を打ち立てている経歴ある女傑・中川さんの言うことだ。取り入れない理由はない。

 んー、でもなー。

 気軽に連絡できる営業さんって、田中くらいしかいないんだよ。でも本日の田中は、県外出張だ。遠距離すぎる。それに田中の詳しい移動スケジュールは課長しか知らない。

 どうしよう……。

 鼻の頭に人差し指を置いて考えてみた。

 ホワイトボードに「外出中」と書かれている営業さんで……今さっき受けた、クレーム客の近くにいる人は、と。

 佐々木さんの名札しかない。

 彼は長身痩躯で、地味で目立たないタイプの営業マンだ。年長女子やら年下女子と話してると、すぐに赤くなる。そういうところが実はひそかに人気ポイントだったりする。それと電話応対が、ものっそい穏やか。通話先を、ふんわり包みこむみたいな感じ。

 でも困った。

 わたしは佐々木さんと挨拶しかしたことがない。

 だって、今までの対人スキルで学んだことがあるんだよ。きっと、こんな乱暴な物言いの女なんか、ああいうタイプは嫌いに決まっている。

 だったら普段から、こちら側としては接点を持たないようにすればいい。お互いの平和のためだ。そう思っているから挨拶程度しか会話らしいこと、していなかったんだ。

 それでも初ラックを決めてみたい自分がいる。小学生の頃に「苦手に思っている人に頭を下げたら、案外にあなたの苦手な人ではないかもしれません」なんてさ、低学年の道徳授業に最適な題材だ。そう、わたしはこんなことすらできない、小学生以下の人間なのだ。あはは。……って、笑ってる場合じゃないか。

 さっ佐々木さん……! 給与のためならと割り切ってくれるでしょうか!

 こんな人間からの連絡でも、嫌がらないで受けてくれるでしょうか!

 あれこれ考えるだけで、心臓が早鐘を打ちはじめた。

 でも、これ、仕事なんだし……!

 もしもラック決まったら、わたしにも佐々木さんにも歩合つくんだし! 

 しかし実際、佐々木さんの業務用携帯に連絡しようと思った途端に体がすくむ。

 普段はウサギみたいにおとなしくしてて、もっさりしている佐々木さんのことだ。万が一、クレーム客を訪問した際に激昂されて「あわわ」状態になってしまったらどうするんだよ、わたし。

 営業どころじゃないじゃん。ますます顧客に嫌われちゃうかもしれないじゃん。

「困ったな。近場にいるのは佐々木さんしかいない」

 ボソボソとつぶやく。

 すると、中川さんが流し目を寄越した。

「いいんじゃない? きっと、すぐに行ってくれるよ」

「そうですかぁ?」

 中川さんみたいに品があって明るい女性なら、どんな営業だってホイホイ動くだろう。しかし、わたしは、だ。

 中川さんは屈託なく笑った。

「仕事なんだから、割り切って連絡してみたらいいじゃない。謝るだけの徒労に終わっても、減給処分になるわけじゃないしさ。それが営業の仕事なんだし」

「わ、わかりました」

 女傑が言うんなら仕方ない。覚悟を決めて、佐々木さんの携帯に電話を掛けた。

「はい、佐々木です」

「お疲れさまです、玉出です」

 電話の向こう、車の行きかう音が聴こえる。

「玉出さんでしたか。お疲れさまです、なにかありましたか?」

 甘やかな低音ボイスが心地よく耳に響く。

「あ、あのう。今さっきなんですけれども、苦情のお電話がありまして」

 どきどきしながら一気に言い切った。佐々木さんはなにかを感じたように

「もしかして、ラック狙い?」

 と尋ねてくる。

「あっ、は、はい! そ、そ、そ、そうです!」

 うわ、これくらいの返事でドモるな自分。それにこれくらいのことで、首筋に汗とか出てくんな自分。

 向こうで佐々木さんが、くすっ、と笑ったような気配がした。

「わかりました、客先の詳しい住所と苦情の内容を教えてください。」

 さすが仕事ができる営業マン。こちらの言いたいことを上手に汲み取り、ムダなく誘導してくださる。こっちは緊張して、ずっと汗かきっぱなしだ。

「がんばってみますよ、ふふ」

 ……そう言った二時間後、佐々木さんはラックを決めてきた。しかも、その数字はかなり大きい。


 翌日朝。佐々木さんから声をかけられた。

「玉出さん、今日もよろしくお願いしますね」

「え?」

「ラックですよ、ラック」

 突然そんなこと言われて、どう返事したらいいのか。わたしは脳ミソをフル回転させて、一番無難に思われる言葉をはじきだした。

「えええ、まずは苦情受付からですかー。やだー」

 佐々木さんは真顔になった。

「行けるでしょ、今の玉出さん調子いいから」

 そ、そうなのかな……。調子いいんだろうか、自分自身、はなはだ疑問ではあるんだけどな。まあ、そこそこの数字は挙げてきているからかもだけど。

 彼は更に、ニッコニコしながら追い討ちをかけてきた。

「だんだん、応対も上手くなってきてますでしょ。自信持ってくださいよ?」

「あ、は、はい。がんばってみます」

 ……とりあえず素直に返事しとくか! と思ったのが良かったのだろう。昼過ぎに受けた大苦情の電話から、大口の契約が決まっていた。もちろん、玉出・佐々木のコンビだ。


 夕方、日焼けした佐々木さんが、フロアに戻ってきた。

「おかえりなさい」

「お疲れさまでした」

 営業事務スタッフが次々に声を掛ける。

「ただいまでーす」

 向こうもネクタイをゆるめながら、ひとりひとりに挨拶を返す。

 決まりきった営業と営業事務の遣り取りだ。しかしわたしは、その時ちょうど電話対応中だった。しかも会話しながらパソコンに文字入力中。

 佐々木さんは鞄も下ろさず、すーっとこちらに寄ってきた。使っているインカムと接続されているパソコンに、ぺたりと付箋が貼られる。

「明日もきっと出来ます。がんばってください」

 ぎょっとしながら佐々木さんを見上げる。

 彼は「当然でしょ」と言いたげに唇を動かす。たった一瞬だけど、その眼がキラリと光った。

「玉出さんも営業スタッフなんですよ?」

 こういう時、なんて返事をしたらいいの。一瞬で脳味噌の回路がショートする。









 

 











 





 







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― 新着の感想 ―
[一言] くあー(意味不明の叫び声) 久しぶりに読み返しましたがやっぱりいいですね。 妄想劇場なのが残念でなりませんw
2014/11/27 11:05 退会済み
管理
[良い点] 恋愛などの感情的な要素より、仕事を通した自分の立ち位置を考える様子を描いていて、心の動きにも知性が感じられます! [一言] 主人公の女性も、営業の男性も、見た目よりずっとその仕事に向いてい…
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