第二十球~熱闘開幕~
七月。ついに夏の草野球大会が開幕した。地区の参加チームを七つのブロックに分けて総当たり戦を行い、それぞれのブロックで一位のチームが決勝トーナメントに進出出来るというルールである。また、予選敗退したチームのために、敗者復活枠もあるらしい。
一週間前に抽選会に行った石川先輩の話によれば、我がWSはEブロック、対戦チームはウチを含めて全部で六チームとのこと。そして何より、優勝候補のレットナインズやダークホースのウィングスとは別のブロックになったのは幸運だった。石川先輩の知る限り、あまり有名なチームはないんだとか。これはもしかしたらもしかするかもしれない。
「絶対優勝するよっ!」
対戦相手が決まっても優那はいつもの調子で投げ込みをしていた。ボールも相変わらずキレッキレである。
「ナイスボール!気合い入ってるな優那」
「勿論っ、私と健翔君のバッテリーなら優勝は射程圏内だからね」
眩しいほどの笑顔で自信溢れる彼女の言葉である。優那を見ていると、これはちょっとして優勝出来るんじゃね?などという考えが浮かばなくもない。
とは言え、まずは決勝トーナメントに出なければ話にならない。
「心配ないよ。レットナインズやお姉ちゃん達とはトーナメントまで当たらないし、石川先輩は大したチームはないって言ってたんでしょ?」
正確には有名なチームは、である。それにウチは笠原のようにこのチームに入って初めて野球を始めた初心者だっている筈なのだが。
しかし、レットナインズの打線ならともかく、並みの打撃レベルでは優那の球は易々とは打てない。高速と低速の二種類のスクリューを使い分け、サイドハンド独特の落ちず、横に弧を描くように曲がるスライダー、そしてそれらを際立たせる対角線投球。レットナインズですら手こずった投手を攻略するのに七イニングは短すぎる。
あくまで並みのチームならの話だが。
「で、初戦の相手はどこか聞いてる?」
「鳩間アローズってところだっけ?石川先輩の知り合いがいるんだって」
「ふーん、ならお前の情報は流れている可能性がある訳だ」
この地区の野球人なら優那ほどの有名人を知らないことはないだろう。何といっても《奪三振女王》と言われるほどなのだ。試合で投げる度に二桁の三振を奪う女性投手、それも比較的美少女なら尚更だ。
「ま、知られていてもお前の球は打てないか」
「ふふふ、それに健翔君のリードが良いからね。私達、最強のバッテリーだもん。どこのチームと試合しても負けないよ」
優那はボールの握りを確認し、悪戯っぽく笑ってモーションに入る。彼女のしなる腕から放たれたボールは凄まじい勢いで飛んで――――、
「っ!?」
ストレートだと思っていたボールは球威を保ったまま、ギュン!と変化した。予測できていなかったため、ボールはミットを弾いて地面に転がった。
「はっ、はははっ!どこまで進化するつもりだあいつ」
左打者の懐に抉り込むように変化するシュート。スクリューと同じ方向へ変化するボールである。スクリューと違うのはスクリューとは異なり落ちないが、球速が速いということである。内野ゴロを打たせるのに最適なボールだ。
「シュートかよ。いつの間にこんなボールを……」
今のボールに手応えがあったのか、彼女は自分の手のひらを見つめ、少し満足したように笑みを浮かべた。
「どうだった?今のボール」
「いつの間に投げられるようになったんだよ。お前、三振が取れないから投げないんじゃなかったっけ?」
「あははは、投げられるに越したことはないよ。勿論、三振を取るのに向かないのは知ってる」
そういえばこの前、上手でも投げられるとか言ってたな。一体いつの間に習得したのやら。器用ってのは羨ましい。
まあ、優那が器用であるかどうかはさておき。
「次の試合、十五奪三振狙うよ」
優那は唐突にそう言った。いつもの彼女にしては珍しく目標が現実的である。尤も、全打者全三振も彼女なら充分過ぎるほど現実的なのだが。
「何故に十五個?」
「だってさ、コールドゲームの場合、試合は五回まででしょ?」
なるほど、三振にこだわる姿勢は相変わらずという訳か。俺も負けられない。
「なら俺は打率五割以上だ。絶対に優勝しようぜ」
俺の言葉に優那は楽しそうに笑ったまま天を仰ぎ、そしてぼそりと呟いた。
「――――」
「え?」
彼女が何と言ったのかは聞こえなかった。少し遠かった打撃練習の音とチームメイトの声が急に大きくなったような気がした。
「っしゃあ!元気出していくぞー!」
『おおーっ!』
WSの夏が開幕した。初戦、鳩間アローズとの試合は相手の先攻で開始された。オーダーは基本的にいつもの通り、俺と優那のバッテリーである。
優那はいつものようにマウンド上で両手を広げて天を仰ぐ。そして普段の彼女のものとは思えない表情でこちらを見た。
一番打者は左打ち、優那の球を印象付けるためにも初球はやはりこの球だろう。俺のサインに優那は頷く。そして高く足を上げて――――、
スパァン!
「ストライク!」
アウトコースぎりぎりにクロスファイア。少しボール気味だったのだが、今日の審判はどうやらこのコースは取ってくれるらしい。
ちらっと打者の表情を盗み見ると引きつった笑みを浮かべていた。噂以上の彼女の球に圧倒されているといった様子だ。
続いて二球目、打者の体目掛けてボールが投じられる。アウトコースに目が向いていたバッターは思わず仰け反るが、
「(ここで曲がる―――――!)」
弧を描くような軌道の球はバッターに当たることはなく、インコースに構えた俺のミットに収まった。これも判定はストライク。うん、やはり今日の審判はストライクゾーンが横に広いな。さてとウイニングショットはどうするか……
ここで一つボール球を見せるというのも一つの手だがこの打者はボールを見るのでいっぱいいっぱいだ。そんなバッターに遊び球は要らない。
三球勝負でいくぞ。
優那はサインに頷き、大きく息を吐いた。彼女ほどの投手でも初回の先頭打者との対戦における重要性は理解しているらしい。
彼女の手からボールが放たれる。コースはインコース低め―――――!
「(このバッターは優那の球に全く手が出ていない。インコースはバッターから見ればストライクに見える。ツーストライクからなら高確率で振ってくる!)」
『ストライク!バッターアウト!』
俺と優那、そしてWSの夏は三振という最も良い形でスタートを切った。




