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一回裏~初恋~

今回は神川優那視点で物語が進行します。読みにくい点も多いかもしれませんし、納得のいかない点も多いと思いますが……

 成宮健翔君と私、神川優那が初めて出会った時の話をしたいと思う。健翔君のあの様子だと覚えている様子はないし、大学で話しかけた私のことを初対面の相手だと思ってたみたいだからきっと忘れているのだろう。忘れてしまっても仕方がない。覚えていなくても仕方がない。

 だってそれは、私が健翔君と初めて出会って、野球というスポーツに初めて触れて、そして彼に恋したのは今より十年くらい前の話なのだから。

 だからこれは私達の昔話。私と健翔君との出会いは八年前の小学四年生くらいの頃だった。










「おーい、ちょっとボール拾ってくれないか?」

 小学四年生だったある日、下校しようとしていた私に声をかけてきたのが健翔君だった。当時の彼は四年生なのに既に野球チームの一番打者で不動の切り込み隊長だった。あまりはしゃぐ性格ではなかったけど誰にでも頼られるクラス中心人物でもあった。この頃の私は彼とは別のクラス、というより小学校時代に私は健翔君と同じクラスになったことが一度もなかった。顔を知っていても話したことがなかった。私と彼に接点なんてなかったから。

 話を戻そう。下校しようと学校から出てきた私の足下にボールが転がったきたのだ。それで私に声をかけたのである。彼と私の距離はかなりあったから私はボールを拾って思いっきり投げてみた。彼がボールを掴むと同時に驚いたような顔をしたのを私は覚えている。

「ナイスボール。いいボール投げるんだな」

「え?」

「なぁ、もし今から時間があるなら俺とキャッチボールしないか?」

 突然の誘いに私は慌てた。話したこともなかった男の子からキャッチボールに誘われるなんて初めてだったからだ。空はオレンジ色に染まっていたけれど下校時刻まで時間もあったし、私は彼と何故かキャッチボールをすることになったのだった。グローブは彼が貸してくれた。

 人生初めてのキャッチボール。この時私はどんな顔をしていたのだろう。今思い出せば気になることだけど、キャッチボールの相手をしていた健翔君が覚えているなんてことはないだろう。当時、両親の教育の関係でスポーツなんてさせてもらえなかった私にとって体育の授業以外で体を動かすのは滅多にないことだった。

 キャッチボールをしながら彼と色々なことを話した。今日、恐らく初めて会話をした筈なのにまるで昔からの友達に話しかけるような調子の彼に私はきっと笑っていたのだろうと思う。

 楽しい。今でも覚えている。こうやって体を動かすこと、自分の投げるボールを受け取ってくれる相手がいることが楽しいと思えた。すっかり暗くなって帰る時間になった時、なんと彼は私を家まで送ってくれたのだった。

「もう暗いだろ?女の子を一人だと危ないから送ってくよ」

 小学四年生の男の子の言う台詞じゃなかった。私の家の前に着くと彼は「じゃあな。また一緒に野球しようぜ」と言って背中を向けた。暗い道に消えていく彼の背中を私はいつまでも見つめていた。

 確信を持って言える。私はこの時から彼に惚れてしまっていたのだと。










 翌年、新学期が始まる前に私は家の都合で隣町に引っ越した。結局、健翔君と話したのはあの日だけだったけれど中学に入学してすぐに彼の名前を聞いた時は耳を疑ったものだ。『第二中学の怪童』。当時の彼はそう呼ばれていた。私の中学と彼の中学が練習試合をすると聞いて私は近くの球場に足を運んだ。そこで見たのはマウンドで三振を取りまくる彼の姿だった。圧巻のピッチング。この頃の私は彼の影響で野球中継を見るようになっていたから野球のプレーを理解出来るようになっていたけど、そうでなくても引き込まれるような投球を彼はしていた。中学生とは思えないようなストレートに縦に落ちる変化球、そして何より負けたくないという闘志むき出しの投球に私は憧れた。格好いい。素直にそう思った。

 翌日、私は親の反対を振り切って軟式野球部に入部した。彼とまたいつか野球がしたい。それだけだった。勿論、たかがキャッチボール程度で野球だなんて言うつもりはない。だから私はいつか彼と一緒にプレーすることを夢見て野球に明け暮れた。昔彼は言っていた。投手は三振を取ることにこだわるべきなんだと。だから私もこだわった。三振を取るためにスクリューを磨き、サイドハンドからのクロスファイアを覚えた。けれど中学時代、彼の中学と試合をすることがなく、再会は叶わなかった。

 高校時代は近くの草野球チームでプレーした。女子は高校野球では基本的にマネージャーだったし、私の住む地域には女子高校野球部のある高校はなかったからだ。でも彼の進んだ高校の試合はよく見に行った。彼は一年生の頃からベンチ入りするほどの選手だった。スタンドで彼を見ながら彼との距離を感じた。ああ、彼はもう私の手の届かない場所に行ってしまったのだと。

 高校三年の夏、健翔君にとっては最後の夏の決勝戦。彼のピッチングは最後に崩れた。マウンドで泣き崩れる彼の姿を見て私は思わずスタンドで泣いた。よく頑張ったなんて言葉をかけられない。彼がどれだけ努力したのかを知らない私が簡単に口にしていい言葉ではなかったから。負けたとはいえ、彼のプレーは私にとってはナンバーワンだった。もう彼の野球を見られない。そう思うと虚しくなった。










 大学の合格発表の日、掲示板の前でお守りを落とした人の顔を見て私は言葉を失った。健翔君だったからだ。もう話すこともプレーを見ることも出来ないと思っていた彼がそこにいたからだ。私はお守りを拾って彼に声をかけた。

「これ、落としたよ?」

 背が高くなって少し髪も長くなった彼は大人びて見えた。彼は私のことになど気付かずに「どうも」と言ってお守りを受け取るとすぐに背中を向ける。

 待って。

 言えなかった。ずっと思い続けていた相手なのに声をかけることも、何て声をかけるべきなのかも分からなかった。

 そしてある日、食堂で一人で昼食を取る彼を見つけた。どうやら彼は大学に入って野球をしていないらしかった。どうやら夏の敗北が原因らしい。

 思い切って声をかけよう。でも何て?

 そんなことを考えながら私は彼の向かいに座っていた。何て言うべきかも考えていなかったのに。彼は頭に?マークを浮かべてこちらを見ていた。当然だ。私はとりあえず何か言おうと思った。

「あれ?何その『誰だよこいつ』って顔は?私達、初対面って訳じゃないよ?」

 黙ったままの健翔君。うう、何か喋ってよ。私が変な人みたいじゃない。

「ねぇ、野球やらないの?」

 彼は答えなかったけど分かりやすく反応した。

「成宮健翔君だよね?西高の。私、野球好きなんだ」

「……」

「あ、県大会も見たよ。凄かったよね。投 球も良かったけどバッティングも。私、何度か球場に見に行ったんだよー」

「……で?」

「へ?」

「君は誰?ほら、名前聞いてないから」

 やっぱり私のことなんて覚えてないか。少しショック。

「ああ、ごめんごめん。私は神川優那 。成宮君と同じ歴史学部だよ」

「俺に何の用?用があるから他の席じゃなくてわざわざ向かいに座ったんだろ?」

「あははは、やっぱりバレたか」

 とは言ったものの用なんてない。言うならば彼と話すことこそが私の用なのだから。そこで私はこれはチャンスなのかもしれないと思った。

「ねぇ、私と野球しない?」

 あの日の約束。彼が私に言った約束。小学生の戯言なのかもしれないし、彼につきまとうような私はストーカーや変態の類と何ら変わらないかもしれない。

 けれど私は彼が好きだ。

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