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第七球~お隣さん~

「またかよ……」

 翌日、激しい筋肉痛に目を覚ますと自分以外誰もいない自室で俺はそう呟いた。大学入って初の試合の翌朝も筋肉痛に悩まされたものだが今回は登板したということも あって全身が悲鳴を上げている。試合の結果は三対一。俺の個人成績は七回一失点、被安打六、四死球四に三打数一安打。打つ方はともかく投げる方はさっぱりだった。守備バックに滅茶苦茶助けられたからとても満足のいく結果ではなかった。ふと気付くとテーブルの上にある俺の携帯が光っているのが見えた。どうやらメールが来ているようだ。俺は重い体を無理矢理動かし一、二メートル先のテーブルに手を伸ばす。メールは石川先輩からだった。

『お疲れー。今度の日曜日に新入生の歓迎 会があるから参加よろしく』

  ………歓迎会。何となくだけど嫌な気がした。だって大学生の歓迎会だろ?酒とか酒とか酒とか大丈夫か?俺多分飲めないと思うんだけど(未成年です)なぁ。時計を見る。時刻は八時四十七分……やばい、今日は一限から講義入ってるんだった。

 俺はすぐに支度をすると足を引きずるよ うにして大学へと向かった。







「健翔君。やっぱり私、スライダーを投げたい!」

「投げればいいじゃねぇか。何で俺が投げさせてないみたいな言い方してるんだよ」

 投球練習の最中に彼女は突然そんなことを言った。何故か俺がキャッチャーとして彼女のピッチングに付き合っている訳だが他の部員はというと丁度今、バッティング練習を始めたところである。

 いいなぁ……俺も打ちてぇ。まぁ、優那さんのピッチングに付き合うのも悪くはないよ?そりゃあ彼女の投球っていろいろ勉強になるし、キャッチャーやってるとピッチャーやってた頃には気付かなかったことが分かるからさ。だからバッティング練習が出来なくても優那さんのピッチングに付き合うのも悪くはない。大事なことだから二回言ったけど。

「健翔君、スライダーの投げ方教えてよー」

「前に教えたろ?」

「でもやっぱりよく分からないよー」

 やれやれ、こんな少女でもあんな化け物じみた投球が出来るって言うんだから凄いよな。マウンドにいる時なんて気迫がヤバいし。

 俺は彼女の元に歩み寄るとボールを受けとりスライダーの握りを見せた。

「俺はこんな風に握ってる。投げる時はストレートと同じように腕を振って指先でこう、ズバッとボールを切る感じで投げるんだ」

「ボールを切る……」

「サイドハンドなら手首を上に向けて……」

 俺は彼女の左手を取るとボールを握らせて手首の角度を教えた。優那さんが「あっ…」という声を出したので何かと思ったがよく考えれば今俺、ナチュラルに彼女の手を取ってしまった。あんなえげつない球を投げる投手とは思えないくらい小さくて綺麗な手だった……じゃなくて!女の子の手を突然前触れもなく触るなんて流石の俺でもどうかと思った。だから恥ずかしさを隠すために優那さんの顔はあえて見ないようにする。

「ストレートを投げる手首の角度をこんな感じで上に傾けて投げればサイドスローなら真横に滑るスライダーが投げられる筈だと思うけど」

「そ、そうなんだぁ」

「試しに何球か投げてみろよ。使えそうなら大会に向けて調整していかないといけないし」

「そうだね……」

 ふと優那さんと目が合う。彼女は顔を少し赤くしていた。俺は彼女の手を離す。

「あんな凄いスクリュー投げられるんだろ?ならスライダーだって投げられるよ」

「うん、頑張ってみる」

 俺は彼女に背を向けると元いた場所に戻ろうとした。

「ねぇ健翔君」

「何?」

「健翔君の手って大きいんだね」

「そうかな。このぐらいが標準なんじゃねぇの?」

 さっき手を触ってしまったということもありあまり手について触れてほしくない俺はすぐに座ってミットを構えた。さっきまで顔を少し赤くしていた優那さんは軽く笑って息を吐いて投球姿勢に入った。彼女の腕がしなり、その手からボールが放たれる――――。

「ぐほぉっ!!??」

 曲がらないスライダー(何気に結構速い)を顔面に食らった俺はそのまま後ろにぶっ倒れた。







「集合!」

 練習が終わり、ミーティングのため石川先輩を中心に集合する。

「今度の練習試合の相手が決まったぞ。今週の日曜日、相手はレッドナインズ。ウチと同地区の強豪チームだ」

 相手の名前を聞いて磯崎先輩が声を上げた。

「はははっ!マジかよ!あんな強ぇとことよく試合組めたな」

「そんなに強いところなんですか?」

 俺の問いには笠原が答えてくれた。

「地元の草野球ファンからは『マシンガン打線』なんて呼ばれるほどバッティングが良いチームで総合力は県大会トップクラス。しかも噂じゃあ滅茶苦茶凄いピッチャーが入ったって聞いたから無双状態なんじゃねぇの?」

 解説どーも。マシンガン打線ねぇ。バットをぶん回してくるチームか、こつこつ繋いでくるチームか。優那さんなら上手くかわせそうな気がするな。

「まぁ、ここ最近の練習試合で結構良い成績出てたからな。神川さんのピッチング効果もあるし」

 先輩の言葉に優那さんは恥ずかしそうに笑った。

「だから今度の日曜日の試合に向けて各自しっかり練習しておいてくれ」

『はい!』

「ああ、それともう一つ」

『?』

 石川先輩が手招きした。誰にしたのか分からなかったけど物陰から誰かが出てきた。眼鏡をかけた女の子だった。

「ウチのマネージャーになりたいと言って入部を希望している天野さんだ」

「あ、天野ですっ。精一杯頑張りますっ。よろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げた。

「あ、珠子たまこちゃんだー」

「優那ちゃんお疲れ様」

 知り合いかよ。優那さんは天野さんに歩み寄ると彼女とハイタッチする。

「新入生の歓迎会は試合が終わってからやる予定だから頭に入れといてくれ。それじゃあ解散!」

 石川先輩の挨拶で今日の練習は解散となった。







「あ、お疲れ様です成宮さんっ」

 帰る支度をしていると天野さんから声をかけられた。どうして俺の名前を知ってるんだ?

「あれ?成宮の知り合いなの?」

 笠原が目を丸くして言った。俺が答える前に天野さんが答える。

「成宮さんとはアパートの部屋がお隣さんなんです」

 ああ、思い出した。そう言えば疲れきっててまともに挨拶をした記憶がないけれどこの子、隣に越してきた子じゃないか。危ない危ない。危うく「何で俺の名前知ってんの?」とか聞くとこだったぜ。

「へぇ、俺は笠原基。よろしくー」

「よ、よろしくお願いしますっ」

 天野さんと挨拶を交わすと笠原は俺の方を向いて言った。

「なぁ成宮。この後暇?ちょっと守備練付き合ってほしいんだけど」

「ああ、別にいいよ。どうせ帰っても暇だし」

 最近は投げ込みとかピッチング練習とか(勿論、俺がキャッチャーである)ばかりだったから守備練習はやっておきたいんだよなぁ。

「あ、それなら私ノッカーやるよ?」

「わっ、私も何かお手伝いしますっ」

 そんな訳で優那さんと天野さんにも手伝ってもらうことになった。のだが……

「お願いしま…ふおっ!?打球速っ!!」

「うおっ!危なっ!?」

「……っと!こんなギリギリにその打球打つとか鬼畜か!」

「ノッカー!もうちょい楽な打球を…ああ!何だこれ!新手の嫌がらせか!?」

「絶対楽しんでんだろ。滅茶苦茶笑ってんぞあのノッカー!まぁ、頑張ろうぜ成宮」

「これはマジでヤバいって。あっ、足つった!痛てぇ!」

「ははははっ!何やってんだよ!っしゃあ!もう一本お願いしまーす!」

 練習後の自主練が何故か地獄の千本(?)ノックになっていた。楽しくなかったと言えば嘘になる。けれど俺は、今後絶対に優那さんのノックは受けまいとそう誓ったのだった。

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