第十一球~宿敵宣言~
結局、最終回に点を取ることが出来なかった俺達は地区大会優勝候補相手に三対二という敗北を喫した。しかし、優勝候補相手にこの点差はまだ納得がいくのではないかと思う。優勝候補のゴールデンルーキーから二点取っただけでも収穫と言えるだろう。
グラウンド整備をしていると後ろから誰かに声をかけられた。振り返ると件のゴールデンルーキー菊川隼人の姿があった。
「お疲れ様ですー。今日は楽しかったよ」
笑いながら菊川はそう言ってグラウンドを整備する。
「まさか片手であそこまで飛ばされるとは思わなかった。滅茶苦茶リスト強いんだな」
「いや、でもストレートが打てなくて三振二つ食らってるし」
「でもフルスイングだったろ?小さく当ててくるだけの打者よりずっと楽しかったけどなぁ」
そう言って菊川は快活に笑った。そしてマウンドを整備している優那さんに視線を移す。
「アンタも凄かったけどあの子もえげつなかったな。ウチからあれだけ三振取れるなんてさ。俺には無理だよ」
優那さんをかなり評価しているようだ。ゴールデンルーキーなんて言われるがただ野球が好きな根っからの野球少年を見ているようだった。
「七月の大会には出るのかい?」
「出ると思うけど?」
菊川は嬉しそうに笑って右手を差し出した。
「じゃあまたその時勝負だな。楽しみにしてるから絶対に負けるなよ?」
俺はその手を握って返事をした。
「次は絶対負けねぇからな」
「全員飲み物回ってるか?それじゃあ、そろそろ始めるぞー」
試合のことばかりですっかり忘れていたけれど今日は一年の歓迎会があるんだった。レッドナインズのインパクトがありすぎて歓迎会のことなんて頭の中になかった。
「それじゃあ乾杯ーーーっ!!」
石川先輩の挨拶で歓迎会はスタートした。場所は近くの焼き肉屋である。
「疲れたなぁ成宮」
笠原が肉を頬張りながら言った。六人掛けの机に俺と笠原、優那さんに天野さんの一年生四人と船木先輩、石川先輩の六人である。
「今日は惜しかったよな。あと少しだったのに」
「神川の投球があったからだな。あのレッドナインズ相手に十六奪三振とか凄すぎだろ」
優那さんは少し、というかあまり納得のいかない様子で言った。
「でも負けちゃった。次は十九個くらい三振取って完璧に抑えてやるんだから」
その隣で眼鏡少女の天野さんが笑顔で言う。
「でも優那ちゃん格好良かったよ。なんて言うのかな、こう圧倒されたって言うの?とにかく凄かった」
「いやいや、凄かったのは珠子ちゃんの方だよ。試合中の喝にはびっくりしたね」
納得である。
その後、練習試合に負けたにもかかわらずまるで祝勝会のような盛り上がりとなった。俺達一年生はアルコールは入っていなかったが先輩方と同じぐらいのハイテンションだったし、全員一人も帰ることなくそのまま二次会へと移行した。
翌日、目を覚ました俺が時計を見ると午後二時を表していた。
マジか?寝すぎだろ。試合の疲労に加え、昨晩の疲れが重なって体の重みが半端じゃない。つーか、俺いつ帰ってきたんだっけ?自宅なのにベッドで寝ずに床で寝てたっていうんだからよっぽど疲れてたんだな。俺は体を起こし、
「―――!?」
何故か俺のベッドで眠っている優那さんを見た。あれ?何で!?何で居るんだ!?つーか何でここで寝てるんだ!?昨晩一体何があった!?
ピンポーン。部屋のインターフォンが鳴った。俺は混乱している脳内を一旦停止させて玄関のドアを開けた。
「あれ?もしかして起こしちゃいましたか?」
隣人の眼鏡少女天野珠子だった。たった今起きたばかりの俺とは違って意識がはっきりしている。
「いや、さっき起きた。どうかした?」
「優那ちゃん起きてます?」
おや?天野さんが知っているということは彼女はどうして優那さんが俺の部屋で眠っているのかという理由を知っているのか?
「昨晩、二次会でテンション上がった優那ちゃんが『健翔君の部屋で寝るー!』って言ってすぐ眠っちゃったんですよね」
なるほどそんなことがあったのか。よく思い出してみればそんなこと言ってたような気がする。疲れていて昨晩は頭が回ってなかったのだ。
そのことを思い出したのか天野さんは可笑しそうに笑った。
「成宮君も歩きながら眠ってて面白かったです」
おいおいマジか?歩きながら寝るってどんだけだよ。ちょうどその時、部屋の方から「うにゅ~」という気の抜けた声が聞こえた。どうやら起床したらしい。
「ふあぁ、おはよ~」
起きたばかりの優那さんは眠そうに朝の挨拶。というかもう昼なんだけどな。
「おはよー」
「おはよう優那ちゃん」
玄関から挨拶する。と、その時突然「うにゃぁぁぁああああああああっ!!!!」という彼女の叫び声が聞こえた。俺は思わず天野さんと顔を見合わせて室内に戻る。奴でも出たか?
「ここどこ!?私は何でここで!?」
覚えてねぇのかよ。
俺は溜め息をついて答える。
「天野さん曰わく昨日のテンションのままここで寝ちまったらしいぞ」
「け、健翔君の部屋?」
きょろきょろと室内を見回す優那さん。何だよゴキブリが出たのかと思ってしまったじゃねぇか。三日間の激闘の末、この部屋から駆逐してやったからこの部屋に奴らが居る筈はない。まさか生き残りがいたのかと思ってしまったがそうではなかったようだ。
「じゃ、じゃあもしかして……私…」
「……?どうかしたか?」
「健翔君のベッドで寝てたの……?」
「ああ、そうだけど?」
俺が答えると何故か優那さんは顔を真っ赤にしてわたわたとした。
「け、健翔君の布団で……うにゃぁぁぁああああああああっ!!!!」
うおっ!?何だどうした!?
突然叫びだした優那さんに俺の頭に?マークが浮かんだ。彼女は今、俺のベッドの上で顔を真っ赤にして何やらぶつぶつと呟いている。かと思えば布団の中に顔を埋めて叫んだりとパニック状態に陥っているようだった。マウンドの上でここまで取り乱したことはないのではないだろうか。昨日の試合でもピンチで動じなかった彼女とは思えない。
ついでにそのせいで俺は床で寝ることになり、今体のあちこちが痛いという文句を言うタイミングを完全に逸してしまった。まぁ、普段は見られない優那さんの貴重な光景を見られただけでもよしとしよう。
そこで俺は完全に空気になりつつある天野さんのことを思い出した。まだ玄関にいるだろう。
「天野さん、立ち話も何だから上がっていきなよ」
「え?いいんですか?」
「ちょっと今の優那さんは俺の手に余るんだよ」
その後、天野さんの助けもあってようやく平穏を取り戻した俺の部屋はさっきまでの騒がしさはなくなっていた。一人残された俺は布団を干して、椅子に座る。昨日の試合で俺は菊川をまともに捉えることが出来なかった。菊川はおそらく全力では投げていない。良くて六、七割だろう。あれが地区ナンバーワン投手かよ。
「早くまた試合してぇな」
誰も居なくなった部屋で俺はそう呟いた。




