第二話 迷宮支配者の影
ブラニエスの酒場を出たアイルはそのままの足で街の外の草原を目指した。
迷宮入り口の周囲の土地は、枯れた荒野の広がるグメリア地方の中でも比較的豊かな草原地帯になっている。これは≪土地の支配≫の魔法によって吸い上げられたマナが本体である迷宮から漏れ出た影響だという見方が強い。言い換えれば、それだけ迷宮に蓄えられたマナの総量が大きいことの証明でもある。
夜に単独で迷宮に向かうアイルを引き止めるような人間や門番は存在しない。
迷宮都市ほど大きな街になれば、石の外壁と門を備えているのが一般的だ。
だが、ある固有の事情により外壁や門は備え付けられていない。
入るものは拒まず、出るものも拒まずという迷宮都市の理念を反映した作りになっているともいえる。
草原に立ったアイルはまず大きく深呼吸をして、高揚状態に陥り不安定になっていた自分の神経を宥めた。
傷ついた身体の各部が痛みを訴えているが、重傷ではないので無視しても構わない。
乱れていた脈拍を一定に保ち、ざわつく感情の波を起伏のない状態に鎮めていく。
そうするうちに徐々に精巧な人形のような、普段の表情に戻っていた。
「ほんと、一体何をやっているんだか」
呼気とともに自嘲の言葉を吐き出す。
落ち着いてみれば、ガラにもなく感情的になりすぎた自分を恥ずかしく思った。
わざわざ隠している正体を曝け出すような真似をしたことが信じられなかった。
命の危険を感じるほど派手にバランスを崩すような事態は一体何時以来のことだったか。
「自己コントロールには自信があったんだけど、こんな恥ずかしい失敗の後じゃ二度と口にできないな」
周りの雰囲気に極力合わせようと酒を飲んでいたのもまずかった。
酔うような体質ではないが、やはり酒気を帯びると判断能力が低下する。
迷宮で死ぬ冒険者は多いが、酒の上でのトラブルも迷宮都市ではよく聞く話だ。
ギルドの治安部が目を光らせているが、刃傷沙汰に発展するケースは後をたたない。
もちろん酒に酔って一般人を傷つけた冒険者は厳しい処罰を受ける。
殺人に至ったような場合は問答無用で死罪だろうし、傷害の場合でも極めて重い賠償が待っている。
『酒に酔うは冒険者のサガ。サガに溺れれば転落のサーガ』
騎士となった高名な冒険者が、酒の飲みすぎが原因で破滅したという話を道化が皮肉ったとされる歌である。
それも今となっては笑い事ではすまされないとアイルは苦笑する。
――だって酒に酔った勢いで正体をばらす迷宮支配者なんて、間抜けにも程があるじゃないか。
「さて、このあたりなら人もいない。いつまでも独り言を続ける気もないし、そろそろ≪認識外し≫なしで話しても大丈夫だろ、オルカ」
「アイル様」
アイルが声をかけると、誰もいないはずの闇から返事が返ってきた。
しかし声が返ってきただけで、アイルの言葉通りに姿を現した者はいない。
全く知らない者がアイルを見たら亡霊にでも話しかけている不気味な人間に見えたことだろう。そんなものはいないと主張する豪胆な人間も、死者が出ることが日常化している迷宮の傍とあっては平静でいられまい。
あるいはよほど観察力に優れた人間ならば、夜の闇に不自然な揺らぎを見つけることができるかもしれない。草原に吹く風の動きの不自然さを感じることもあるだろう。
実際、相応の訓練をつんだ冒険者ならばアイルの傍に佇む存在を感知すること自体は可能である。ただし特別な危険のない草原で、それだけの警戒を向ける酔狂さがあればの話だが。
「別に声だけじゃなくて、ちゃんと姿を現したらいいじゃないか。こんな時間にこの場所に来る人間はほとんどいないって知ってるだろ」
「ですが、アイル様には私の姿はちゃんと見えているのですし、≪認識外し≫を解こうと解くまいと関係ないことだと思いますが」
抑揚のない事務的な返答が返って来る。
≪認識外し≫は姿を透明にするような魔法ではない。
あくまでもそれはそこに存在しているという他人の認識を誤魔化すためのものであり、オルカをよく見知ったアイルには効果がない。
――そんなことはわかってるし、そういう意味で口にしたわけじゃないんだけどな。
ある意味で予想していた通りの返事にアイルは心の中で嘆息する。
それでこそオルカだと言うべきなのか。
はっきりと命令されない限り、自分の存在を極力なかったことにしたい癖は相変わらずのようだ。
「僕の気分の問題だ。≪認識外し≫を解除して姿を現せ」
「承知しました」
今度は強く口にしたアイルの命令に従って、草原に黒い人影が現われた。
黒いというのはそのままの意味で、現われた人間は黒い装束をまとい黒い仮面をつけていた。
その姿は≪認識外し≫の魔法を解除した上で、なお闇に溶け込むように存在感が薄い。
一見すると夜に紛れ汚れ仕事を専門にするスカウトのような格好である。
しかし黒装束を近くからよく観察すれば、それが染色した侍女服であることがわかるだろう。
オルカは迷宮支配者であるアイルの影として付き添う侍女である。すらりとした長身で地面に膝をつき頭を下げる。芯の通ったその姿はとても優雅で、ゆるぎない忠誠を感じさせる。
自然で隙がない、熟練の所作と呼ぶに相応しい一礼の仕方であった。
「それで、できればその仮面も外してほしいんだけど」
「はい、わかりました」
今度は素直に従って、オルカは仮面を外す。
白い蝋細工のような肌が闇に浮かび上がり、サークレット状になっている額で押さえられていた藍色の髪が肩へと落ちた。怜悧で均整のとれた容貌は知的で奥ゆかしい人柄を想像させる。独特の薄く輝く赤い瞳は、主人を直接仰ぎ見ることを畏れるように下へと向けられていた。
仕えている主人の属性がそうさせるのだろうか。オルカは美しい顔立ちをした少女であるにも関わらず、どこか近寄りがたい魔性めいたものを人に感じさせる。
あるいはその外見を見て、御伽噺に語られる伝説の魔物のことを思い浮かべる人もいるかもしれない。
すなわち――吸血鬼と。
「さて。余計な手間をとらせて済まなかったな、オルカ」
命令に従って現われた従者にまず深々とアイルは頭を下げた。
オルカは伏せていた顔を少し上げて、困惑に眉をしかめた。
「アイル様。私のようなものに頭を下げて頂く必要はありません」
「いや、そこはちゃんと締めるべきところだ。命令としてではなく、王の失敗で命を危険に晒すなどあってはならないことだろう?」
「はい。それはおっしゃるとおりなのかもしれませんが……」
「僕が王の役割を口にするとき、オルカはいつもそういう表情をするね」
「…………」
「何回繰り返した問答かわからないけど、僕にこの立場を与えてしまったことを、まだ後悔しているのかい?」
「…………」
オルカは黙して語らない。
けれど内心では王の役割を語るアイルに対しあまりよい感情をもっていないのだろうと見ている。
実のところこのようにしてオルカに命令を下す迷宮支配者としての地位は、アイルが望んで手に入れたものではない。
オルカはそのときのことを自分のワガママで望んでもいない役割を押し付けてしまったと後悔しているのだろう。黒く染めた侍女服を着続けるのは、少しでも後ろめたい感情を忘れないための暗い決意ではないかと思えるほどである。
もっとも、その後悔を忘れろとアイルが言っても無理だろうし無駄だとわかっている。
矛盾するようだが、いつまでも果てることのない悔恨の闇こそがオルカの存在を立たせている支えでもあるのだから。
「それで、どうだったの? さっきは上手く誤魔化せたのかな?」
これ以上の問答を続けるつもりはなく、アイルはさっさと話題を転換した。
口調を若干フランクに変えたのは、特別に王として振舞うときを除いて対等の口調で話しかけるという自分で決めたルールに従ってのことである。ちなみに表情は死体剥ぎの仕事に関わっているときと同じ無表情のままだ。
アイルの口調や態度の切り替えに慣れていない人間にとっては、さぞ違和感の強い風景に映るだろう。きっと、さきほどの死体剥ぎたちのように。
もちろん長年仕えているオルカはそのような表面上の変化には動じない。
ガラス玉のように動かぬ瞳の主人に負けぬほど淡々とした口調で結果だけを報告する。
「若干記憶の連なりが不自然になったのは否めない事実です。なんとかツギハギしましたが、あの場にいた全員に記憶の空白があることまでは消せません」
「やっちゃったよなあ……なんとか誤魔化されてくれればいいんだけど。それにいつものこととはいえ、ボーンさんには世話になっておいてロクに挨拶もせずに去っていくのは不義理だと思うし」
「申し訳ありません。こういうときに私がもう少し丁寧に操作できればいいのですが……」
「ああ、それはいいんだ。そもそもオルカの記憶操作に頼りきりなんて状況はあまり望ましいものじゃないんだから」
オルカの外見は冷静沈着で頼れる侍女のものだが、それに反して意外に大雑把なのである。より正確に言うと、細かいことに気が回り理知的で明晰な頭脳を持つが、細かい作業は苦手にしている。
人の記憶に介入する手段をもっていても、それを満足に使いこなす適正が欠けているのだ。
もっともアイルはそのことについてとやかく言うつもりはない。
他人の思考を支配する魔法は随分昔から研究されているが、“支配”の名を冠した魔法にありがちなことにどれもロクな結果を生んだためしがない。
数々の魔法実験が繰り返した無残な失敗の歴史を思えば、限定的ながら記憶を操作する手段があるというだけでも破格だろう。
王の資質とは配下の欠点を見抜く目にあらず。
一つでも優秀な点をみつけ、それを最大限に引き出すのが王としての資質である。
これは確かフェルディナント四世の語録だったかとアイルは頭を捻る。
「なんかいい加減に覚えてる気がするな。後でユーグに確認しておかないといけない」
「はい?」
「ああ、今後の予定だよ。気にしないでくれ。あと気になるところといえば、支配魔法の維持精度だけど……」
「その点ですが、切れかけた線の後処理に随分無茶をされていたように思いますが。御身体のほうに障りはありませんか?」
「ああ。それは問題ない。多少身体が傷んでるけど、調子を崩したのが一瞬だったのが幸いした」
アイルはかつて迷宮支配者であった魔術師のものに上書きする形で≪土地の支配≫の魔法をかけている。土地の支配という言葉だけを聞くと非常に便利な印象を受けるが、“支配”の名を冠する術がまともな使い勝手であったためしはない。
マナとは万物の原初にして世界の生命を司るエネルギーである。
力強い恵みをもたらすその流れを操作することは人の夢であった。
特に土中のマナの流れを支配することができれば、貧しい土地を肥沃な農地へと変えることも不可能ではない。
≪土地の支配≫の魔法は、もともと農地の活性化のために研究されていた術である。
少なくない研究の労力を払った結果としてこの術そのものは問題なく土地に作用し、マナの流れに作用することができた。ただし術者が行う力の制御とは、思い上がった人間の幻想でしかないことがわかった。土中のマナの流れはとても複雑なもので、どこをどのように操作すれば望む結果を導けるのか理解できなかったからだ。夢のような効率的配分など望むべくもなく、マナを急速に奪い、無差別に土地を干上がらせる被害だけを拡大した。そうしてつけられた二つ名が、“魔術師の思い上がり”“最悪の破戒魔法”などという物騒極まりないものである。
いわば出来損ないの術など破棄しても問題はなかったのだが、膨大な研究を無にするのも躊躇われた。悩んだ末に、魔術師たちは集積したマナを直接消費することで他の大魔法の行使に使うことを思いつく。流れを全体的に制御することが不可能でも、吸い上げた力を一点に集中させることはできる。要は土地を生贄にして、より良い土地を奪うという不毛な戦争の道具として転用を考えたのだ。
しかし、これもいくつかの問題点によって結局は頓挫した。まず最大の欠陥として、≪土地の支配≫の魔法は必要な分だけマナの供給を操れるほど制御が容易な魔法ではないということだ。安易に応用しようと考えた未熟な魔術師は暴走するマナの流れに焼かれ、全身を内部から爆散させるという凄惨な死を迎えた。もちろん土地を枯らしてしまうというその性質上、修練して上達を目指すことも考えられない。
こうやって次第に誰からも見向きされなくなった魔術の使い道を考えて実践したサーヴィニーという人物は、不世出の傑物だったに違いない。
いくら人並み外れた能力を持つといってもアイル一人の手で扱いきれるものではない。
実のところ、アイルの感情が不必要なまでに抑制されている原因の一つがこの大魔法の行使なのだ。コントロールの乱れが死に繋がるのだから、これは当然のことだろう。いくらアイルの制御能力が並み外れていたところで、それでも危険との綱渡りだった。
制御に失敗し、危うく命を失いかけたことも一度二度ではない。
「とにかく、あまり無茶はしないでください。見ているこちらの心臓に悪いです」
「わかってるよ。笑いながら爆死なんて間抜けな死に様を見せるわけにいかない。それこそみんなに見放されちゃうからな」
オルカはそれと悟られないほど静かに奥歯を噛み締める。
アイルは死ぬことよりも、それに付随する価値のほうを問題にする。
死ぬことそれ自体を恐れたことは一度もない。
何度も思い知らされたことではあるが、その在り方は傍にいる人間のほうを大きく傷つける。
失敗のリスクと綱渡りではあるものアイルの自己コントロールは完璧に近い。維持精度は恐らく前任の魔術師でさえ真似できない領域の神業だ。
加えて、地上に出ている間は不自然を感じさせない程度に自分の周囲に流れ込んでくるマナの隠蔽までこなしている。生きている死体のようだと評価されていたのも当然だろう。なにしろ自分の生命活動に支障があるレベルにまで落とし込んでいるのだ。
普通の人間でも自分の思うように呼吸の速度を緩めることはできるだろう。
意識して力を抜き、リラックスした状態を保つことだってそれほど難しいことではない。
だが安定したその状態を延々と保ち続けるとなった場合、一体どのくらいの時間を耐えられるだろうか。
現在、人間に不可能な調整を代行するアイルによって迷宮の秩序が保たれている。
それに甘えていてはいけないと思いながら、他に代替する手段をオルカは見出すことができない。
いつもそうだ。
ふがいない自分、守られているばかりだった自分から何も変わっていない。
「でもマナの循環に支障が出るのは避けられないな。その分のロスは痛いといえば痛い。召喚のやりくりに支障がでないといいけど」
「アイル様が丁寧に調節されたおかげで貯蔵そのものに対する被害はありません。何も問題はないかと」
「僕は蔵じゃなくて、ただの導線に過ぎないからね。でもうっかりすると供給が追いつかないなんてことになるんじゃないか?」
「普段から節制していますから問題はないかと思います。といいますか、貯蔵してある分まで使い尽くすような事態がまずありえません」
「でも万が一ってこともあるじゃないか」
「大陸丸ごと火の海にでも沈めるおつもりですか。いくらなんでも心配性すぎます」
「大陸丸ごとを火の海に……か」
オルカの言葉を反芻したアイルがおかしそうに口の端を微笑に歪めた。
「それもありえない未来とは言い切れないな。あの男と対峙するならそのくらいの覚悟はしておきたいじゃないか」
その無慈悲ともとれる言葉に驚いたのはオルカだ。
驚いたといってもその内容にではない。
アイルがたった一人の個人にそこまで興味の対象を向けたというその事実だ。
「……ワイルズ・ウルバックですか」
実に忌々しいといった調子でオルカが呟いた名前に、嬉しそうにアイルが笑った。
「フフ、あの男がもしも本物だったら愉快な話じゃないか。斜陽にさしかかったこの迷宮都市に世界の破滅を救う勇者が現われるなんて」
「ご冗談をおっしゃらないでください。あの暴力だけがとりえの下らない男が本当にそんな大それた資質を持つとは思えません」
「それだけが彼の全てなのかな? ……いや、そういう考察を置いても、救世の資質を持つことは確かだろう。昔から言っているように世界最悪の僕に挑むものは例外なくそうあるべきなんだ。幸か不幸か、今まではほとんど全戦全敗だったけど、今回は出だしからいい感触を感じているよ」
「……私にはあの男がアイル様の期待に叶う人間のように見えませんでした」
「そういうけど、オルカは何も感じなかったのか? あの男を目の当たりにして」
「はい。何も」
嘘だとアイルは思った。
あの類の人間を目の当たりにしてオルカが何の感想も抱かないなどありえない。
いくらオルカが内心を仮面で覆うことに長けているとはいえ、そこに隠された感情に気づかないほど短い関係でもない。
とはいえ、それをいちいち指摘するのも王として無粋なのかという気もする。
些細なことにもよく気づくのは王として必要な資質の一つだ。
ただし、より重要なのはこだわりを見せる場所をはっきりとさせることである。
これは確実にフェルディナント四世の語録にあったはずだ。
「とにかく、せっかくの希少な機会をむざむざ失うのは残念すぎる。趣味の死体剥ぎの仕事にかまけているわけにもいかなくなったわけだ。まとめると、今からそういう理由で魔宮のほうに戻ろうかと思ってるんだけど、何か問題あるかな?」
「問題は……ありません」
地面に向けられた薄紅色の瞳を微動だにさせないままオルカが答えた。
もちろん、迷宮の主であるアイルが身分を偽って死体剥ぎに扮している理由はちゃんとある。
オルカはそれがただの趣味という一言で片付けられない意味を持つことを知っている。
あれは数少ないアイルが自分のためだと断言する仕事なのだ。
そのほとんどが徒労に終わるとわかっていようが、従者としてそれに協力するのは当然のこと。
だが、今回の件は別だ。
アイルの言わんとしていることは分かるが、あまりにも不確定要素が多すぎる。
彼に仕える影として十分な調査が必要だ。
王の命令には従わなくてはならない。
だが、もしも必要とあれば――
「もしかして物騒なことを考えてない?」
「いいえ。全く」
「……ま、無茶なことをしないなら別にいいんだけど」
仮にオルカに加害の意思があったところでどうでもいいとアイルは思った。
それで終わるような人間ならば、最初から自分の見込み違いで済ませて何の問題もない。
「それじゃ、さっさと迷宮のほうに向かうとするか。ここからなら確か三番経路が一番近かったはず」
「あ、少しお待ちを。私は問題ないと申し上げましたが、今回のことでミーチカ様は大層なお怒りようでしょう。それだけは心に留めておかれたほうがよろしいかと」
淡々と告げられた内容に初めてアイルの眉が歪められた。
「……それは確かにまずいな。機嫌を直すのに土産でも買っていったほうがいいかな。前に地上の服が欲しいって言ってたけど、何かいいものはある?」
「それならグメリア染めの服をいくつか買っておくのがよいかと」
アイルは自分の着ている青い服の生地をつまんで首を傾げた。
「これでいいの? 愛用してる僕が言うのもなんだけど地味だぞこれ」
もちろん女性用であれば多少の装飾を施したものも散見される。
ただグメリア染めの衣服はどちらかといえば男性用のものが多く、そこらの一般市民が愛用している実用重視の衣服に装飾華美なものは少ない。
自分ならともかく、可愛らしい人形のような容姿をしたミーチカに似合うとは思えなかった。
「似合う似合わないというのではなく、単純にお揃いのものをお好みになるのですから仕方ありません。アクセサリーなどもあまり興味を示されませんし。できれば指輪などを所望してほしいところですが」
アイルは黙って頷く。
できるだけミーチカを着飾ってやりたいのは、互いの共通見解であるらしい。
なにせ内心を隠すのが半ば癖になっているオルカが珍しくため息混じりで答えるほどの悩み深き問題である。
共通の目的意識を持つはずなのに、割と頻繁に同じ女性としてミーチカの味方につくことが多い気もするがそれはそれだ。
「ふうん。でも、オルカって指輪が欲しいとか思ったことあるの?」
「いえ、年頃の女性としての一般的欲求の話です」
さらりとかわされて、アイルは黙って肩をすくめた。
ミーチカに対して一般的欲求レベルの話で語られても困る。
これはついでに指輪を買えとでも催促されているのだろうか。
アイルが買っていったものならなんでも喜ぶミーチカに、そういった嗜好を植えつけるのは自分の役目なのかも知れないとも思う。
けど、それが行き過ぎても困る事情があることをアイルは知っている。
オルカが心の奥底で望んでいるのは、アイルがそのように動くことではない。
配下である人間の言動と心の矛盾を今すぐに解決する方法はない。
ならばどうするのが王として望ましい行動か。
数瞬だけ頭を悩ませたアイルだったが、今の優先順位を考えてすぐに結論を出した。
「悪いけど、今回は素直に怒られることにするよ。明日まで待って店が開くのを待つよりも先に帰りたい」
ある意味で言い訳ともとれるアイルの言葉に、オルカは黙ったまま頷いた。
いつも以上に、内心を深く悟らせないような静かさで。