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第二球~笠原基~

「どうだった?今日の練習は」

「楽しかった。久々に本気で野球をしたよ」

 夕方、俺は隣で嬉しそうに笑って話しかけてくる神川さんに答えた。どうやら俺のアパートの近くに住んでいるらしく何故か一緒に帰ることになったのだ。彼女は本当に野球が好きで、かなりの野球ファンであることが会話から読みとれる。その証拠にここに至るまでの会話の内容は今年のセンバツを踏まえた上での夏の甲子園の予想である。

「でもやっぱり成宮君凄いよね。あの五球目のクロスファイア、絶対あれで終わったって思ったのに腰を上手く返して当ててくるなんて」

「結局その次のアウトコースのスクリューでセカンドゴロだったけどな」

 バッティングフォームもへったくれもない片手打ち。

「でも結構良い当たりだったでしょ?三振が取れなかった」

「でもアウトなんだからいいじゃん」

「私は三振を取りたかったの。投手なんだから三振取りたいって思うのは当たり前だよ」

 まぁ、そうだな。むきになってそう言う神川さんは小さい頃の俺にそっくりだ。小学生の頃、俺は何よりも三振を取ることにこだわっていた。常に三振を狙うことで土壇場で欲しい時に三振を取ることが出来るようになるという考え方があったからだ。アウトはアウトでも出来れば三振が取りたいという生意気な頃もあったものだ。

「ああ、そうだ。成宮君、今度の日曜日暇かな?」

「ん?そうだな。何もする事がなくて時間を持て余していることを暇と言うならそうだと思うけど?」

「それならさ、今度スポーツショップに買い物に行こうと思うんだけど付き合ってくれないかな?」

「何か買うものがあるのか?」

「え?い、いや。ちょっと新しいスパイク買おうと思ってて。ずっと使ってたスパイクが破れて穴だらけになっちゃったんだよね」

 恥ずかしそうに彼女は笑う。うーん、どうなんだろうそれは。俺が行く必要なんてないと思うんだけど。だって自分が使うスパイクを選ぶんだろ?それなら俺が行かなくても一人で行けそうな気もするんだが。

 俺のその考えを読んだのか神川さんは一層恥ずかしそうに言う。

「私、一人でスポーツショップに行くのに抵抗があってさ。今使ってるグローブも買いに行くのに勇気出したんだよ」

「はぁ」

 よく分からん。女子がグローブ買いに行くのに勇気が必要ってどんな状態だそれ?ソフトボールやってる人だっているんだから全然不自然じゃあないと思うが。まぁ、どうせ日曜日は特にすることがなくて暇だろうから俺は「いいよ」と答え、彼女とスポーツショップに行く約束をしたのだった。



 翌日、講義を終えて俺は大学の近くにあるバッティングセンターへと足を運んだ。平日ということもあり中はかなり空いていて順番待ちする必要はなさそうなくらいだった。メダルを購入し、打席に入る。一打席三十球。カーン!という金属音が響く。うん、調子は悪くない。しっかりボールも見れているしフォームが崩れていることもなさそうだな。

「あれ?成宮……だっけ?お疲れさん」

 三十球打ち終えて打席から出た俺に誰かが声をかけてきた。見たことある顔である。昨日の野球の練習の時、自己紹介してたような気がするけど……、

「あ、俺の名前覚えてないだろ?」

「……すみません」

「いいよ。気にすることはないさ。俺は笠原基かさはらはじめ。人間関係学部一年だよ」

 笠原はそう名乗って快活に笑った。そう言えば練習の時、セカンドを守ってたような気がする。

「バッティング見てたけど凄いな。流石高校までやってただけのことはある。神川が入部させたがったのも分かるよ」

「そうでもないよ。昨日、神川さんからは打てなかったしまだ体が鈍ってて」

「いやいや、あれだけやれたら充分だろ?俺なんか草野球始めるまで野球やったことなかったから上手い選手は羨ましいぜ。ここにはよく来るんだけどなかなかバッティングが良くならなくてさぁ」

 そう言って笠原は打席に入る。確かにスイングにばらつきがあって野球を始めたばかりというのがよく分かるがその割には打球の速さが思ったより速かった。

「もう少し、バットを短く持ってみたら?少しスイングが大きいからコンパクトに振ってみたら良いんじゃね?」

「おお、マジか。試してみる」

 こんな風にして俺は笠原のスイングに少しアドバイスをした。心なしか彼のバッティングが良くなった気がした。それと同時に、大学生活における新しい友人が出来た瞬間だった。






「十奪三振?」

 昼休み、講義が終わって大学で再会した笠原と俺は昼食を取っていた。お昼ということもあって大学の学食は人で溢れかえっている。

「そ、神川の奴入部して最初の練習試合で四イニング十奪三振だったらしいんだ。ヒットもゼロってさ」

 四イニングということはアウトは全部で十二個。そのうち十個が三振というのだから大したものだ。俺はラーメン(三五〇円)を啜る。

「化け物かよ。すげー奴もいたもんだな。今まで野球やってたのかな?」

「やってたっぽいよ。多分高校までじゃないのかな。ほら、最近高校でも女子野球部って増えただろ?」

「なるほど。それであれだけのボールをな」

「それであのルックスだぜ?神川って滅茶苦茶可愛いだろ?」

「可愛いっつーか美人っつーか」

 クールビューティーというのが正直な印象だったりする。

「入学してから色んな奴から告られたらしいんだけどことごとく撃沈したんだと。かわいそうに」

 そう言いながら笠原は腕時計に目をやる。

「今日午後の講義は?」

「今日は午後は入ってないんだ。つー訳で今から帰宅」

「マジかよ。羨ましい。あ、そうだ。今日も練習やるから来れそうだったら来いよ?」

「ああ、多分出られると思う」

 笠原は立ち上がって「お先に」と言うと人混みの中をすり抜けるようにして消えていった。さて、俺は帰るとするか。

 俺は立ち上がり、トレイを返却口まで持って行き、食堂を後にした。

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