第十四球~試行錯誤~
マシンガン打線とはよく言ったものだと思いながら俺は三つ目のアウトを取り、マウンドを降りてベンチに戻る。
初回に先頭バッターに投じたアウトコース低めのストレートは、センター前に簡単に打ち返され、出塁を許すと続く二番、三番に痛烈な打球を打たれてあっと言う間に一失点。四番打者を何とか抑えたものの五番打者にタイムリーヒットを打たれ、二失点というのが今回の俺の立ち上がりだった。
「とんでもない打線だな。守ってるこっちがおっかないぜ」
ベンチでそう言う笠原は笑っているが目は笑っていなかった。あんなに強い打球を捕らなければいけないのだ。無理もない。
「もうっ、何やってるの健翔君。私、肩作っとこうか?」
呆れたような表情の優那。俺に対する挑発の意味合いでそう言ったのだろう。けれど俺の本音としては代わってほしいと思うところもあった。今回の相手はなかなか強い。
とは言え彼女にそんな情けないところを見せたくない。もしこの試合、優那にマウンドを譲ってしまったら彼女に負けたような気がする。それが嫌だった。
「はははっ、ようやくエンジンがかかってきたのに代わるわけないだろ?それに俺はまだ秘密兵器があるんだよ」
シークレット・ウェポンズなだけにな。ただこのボールはまだ使わない。ゲーム中盤に入ってから使う予定だ。船木先輩もそのつもりだし。優那は目をぱちぱちとさせて、
「え?そうなの?何だあ、それなら早く言ってよ」
そう言って笑った。
打線は地区トップクラスと名高いシークレット・ウェポンズだが守備は地区トップクラスの素人だった。内野はファーストへの悪送球が多いし、外野はあろう事かバンザイをしてしまう有り様である。確かに我がWSも素人が混ざったチームであり、守備に関してあまり大きく言うことは出来ない。が、相手はそれ以上の守備の悪さなのだった。見ていてプレーが雑なのである。ウチの攻撃、一番大河先輩に四球。二番石川先輩のライトフライをライトがバンザイをして無死二・三塁。三番の俺の打席では俺が打ち損じた打球をショートが悪送球をしてあっという間に同点に。守備が飛び抜けて悪いが打撃が極端に良いチーム。相手にし辛いな。打線が良いから打ち合いになったら勝つのは厳しい。かと言って投手戦になるようなことはなさそうだし。
チェンジのコールが聞こえた。どうやらウチの攻撃は二点止まり、同点で終わったらしい。マウンドで投げている身としてはもう少し点を取ってほしかったが仕方ない。俺は腰を上げるとマウンドへと向かった。
現在は五回。点数は八対七で一点ビハインド。相手に取られた点はほとんどがヒットであるのに対し、こちらが得点したもののほとんどが相手のエラーだった。一体どうなってるんだと呆れかえってしまう試合展開である。
俺は今、この試合何度目になるか分からないピンチを迎えていた。ツーアウトランナー二、三塁。迎える打者は今日長打を二本打っている五番打者である。
キャッチャーの船木先輩がタイムをかけてこちらにかけ寄った。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないですよ」
そう言って笑って見せた。船木先輩は口元をミットで隠して言う。
「もし、この打席でバッターを追い込んだら使うぞ」
やっとか。俺は頷いて大きく深呼吸した。
ゲームに戻る。初球は外のストレートでワンストライク。続いて二球連続でスライダーを投じるも見極められ二球ともボール。思い切ってインコースにストレートはファールになってツーボールツーストライクとなった。
通用するだろうか。ここにきてそんな言葉が頭の中を谺する。このボールはこれまで一度も使っていない。試合前の投球練習では船木先輩も「大丈夫。良い変化してるぞ」と言っていたけれど本当に大丈夫だろうか。船木先輩のサインは言っていた通りのボール。俺は頷いたものの不安を払拭しきれず、思わずプレートを外してロジンバックに手を伸ばした。
大丈夫だ、落ち着けよ俺。練習試合だぜ?
そうやって自分を落ち着かせようとするが不安と興奮で心臓がばくばくいってやがる。久々だこの緊張感。やはりこんなぴりぴりした緊張感の中でプレーする機会があまりなかったからだろう。キャッチャーまでが遠く見える。くそったれ、何臆してんだよ。
そんな時だった。
「ピッチャービビってる!?」
そんな声が耳に入ったのは。少年野球の頃、よく聞いた相手チームの野次だがそれはおかしなことに自軍のベンチから聞こえてきた。
「ほらほら!ビビって落ち着かないようなら私が投げようかあ?」
ベンチの一番前で、笑ってそう言う彼女を見る。彼女の言葉に俺は思わず笑った。誰がビビってるって?
「ふぅ……」
大きく息を吐き出して俺はセットポジションに入る。そうだ、これ以上あいつに弱気な姿は見せられない。
俺は大きく足を上げた。軸足にしっかり体重を乗せて前に踏み出す。そして思いっきり腕を振る!
俺の手から放たれたボール。コースはど真ん中。バッターは踏み込んでバットを振る。しかし、ボールはバットを避けるかのように下にすとんと落ちた。
「しゃああああっ!!」
審判が判定をコールする前に俺はマウンド上で吼えた。ウイニングショットは密かに練習していたフォークボール。ストレートと同じ軌道から打者の手元ですとんと落ちる変化球である。
「ナイスピッチ!」
ベンチに戻ると皆が声をかけてくれる。俺はベンチに座ってにやにやしている優那に言った。
「誰がビビってるって?」
「あれれ?違ったかな?」
可笑しそうに彼女は笑った。俺は優那の隣に腰を下ろすと大きく溜め息をつく。すると彼女は俺の顔を覗き込んで聞いてきた。
「さっきのボールってフォーク?」
「ああ、実はこっそり練習してたんだよ」
「へえ、やるじゃん」
笑顔のまま、彼女は俺を見て言った。
「やっぱり三振取るのって良いよね」
「だな」
結局その後、一点を取ることが出来ず、八対七という結果で破れた。俺にとってはこのチームに入って初の黒星となってしまった。けれどフォークボールの習得は大きいだろう。ちなみに打撃成績は四打数二安打である。
「疲れた……」
精神的にも肉体的にも疲れる試合だった。帰宅中、隣を歩く優那は呆れた様子で言った。
「あれくらいで疲れたなんて言ってたら大会で勝ち上がれないよ?ほら、スマイルスマイル」
スマイルと疲労に何の関係があるのだろう。俺は無理に笑顔を作ってみせる。
「あははは!何その顔!それじゃあ疲れが溜まっていく一方だよ?」
楽しそうに笑う彼女を見て、やっぱり不思議な奴だな、などと思いながら俺は笑う優那の後をふらふらとついていった。




