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第四球~先発捕手~

 キャッチャーは女房役なんて言葉をよく聞くけど男女のバッテリーであり俺がその女房役なんて言われ方をするのも凄く違和感がある。いや、違和感しかない。俺の中で違和感が滅茶苦茶働いてやがる。

「大丈夫かい成宮。久しぶりの実践でキャッチャーに指名しちゃって悪いね」

 石川先輩は笑ってそう言った。

 別に俺はキャッチャーをしたことはない。練習では打撃練習のキャッチャーをしたことがあるけれど実践でプレーしたことは野球を始めて一度もない。そんな俺をどうして扇の要として起用したのだろう。とあるドラマの某物理学者風に言わせて貰えば「さっぱり解らない」というやつなのだろう。

「まぁ、そんなに強い相手じゃないからリラックスしてやっていこう」

 先輩はそう言ってウォーミングアップを始める。素人の混ざったチームの言えることではないような気がするけどそこはあえてスルーしておく。俺と優那さんは先発バッテリーなので他のメンバーとは別にランニングをする。

 先発を言い渡されている彼女は滅茶苦茶嬉しそうだった。凄い笑顔で特に内容もなさそうな世間話を俺にしてくる。

「あ、そうだ。配球とかどうする?俺、キャッチャーするの初めてだからそんなに良いリードは出来ないかもしれないんだけど」

「私は成宮君がリードした通りに投げるよ。でもちょっとだけ希望を言うなら出来るだけ三振が取れるような配球がいいかな」

「……球数は気にしないってか。七イニング保つのかよ?」

「大丈夫。私、誰にも打たせないから」

 すげえ自信だ。随分と負けん気の強い性格をしているようだ。

「目指すは全打者から二個ずつ三振を取ることかな」

 とんでもないことを口にしたが冗談を言っているようには見えなかったのでそれ以上俺は何も言わなかった。それに昨日まで大学が終わってから自主練に付き合ったがこの娘、なかなかえげつない球を投げることを身を以て知らされたばかりである。

「(俺との勝負は本気じゃなかったっていうんだから凹むよなぁ……)」

「ん?どうかした?」

「いや、何でもない」

 俺達はランニングを済ませるとベンチの横でキャッチボールを始める。彼女の持ち球は自主練で把握している。実際に受けてみて、俺の想像以上のボールだったからかなり驚かされたけどそれらを生かすも殺すも俺のリード次第ということになる責任重大だ。何より俺自身が試合に勝ちたいと思ってる。下手なリードは出来ない。

 そんなことを考えていたからかすぐ目の前まで優那さんがいることに俺は気付かなかった。ふと気付けば俺は両頬を彼女に引っ張られていた。

「痛だだだだ!」

「緊張し過ぎ。滅茶苦茶怖い顔してるよ。健翔君の顔に私がビビったらどうするの」

「分かったから放せって!」

 優那さんは手を放すとにっこり笑って俺の目の前でVサインを作った。

「楽しまなきゃ損だよ」

 その言葉と彼女の笑顔に何も返す言葉が見つからず、俺は思わず笑った。







「集合!オーダーを発表するぞー」

 石川先輩の一声で全員ベンチ前に集合する。俺まだ全員の顔と名前覚えてないんだよなぁ。大丈夫かな。

「一番センター大河、二番セカンド笠原、三番ライト野々村、四番サード磯崎、五番キャッチャー成宮、六番ショート西本、七番ピッチャー神川、八番ファースト船木、九番レフトが俺、石川」

 五番……期待されてるのかな俺?うーん、キャッチャーのことで一杯一杯になってそうなんだけどなぁ。

「よっ、何だよ。そんな難しい顔してさ」

 話しかけてきたのは笠原だった。そう言えばこいつはセカンドのレギュラーだったんだな。

「いや、久々の実践だから無駄に緊張してるだけだよ」

「神川指名の先発捕手スタメンマスクだもんなぁ。そりゃあ期待はでかいぜ?」

 うん?神川指名?

「どういうこと?何だよ神川指名って」

「へ?聞いてないのかよ?神川がお前をキャッチャーに推薦したんだ。本当なら船木先輩がやる筈だったんだけどな。神川のやつがどうしてもお前とバッテリーが組みたいんだとよ」

 何で?と問いかけたいのを堪え、俺は黙って優那さんを見た。石川先輩と笑って会話している彼女のことが俺はさっぱり分からなくなった。出会ってすぐの俺とバッテリー?野球に詳しくて俺のプレーを見たことがあるなら俺をキャッチャーに指名する筈はない。

 まさか……

「俺のこと試してんのか?」

 そうに違いない。彼女はきっと俺がどれだけ出来る選手なのかを試しているんだ。つまり俺は彼女にテストされているということ。

 優那さんにそんな人を試すような真似が出来るとは到底思えないが人は見かけで判断するなっていうしな。うん。試されてんのなら俺がどれだけ出来るかやってやるよ。俺の中に無駄な闘争心が燃え上がる。

 試合開始の時間になり、ベンチ前に並ぶ。久しぶりの実践だ。いろいろ思うところはあるけれど楽しんでやっていこうか。

「礼!」

『お願いします!!』

 高校最後の夏以来の実践の雰囲気に俺は心なしか舞い上がっていた。







 一回表、マウンドに立つ彼女に俺は声をかける。

「絶対後ろに逸らさないから低めに投げろ。必ず止めてやるから」

「頼もしいね。信じてるよ健翔君」

 彼女は明るく笑うと両手を大きく広げて天を仰いだ。雨乞い?何だよ今から精霊でも召喚よびだすのかと思ったけどどうやらそうするのが彼女の試合前のルーティンのようだった。イチローが打席でやるようなパフォーマンスルーティンというやつの一つだろう。両手を下げ、俺を見た彼女の目は先ほどのような女の子のものではなく打者をねじ伏せるエースのような鋭い眼光を走らせていた。闘争心むき出しという感じの彼女にボールを受ける俺までもが気圧されていたのは俺だけの秘密である。

 俺は初めてのポジションでグラウンドを見渡した。うわ、キャッチャーってこうして見ると他の野手の動きがよく見えるんだな。扇の要とはよく言ったもんだ。

 俺はマスクを被ると大きく息を吸い込み、

「一回表っ!しまっていくぞぉぉぉおおおおお!!」

『おおおおおおっ!!』

 さて、キャッチャーなんて初めてのポジション、出来るかどうかは分からないけど試合が始まってしまえばそんなことを言ってる場合ではない。やってやる。絶対にこの試合、優那さんの実力を存分に引き出して勝ってやる。

 まずは一番打者、右打席。まずは―――――、

 俺のサインに優那さんも頷く。彼女は振りかぶり高く足を上げて―――――、


 スパァン!


 心地の良い乾いた音と俺の手に伝わる感覚。流石。要求通りの右打者の内角インコースぎりぎりいっぱいのクロスファイア。判定はストライク。バッターも手が出なかったようで驚いた顔をした。別に俺が投げた訳でもないのに何故か笑みが零れる。おっと、たった一つストライク取ったぐらいで浮かれるな俺!次だ次。

 俺はもう一つ、今のコースに要求する。ただし、ボール一つ分外れたコースである。ここなら打たれてもファールにしかならない筈!

 予想通り、バッターはボールに手を出し結果はファール。よし、これで追い込んだ。さてどうする?遊び球を使うか?それとも三球勝負?

「(試してみるか)」

 俺は三度インコースに構える。サインは当然、

「(外れてもいい。空振り取れれば儲けもんだ)」

 彼女の手からボールが放たれる。バッターは踏み込んで……バットを止めた。ボールはインコース高めに外れる。流石に三球連続のクロスファイアには手を出さないか。やっぱり勝負球はこの球しかないか。

 四球目、彼女が最も自信を持つ球。アウトコースに投じたのは右打者の外に逃げながら落ちるスクリューボール!体勢を崩されたバッターのバットは空を切った。

「っと!?」

 しかし空振りを奪った彼女のウイニングボールはワンバウンドする。ここで抜ければ振り逃げ――――!

「っらぁ!」

 見様見真似でボールを止める。ボールはどこだ!?

 前を見ると白球が転がっている。俺は慌てて拾うとまだ走り出していないバッターにタッチした。

「アウト!」

 ふぅ、危ねぇ。危うくランナー出しちまうとこだった。ほっと一息ついたところでマウンド上の優那さんと目が合った。俺がタイムをかけてマウンドに向かうと彼女は笑って言った。

「落ち着いて。キャッチャーがばたばたしてたら守備が浮き足立っちゃうよ」

 何故か俺が励まされてしまった。普通逆なんだけどなぁ。

「ナイスボール。まず一つだな」

「うん、まだまだ調子は上がってないけど良いコースに投げられたよ」

 調子がまだ上がってないという発言はスルー。さっきの球が絶好調の球じゃないってんだからトンデモナイ話だ。

「目指せ三振二十一個~」

「こらこら、相手に聞こえるだろ。口に出すなよ」

 七イニングの試合で二十一の三振なんて取れる筈がない。取ったアウトが全て三振なんて有り得ないだろ。小さい頃の俺を見てるみたいだ。けど、彼女がどこまで出来るか知りたいというのはある。

「その……俺も頑張ってリードするし、ワンバウンドも止めるからさ。優那さんも絶対に打たせるなよ?」

「はははっ!優那さんじゃなくて優那でいいって。どうして同級生なのに敬語になるのかな。まぁ、任せてよ健翔君」

 俺はマウンドから戻る。さっきよりも緊張はなく、体の固さが消えたような気がする。さぁ、仕切り直しだ。

 俺はミットを構えた。結局この回は三者連続三振という漫画みたいな展開となり、俺は改めて驚かされることになったのだった。

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