第六球~投手育成~
「アウト!チェンジ!」
俺は息を吐きながらマウンドを降りる。流石に久々の登板は気合いが入りすぎて無駄な力みがあるようだ。
「ナイスピッチング」
セカンドを守る笠原が声をかけてきた。そうは言って貰ったものの先頭打者に四球、続く二番打者にはレフト前のテキサスヒット、三番を三振に取った後、四番のライトへの犠牲フライで二死ランナー二・三塁のピンチ。五番打者のヒット性の当たりをサード磯崎先輩のファインプレーで何とか初回を零で終わらせることが出来た。
ベンチに戻り俺は磯崎先輩に声をかけた。
「ナイスプレーです。助かりました」
「少し力んでるんじゃないか?ストレートもばらついてるし、スライダーのかかりも良くないだろ?久々なんだからもう少し身体の力を抜けば良いボールが行くと思うぜ?」
「あーっ、磯崎先輩。せっかく私が言おうとしてたことを~」
どこからか優那さんが顔を出した。今日の試合は登板はないと言われ先ほどまで落ち込んでいたのだが流石にいつもの調子に戻ったようだ。
「もっと三振狙ってみれば?健翔君なら今の回を三者連続三振で終わらせることが出来たでしょ?」
「ボールが思った所に行かないんだよ。それに三振はいざという時に取るものであっていつも狙うもんじゃねぇよ」
「らしくないなぁ。私の知ってる健翔君は誰よりも三振にこだわって貪欲に三振を狙っていく人なんだけどなぁ」
「それは優那さんのことだろ。自分のことじゃねぇか」
他人を自分と同じように見ないでほしい。
今日は前回対戦したチームとは別のチームと練習試合の日である。前回のチームより攻撃力に定評があるチームらしく、地区大会では三十を越えるチームの中で八強に入るほど(ちなみにこのチームの最高成績はベスト十六らしい)の打のチームである。
そして俺が何故、先ほどマウンドに立っていたのか。説明しよう。いや、説明なんかしなくとも大体分かってしまうものかもしてないのだが一応。今日の試合の先発投手が俺だからだ。
話は二日前に遡る。
「大会に出るぞーっ」
何の前触れもなく石川先輩はそう言った。それを聞いた他の面々は顔を見合わせる。
「大会って……地区大会っすか?」
笠原が手を挙げて先輩に質問をする。石川先輩は満足げに頷くと、
「そうだ。この辺の地区の代表を決める大会が七月にあるんだ」
その言葉に優那さんは喜びの声を上げる。
「やったーっ!試合が出来るーっ!ねぇ健翔君、頑張ろうよ」
「はしゃぎ過ぎだろ」
とは言ったものの、実は俺も心の内でははしゃいでいた。高校野球を引退して初めての公式戦である。このチームがどこまで出来るのか試すチャンスだ。
「あ、そうだ。成宮君、今度の練習試合は先発してもらうからそのつもりでいてくれよ?」
「先発……スタメンマスクですか?」
それならば前回何とか出来たから問題はないだろう。が、わざわざ練習試合のスタメンをここで言う必要があるのだろうか。そんなことを思っていると、
「いや、そっちじゃなくてピッチャー」
「へ?」
「ほら、高校でピッチャーやってたんだろ?この前のピッチングを見た感じかなり良かったから次の試合の先発投手を頼むよ」
まさかの先発予告だった。先輩曰く、投手が優那さんだけでは彼女にかかる負担が大きすぎる。せめてもう一人ピッチャーがほしいとのことだった。
「おおっ、やったじゃん!頑張ってね健翔君」
何故か喜ばれてしまった。本人である俺がそんなに喜んでいないのだが。やばい、何か不安になってきた。
「大丈夫かな。実践で投げるのは久々だし」
「私に負けないようなピッチングを頼むよ?」
「いや、無理だろ」
「どうしてそんなにマイナス思考なのかなぁ。ちゃんと頑張ったらご褒美あげるからさ」
「いや、いらない」
そして現在に至る。初回はコントロールが定まらず自らピンチを招いてしまった。久々の登板だから身体が投球フォームを忘れかけているのである。決して練習不足だった訳では……あ、そう言えば投げ込みは全くやってなかったんだ。
「調子はどうだ?」
今日のスタメンマスクの船木倫太郎先輩がこちらに来て言った。俺は首を横に振る。
「ボールが思ったところに行ってくれないんですよ。変化球のかかりも今ひとつですし」
「少し力み過ぎてるぞ。七割程度の気持ちで投げれば少しは力が抜けてボールに勢いが出ると思う。ほら、キャッチボールしとくぞ」
うーん、やっぱり力んでいるのか。俺はベンチ横に出るとキャッチボールを始める。後ろから優那さんの声が聞こえた。
「苦しくなった時ほど三振だよ」
二回、俺のコントロールは先ほどよりまとまっていた。やはり初回は力みすぎているだけだったらしい。ようやく俺本来のピッチングが出来るようになり、この回は三者凡退に終わらせることが出来た。
「どうして三振を取りにいかないの?」
ベンチに戻るなりそんなことを言われた。言った本人は三振を取るのがまるで当たり前のようなピッチングが出来るのであって俺にも同じことが出来るかというとそうではない。
「省エネだよ省エネ。そうじゃないとキツいだろ?体力的に。それに俺はそんなに優那さんみたいに三振を取れるほどのボールは投げられないんだよ」
「優那でいいって。いや健翔君、高めのストレートを見せてあの縦スラを低めに落とせばバッターは振ってくれるんじゃないのかな?」
「その縦スラのコントロールに問題があるんだよ」 どうして彼女はこんなに俺に三振を取らせたがるのだろう。
「いつも三振を狙ってるからこそここぞというところで三振が取れる。それが勝つためのピッチングでしょ?」
それはどこかで聞いたことのある言葉だった。確か……
「おい成宮、チェンジだぞ」
「あ、はい!」
いつの間にかスリーアウトになっていたようだ。俺はグラブを手に取りベンチを飛び出すと三回のマウンドに向かった。
どこかで聞いた彼女の言葉について俺が思い出すのは数日後のことになる。