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第十二球~闘争本能~

 翌日、大学でこんなことがあった。

「ねぇ健翔君。昨日の約束覚えてるかな?」

「約束?」

「忘れたの?確か健翔君が言ったんだよ?」

 あれ?何だったかな。昨日……何か約束したっけ?出来る男ならここで思い出せるのだろうし出来ない男は答えが出ないままなのだろう。残念ながら俺はどうやら後者の方だった。

 そんな俺の様子を見て優那さんは呆れた様子で言った。

「本当に忘れたの?ほら、レッドナインズから十五個三振を取ったら一つ言うことを聞いてくれるって」

 そういえばそんな約束をしてたっけ。確か優那さんは十六個の三振を奪ったんだった。地区ナンバーワンの強豪チームから奪った数にしてはかなりのものだよなぁ。

「そうだった。で、何をすればいいんだ?俺に出来る範囲で言ってくれよ?」

 大学生だから何か頼み事とかだろう。現実味のない頼み事をするとは思えないし。

 ……いや、優那さんなら有り得るかもしれないな。

「私のこと優那って呼んでほしいの」

 現実味はあるけれど無理難題を押し付けられた。いや、それはちょっと……

「一つだけ聞いてくれるって言ったよね」

「ほ、他に何かないのか?ほら、名前を呼ぶってのはもうちょっとこう……仲の良い男女がすることで…」

「私と健翔君仲良いじゃない」

「そうだけどさぁ」

 そうだけど。そうだけど!付き合ってもない女の子の名前を呼び捨てするのは流石に抵抗があるんだけど!ただでさえ『バッテリーを組んでいるという理由で彼女と親しくしている奴』などということから、同学年男子学生から目の敵同然の扱いを受けることだって珍しくないのに名前を呼び捨てにしたりなんかしたらどうなるか分からない。世界を敵に回したことと同等の苦しみを大学卒業まで送らないといけなくなるかもしれない。

「それじゃあ私と健翔君が付き合ってたら呼んでくれるの?」

「ちょっ!?それは……」

 まずい!これは本当にまずい!芳しくない状況だ。

 今更ながら説明しよう。今俺たちがいるのは大講義室。次の講義は一年生必修。時間は講義開始五分前、既に多くの学生がこの教室に入っている。

 つまり、同学年の学生達がいる中で俺は彼女とこんなやり取りをしているのだった。男子学生からの妬みの視線を感じる。

 そりゃあ優那さんは美人だし、明るくて活発的な女の子で彼女と付き合える男は幸せ者だろうと思う。

 でも俺とは不釣り合いだ。つまりはそういうこと。基本的に何事も勝負することが大切だと俺は思うが状況によっては敬遠することも大切だと思う。

 俺が答えに困っていると担当の教授が教室に入ってきた。それを見た優那さんは俺の顔を見て、そして自分の席へと戻っていった。










 昨日の疲れが残っているけどそんなことはお構いなしに俺と優那さんはグラウンドに来ていた。今日は練習は休みだと石川先輩から連絡が回っているが優那さんからの誘いで自主練をすることになったのだ。タフだよな本当に。

 二人で並んでランニングをする。ウォーミングアップをやった後はキャッチボールをして投球練習である。


 スパァン!


 疲れを全く感じさせないボールに俺は思わず溜め息をついた。俺は体の重みが残ってるってのに。この違いは一体何なのか。

「どうかな。今のボール」

「悪くねえよ。今のクロスファイアなら簡単には打たれないだろうし」

「じゃあ次はスクリュー行くよ?まずは高速スクリューで」

 先日の試合でマスターしたボールである。彼女本来のスクリューよりも球速が速くキレがある。今までのスクリューと交互に投げ分けられれば効果はテキメンだろう。

 ボールを受けてふと思う。今の俺は彼女の球を打てるだろうか。確かに彼女のスクリューは一級品だ。コントロールも抜群に良いしストレートだって並の投手以上の物を持っている。

 対戦してみてえ。俺の中にある闘争心に火がついた。紅白戦とかやらないのだろうか、と思いながら俺は彼女の球を受け続けた。









「優那……これでいいか?」

 結局、彼女の要求に応じることになり、俺は彼女の名前を呼んでみた。すると言われた本人は顔を真っ赤にして「は、恥ずかしい……」と言った。いや、恥ずかしいのは俺の方なんですけど?

「え?これってまさかずっとこうやって呼ばないといけないパターン?」

「ず、ずっとそう呼んでくれた方が嬉しいかな」

 呼び捨てされて嬉しいなんて変わったところもあるものだなあ。優那さん……じゃなかった優那は顔を赤くしたままグローブの中に挟んでいたボールを取り出す。ボールの握りの確認をしているらしい。

「次の試合はいつやるか先輩は何か言ってた?」

「確か手当たり次第試合を組むとは言ってたけどね。早く試合にならないかな」

「前から聞こうと思ってたんだけど何で三振にそこまでこだわれるんだ?」

 俺の問いに優那は目をぱちぱちとさせた。その様子がとても可愛らしいと思えたが今は関係ないのでおいておこう。

「三振取るより打たせた方が楽だろ?三振三振って言ってると守備バックを信じてない感じがしないか?」

「あははは。そうかな。私は三振が取りたい。いつも三振を狙うからこそ欲しい場面で三振を奪える。私はそう教わったんだ」

 どこで野球をやっていたのだろう。気になるところではある。

「三振を取ろうとするとね、ストレートや変化球を磨かないといけないでしょ?当てられたら駄目だからさ。三振を取りにいくことで向上心を持つことが出来るの」

 なるほど。三振を取るために球速やコントロール、変化球のレベルを上げようとすることが彼女の意図なのか。こう言われてしまっては俺がどうこう言う必要はない。本当に小中学校時代の俺にそっくりである。

「健翔君だってそうでしょ?」

「ああ、そういう時期もあったな」

 まるで確認するかのようなその言葉に違和感を覚えた。俺の小中学校時代を知っているかのような口振り。どういうことだ?

「なあ優那。もしかして……」

 気になって聞こうと彼女に訊ねようとしたが、

「ゆ、優那って……」

「……?どうかした?」

「や、やっぱり恥ずかしいっ!!!!」

 自分の道具をひっ掴み、逃げるようにその場から走り去ってしまった。

 自分から呼び捨てするように言っておいて恥ずかしいってのはどういうことなのだろう。さっぱり分からない。

 一人残された俺は自分の荷物をまとめて帰宅準備を始める。まさに帰ろうとしたその時だった。

「成宮健翔!俺と勝負しろ!」

 いきなり誰かに宣戦布告された。誰だよ一体。たった今帰り支度が済んだところなのに。声の持ち主の方を見ると見覚えのあるようなないような奴がそこに立っていた。あれ、どこで見たんだっけ。

「えっと……誰?」

「俺は経済学部一年の羽田隆之介はだりゅうのすけ。俺と勝負だ!」

「……、断る」

 俺は鞄を持って帰宅用意。すると羽田という奴は俺の前に立って行く手を塞ぐ。

「さっさと帰らせてくれないか?いやマジで」

「それなら俺と勝負しろ!くそう、神川さんといちゃいちゃしやがって!羨ましい!」

 嫉妬かこれ。やれやれやっぱりこういう奴がいるんだよな。まさか勝負を申し込んでくるような奴がいるとは思わなかったけど。

 こういう奴は勝負するまで付きまとう可能性がある。さっさと済ませるか。

「じゃあ何で勝負すんの?」

「野球に決まってるだろ。お前が俺を抑えられたらお前の勝ち、俺はお前から打てば勝ち。たったそれだけだ。俺はこう見えて中学の頃四番張ってたんだぜ」

 ふーん。面白い。そんな奴が勝負を申し込んでくるんだ。俺も全力で相手するのが礼儀だろう。

「条件は?ただ勝負するって訳じゃないんだろ?」

「俺が勝ったら神川さんに二度と近付くな!もしお前が勝ったら……、それはないな」

 羽田という奴は余裕の表情でそう言った。

 ぶちっ。はぁ?何偉そうなこと言ってんだこいつ。実力の差を見せてやらないと分からねえみたいだな。腹が立つ。

「三球三振で終わらせてやる」

 俺はマウンドに立ってボールを握る。奴は右打者。面白え!どんなモンか見せてみろ!

 振りかぶって第一球。ど真ん中に渾身のストレート。羽田はバットを出せずにそれを見逃す。奴の表情から余裕が薄らいだように見える。続いて第二球。

「……!?」

 羽田のバットは空を切る。俺の持ち球の縦スライダーでツーストライク。三球で終わらせる。こんなことで時間を食ってるだけで無駄だ。三球目。外の真っ直ぐ。羽田のバットはボールに当たることはなかった。

 俺らしくない。こんな奴相手にムキになるなんて。俺はバッターボックスで呆然とする羽田に言った。

「お前の負けだ。優那のことは諦めな」

 あれ?何でこんな台詞が口から零れたんだろう。無意識に放った一言に俺は思わず首を傾げた。

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