単純明快
「やっほーももちゃーん! ……ってあれ、何で悠太がいるの!?」
あたしが視界に入ったであろうその瞬間に、琴音が声をかけてきた。開口一番のその驚きの言葉と見開かれた目。
さあ、今回の作戦が吉と出るか凶と出るか。賽の目を振って進め。
「お、おう黒崎。奇遇だな」
「ねぇ、何で一緒にいるの!? 浮気!? 不倫!? デート!? ねぇもう別れたほうがいいのかな!?」
「ちょっと琴音、落ち着きな。まだ結婚してないだろう」
始まった琴音のヒステリー。キンキン響く高い声、震える鼓膜、渦巻き管。耳の構成がどうなっているのかは忘れたけれど、耳が痛くて頭も痛いのは分かった。
宥めるあや、騒ぐ琴音、首を竦める悠太。見事な三拍子。
さて、現在この場の状況の説明でもしなければ。
あやに肩を押さえられても尚抗うように騒ぐ琴音。店員さんとお客さんに視線があたし達に突き刺さる。
そろそろ何とかしないと、業務妨害みたいな感じで訴えられたらどうしよう。
そう思い、ふう、と一息吐いて琴音に顔を向ける。
「琴音さんやー」
「何!? 悠太と浮気してたの!? 萌!!」
あ、聞く耳持っちゃいないよ。めげずに頑張れあたしの耳。
ニックネームじゃなくて名前で呼ばれたことには驚いた。これは、相当、怒ってるんじゃないかな。
「んー、浮気はしてないしてない。今日はいつも通りにこの店に来て、そしたらたまたま悠太がこの店にいて、それじゃあ何かの縁だということでこの席に一緒に座って、そしたらたまたま二人からメールが来たから、ここに二人がいるんだよ。
そもそも浮気っていうのはいちゃこらしたりキスとかそういうのしたら浮気だ、とあたしは思うの。
これは別にデートでもなんでもないし、あたしも悠太もお互いに相手がいるんだからそういうことに発展しないのは、琴音にも分かるよね?
これは浮気でも不倫でもデートでもないんだから、二人は別れる必要もないしあたしと琴音が喧嘩する必要もない。それに悠太を攻め立てる理由はどこにもないんだよ」
早口でペラペラペラッと喋り続けた。きっとあたしの人生で一番長い台詞。
頭の中に浮かんだ言葉と悠太の設定にメスを入れ、自分の言葉に改稿する。
あたしの言葉は原稿用紙のように、書き直して言い直して全て無かったことにはできないけれど、一枚の紙と同様重みのない言葉だ。ぺらっぺらの飴を包む紙よりも薄い。
それよりも、普段頭を使わない反動で知恵熱が出そうだ。頭痛いー。
「ふ、ふえぇえぇぇ……??」
予想通り、琴音の頭の上にはクエスチョンマークが高速回転のように飛び回っていた。
かのように見えた、と言うほうが正しいけれど。琴音は、確か頭がいいけれど長い台詞と早口の言葉には弱い。
理論的で、そうでなく。哲学的で、そうでなく。真面目な言葉で、そうでなく。曖昧模糊な言葉に弱く、頭の回路はすぐにショート。熱膨脹で破裂した。
その時、琴音の頭の上のクエスチョンマークがパンッ、と破裂した。……ように見えた。
「つまりあれね! ももちゃんと悠太は浮気してないのね!」
うん! そうそう! 単純な子って最高!