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第八球~わがまま~

 天野珠子という少女が入部して五日が過ぎた今日、つまるところ同地区の強豪チームであるレッドナインズとの練習試合前日に俺は笠原と自主練を行っていた。自主練とは言ってもティーバッティングをひたすら繰り返し行っているだけではあるが。

「ふうっ、やっぱまだまだ上手く打てないんだよなぁ」

 笠原はそう言うが初めて会った時に比べればバッティングはかなり上達していると思う。いつも残って練習しているし、向上心は半端ではない。俺も見習わないといけない。

「ところでさ成宮」

 打ち終わってネットの中のボールを拾いながら笠原は思い出したように言った。

「前から聞こうと思ってたけどさ、お前神川と付き合ってんの?」

「……、はぁ?」

 あまりに突飛な質問に俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「どこをどう見たらそんな風に見えるんだよ。まず俺と優那さんとじゃあ釣り合わないだろ」

「いやいや、だってさ。お前の最初の試合の時、お前をキャッチャーに指名したのは神川だったし、そもそもお前は神川に誘われてこのチームに入ったんだろ?俺はてっきりお前ら付き合ってるんだと思ってたけど」

「付き合ってる訳ねぇだろ」

「でもさー、神川はお前に気があるんじゃないの?今までの言動見てるとそう見えるんだよねー」

「どっちにしても俺には高嶺の花だよ」

 ボールを拾い終わると俺達は帰る支度をする。

「成宮は神川のことどう思ってんの?」

 どうと言われても困る。しかし、実際どう思っているのだろうか。彼女の野球センスは認める。あんなに三振を量産するピッチャーはそうはいない。

「憧れ……かな。野球に関しての。あんな選手に俺もなりたいし」

 女の子を目標にするのもどうかと思ったが仕方がない。俺より上手いのだから。

 笠原は「何だよそれ」と言って軽く笑った。

「明日の試合、どうなると思う?」

「そりゃあ優那さん次第だろうな。レッドナインズってのがどれだけ強いのかは知らないけど優那さんの投球内容次第では良い試合になるんじゃね?」

「ふーん、それならウチのエースの恋女房にも頑張ってもらわないとな」








 レッドナインズ。その名の通り赤地にネイビーのラインの入ったユニフォームのそのチームは確かに強豪チームのオーラを纏っていた。試合前から名前負けしているような気すらする。

 今日の先発は優那さん(八番)。そして俺は今回、キャッチャーではなく二番、遊撃手ショートだった。

「石川センパーイ!何で健翔君がキャッチャーじゃないんですか!?」

 これに抗議したのは当然、彼女である。

「今回は守備を固めることを第一に考えたからね。ショートに守備範囲の広い成宮を置けば取れるアウトは増えてくるし、それに大本命相手にキャッチャー経験の少ない彼は少しキツいと思うんだ」

「でも……でもっ…!」

「この試合は出来るだけ勝ちたい。これが俺の考えた勝つための布陣だ。理解してくれ」

 そう言うと石川先輩は相手ベンチに挨拶に行ってしまった。後に残された優那さんに俺は声をかける。

「後ろは任せろよ。しっかり守ってやるから」

「私は……君とバッテリーが組みたかったのに…」

「先輩も言ってただろ?勝つための布陣。俺はまだキャッチャーをすることに慣れてないし、本気で勝つつもりなら…」

「私は本気だよっ!健翔君とバッテリーを組めば私たちは絶対に負けないっ!」

 突然、優那さんはそう叫んだ。その態度に俺は思わず彼女に言う。

「現実を見ろ。理想は捨てろ。まだ俺は優那さんの恋女房役を任されるほど上手くはねぇんだよ。先発を任されたのならキャッチャーが誰であろうとベストなピッチングが出来ないとエースにはなれない」

「………」

「三振取ることが優那さんのピッチングだろ?期待してるぜ。もし、このチームから三振を十五個以上取れたら飯奢ってやるからさ」

 先ほどまで不満そうな顔だった優那さんは気持ちを切り換えたらしくいつものような笑みを浮かべた。

「奢りじゃなくて一つ言うことを聞いてほしいかな」

「言うことを一つ?何?」

「それは試合が終わってからのお楽しみだよっ」

 そう言うと優那さんはブルペンに肩を作りに行った。言うことを一つ聞く。何だか随分簡単に約束してしまったが一体何をさせられるのだろう。無理難題を課せられるなんてのは嫌だよなぁ。

「何複雑な表情浮かべてんだよリア充」

 ベンチの中から笠原がにやにやしながら言った。誰がリア充だ。

「まあ怒るなよ。それよりお前と二遊間組むのは初めてだな」

「そうだな。アライバみたいなプレーやろうぜ」

「ま、俺にそんな技術はないけど狙ってみようかな」

 俺達がいつもの調子で話していると、

「緊張感ないよなお前ら」

 野々村彰二ののむらしょうじ先輩が呆れた様子で言った。

「だって練習試合ですよ?いろいろ試す良い機会じゃないですか」

「それでも緊張感くらい持っとけ」

 先輩の言うことは間違っていない。むしろ正論だろう。ただの相手なら先輩も緊張感を持てなんて言わない。

「おーい、そろそろ始めるぞー」

 石川先輩がこちらに戻ってきながらそう言った。俺達はグラブを手に取るとベンチ前に並んだ。







 初めて後ろから見る優那さんの背中はとても小さく見えた。

「初回!しまっていくぞー!」

 捕手を務めるのは船木先輩である。さて、レッドナインズのレベル見せてもらおうか。


 キィン!


「っ!?」

 相手の一番打者は優那さんのクロスファイアを難なく引っ張った。速いゴロが三遊間の深い位置に飛ぶ。反応は悪くない。俺は走りながらグラブを伸ばす。

 届くか―――!?

「っらあ!」

 よし!掴んだ!後は捕った姿勢から体重移動を上手く使ってノーステップで――――!

「しっ!」

 俺の肩をなめんなよ!

 俺の投じた送球はランナーより早くファーストミットに収まった。

「アウト!」

 審判の判定に俺はほっとした。良かった。ショートの守備は鈍っていないようだ。まさか初球から飛んでくるとは思わなかったけど何とか守れそうだな。

「一アウト!」

 俺は人差し指を突き上げて叫んだ。

 その後、優那さんは二番、三番打者を三振に切って取った。やっぱりキャッチャーが誰であろうと優那さんは優那さんなのだった。

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