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第三球~野球好き~

 一日はたったの二十四時間しかないことを当然ご存知だろう。が、それは意識して初めて実感するものであって普段そんなことを考えることは少ない。俺も大学に入って改めて実感させられた。一日って短いよなぁ。気付けばあっと言う間に日にちは日曜日になっていた。神川さんとの約束の日である。待ち合わせは大学に最も近い駅の前に午後一時。現在時刻は十二時四十七分。高校時代に野球部だったこともあり、どうしても予定の時間より二十分くらい前に着いてしまった。

「あ、ごめん。遅くなって。待たせちゃったかな?」

 どうやって時間を潰そうかと思っていた時に丁度神川さんが到着した。白いワンピースを身に纏う彼女はマウンドに立っている時とは別人に見える。

「いや、俺もさっき着いたからそんなに待ってないよ。それに約束の時間よりまだ早いしな」

「でも成宮君を待たせちゃったことには変わりはないし」

「そういうのいいって。同級生にそんなに気ぃ使ったって疲れるだけだろ?俺はあんまり気にしないんだよそういうの」

 俺たちは電車に乗り、二つ先の駅で降りると目的のスポーツショップまで歩く。ちなみにその間、ずっと野球の話である。野球しか話すことがないからだがここまで野球しか話さない女子というのを俺は初めて見た。仮に彼女と付き合う男がいたとしてもそいつは野球関係者なんだろうなと思うほどに。

 目的の店に到着。そこそこ大きな店で結構客の数も多い。俺達は野球のコーナーに移動する。

「うわぁっ!これ格好いい!しかも軽っ!こっちもいいかも!ねぇ、成宮君、どれがいいと思う?」

 野球のスパイクを選ぶのにここまで目を輝かせてる女子って初めて見たぜ。まるで洋服選んでるみたいだ。

「そりゃあ神川さんが使い易そうなやつを選べば良いんじゃないか?」

 俺の言葉に神川さんはむすっとした。

「ねぇ、その神川さんっての止めてくれない?さん付けって結構よそよそしいし」

「でも呼び捨てするのはなぁ」

「あ、優那でいいよ。それなら許してあげる」

 許してあげるって何かしたのか俺は。名前で呼ぶのもどうなんだろう。よそよそしい感じはなくてもむしろ図々しさが出たような気がしなくもないんだが。

「でもそっちは君付けだろ?何か違和感が…」

「なら私、健翔って呼べばいいのかな?」

「そういう問題じゃないと思うけど」

 恋人同士じゃないんだからさぁ。そもそも大学生ならよそよそしくたって気にすることないだろ?

 神川さんは腕組みをして分かりやすく悩んでいるようだった。

「そうだ。みや君ってのはどう?」

「……他にないのかい?」

「他?だったら健君とか健翔君とかナルーとか…」

「わかったもういい。名前で呼んで下さいお願いします」

 結局、成宮という姓の宮からとって《みや》という変わったニックネームが誕生しそうだったのだが名前で呼ばれることになった。

 ……、いや俺だって他に何かなかったのかなーって思ったよ?何だよナルーって。流石にセンスねぇよ。そんな名称で呼ばれるなんて何の嫌がらせだ。新手の苛めか。危ない危ない。大学生にもなって苛められるところだったぜ。

 その後俺達は約二時間ほどスポーツショップの野球コーナーでスパイクを選び続けたのだった。だって俺が薦めたやつ何でも「じゃあこれにする!」って言うんだもん。そんなんじゃあ決まるはずねぇよ。まぁ、神川さんもとい優那さんの嬉しそうな満面の笑みを見られただけでも得をしたと思っとけばいいか。

 そんなことを考えながら俺は優那さんと帰りの電車に乗っていた。この娘、下手をすればグラブまで選びだしそうだったのでスパイクを買って逃げるように店を出てきたのだ。

「よかったー。これで次の試合に間に合うよ。今日は付き合わせてごめんね健翔君」

「あ、ああ。別にいいよ。どうせ暇だったし」

 名前で呼ばれるのはどうも違和感が……。慣れるしかないのか。

「つーか次の試合っていつあるか知ってる?」

「あれ?健翔君知らないの?水曜日だよ」

「水曜?つっても平日だろ?講義とかどうすんだよ?」

「グラウンド借りてナイターで試合するから問題ないよ。私ナイターゲーム初めてなんだ」

 いかにも楽しみと言わんばかりの表情。なるほど、こいつは本当に野球が好きなんだな。

「健翔君も頑張ろうねっ」

「でも俺一番最後に入ったから多分控えだろうし…」

「大丈夫。ちゃんとスタメンだよっ」

 マジ?先日入ったばかりの俺が?確かに高校まで野球してたから初心者の人よりはプレー出来るだろうけどそれでいいのか?

「ちなみに聞くけどポジションは何か聞いてる?」

 すると何故か嬉しそうに笑ってずいっと左の人差し指を俺に向けた。

「私とバッテリーだよ。改めてよろしくねっ健翔君!」

「な、なん……だと…?」

「そういう訳で明日から自主練に付き合ってもらうよ?」

 この時ほど俺は呆けた表情を浮かべたことは人生に一度もなかっただろう。高校時代ですらほとんどやらなかったキャッチャーを大学の草野球でやることになるなんて。しかも優那さんとバッテリー組むなんて。俺は大きく溜め息をついたけど上機嫌の優那さんは気付いていなかった。

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