No.03 幻影彼女
「やっぱりあたしの顔、あんまり可愛くないよね」
『いや、可愛いよ。萌は可愛いんだ。だからオレも美少年』
「自惚れんな」
もう一度パンチをお見舞いしようとしたら、左手であっさりと止められた。
『この話、あんまり長く続けるとページ制限がくるんだよね』
「何の話よ」
『いや? こっちの話』
気にしなくていーよ、とマイダーリンがあたしの右手を太股の上に戻し、その空いた左手で頭を撫でてきた。
「撫でないでよ、子供じゃないんだから」
『萌が嫌がってないから、やめない』
「じゃあ嫌がる!」
止めろ! と叫びながら頭を左右に振る。
すると、パッとマイダーリンが手を離す。あっさりしていて、呆気なかった。
少し、名残惜しいのは、何でだろう。
『ねぇ、萌』
「なによ」
『オレは、テレビの向こう側の住人なんだ』
「そう、二次元に早く帰ってちょうだい」
『そういう意味じゃなくて!』
穴! あそこに開いてるだろ! とテレビの画面をマイダーリンが指差す。
たしかに、まだ穴が開いていて、先まで見えない真っ黒に塗り潰された穴がある。
大きさは多分、画面いっぱいの見切れないほどの大きさ。
『あそこの穴、萌の脳と繋がってるんだ』
「どこのSF話よ」
『現実的な話』
「ふーん、テレビの向こう側があたしの脳って、考えにくいわね」
『そうだろうね、オレもまさか繋がるとは思わなかったよ』
不思議だなー、とマイダーリンが顔を俯かせて呟く。
髪が短くて顔は隠れていないからよく見える。
とても、幸せそうな表情をしていた。
「なにが嬉しいの」
『ん? ああ、幸せオーラ出てたかな? うん、萌とこうやって話すこと、夢だったんだよ』
「登場の仕方は、最悪だったけどね」
『ははは、自分でも思うよ』
マイダーリンはテレビに開いているあの穴から、這い出るように登場した。
まるでどこかのホラー映画の如く。非常に、恐ろしかった。
「でも、夢が叶ったの、よかったわね」
『シュレッダーにかけられたオレの声は、元気かな?』
「あたしの脳に戻った時、探してみてよ。散り散りになって海を漂ってるから」
『彼氏とは、上手くやってるのかい?』
「最近会ってないわ。マイダーリンのほうが楽しい、かも」
『そう、それはまた嬉しいね。友達は大事にしてる?』
「仲良くしてるわよ。……っていうか、何? マイダーリン、オカンキャラだったの?」
『どちらかというと、萌の優しい双子の兄キャラかな』
「そう、迷惑ね」
『さっきまでのいい雰囲気は何処へ!?』
「あたしの脳には残ってるよ」
きっとね。
『そう、安心したよ』
そう言ってマイダーリンがやっとあたしの手を離して、何故か立ち上がった。
「どうしたの?」
『んー、お兄さんね萌の顔見たら安心したから、帰る』
「もう?」
『そうだよ。脳をあまりお留守にしたら大脳と小脳に怒られてしまうんだ』
「やけに具体的なやつに怒られるのね」
『脳っていうのはもう思考と理解でできてるからねー』
そう言ってテレビの前に立つ。あたしも何故か、立ち上がる。
「さっさと帰れば?」
違う、そんなこと思ってない。
『はは、萌は相変わらず厳しいね』
ねぇ、ちょっと待ってよ。
「うっさい、さっさと脳に帰れバカ兄」
待って待って待って待って待って待って。
『うん、帰るよ』
そう言って足を上げるマイダーリン。
「待って!!」
あれ、この声あたし?
すると、ふふ、とマイダーリンが笑う。
『ねぇ知ってるかい? 心の声って自分にしか聞こえないんだ』
『つまりね』
『心の声、全部聞こえてたんだよ』
ああ、まだ行かないでよ、そんなこと言わないでよ。
『オレが君で君がオレで』
「あたしがあなたであなたがあたしで」
『つまりだね、君のことは、全部分かってるんだよ』
ああ、そんなこと言ってあたしを泣かせないでよ。
人の温もりを感じないあんたに泣かせられたくないよ。
でも、行かないでずっとここにいてよ。
ずっと話をしていたいんだ、君とあたしで。
『ずっとここにいられない。けれど君の脳で会話ができるんだ。
そんなこと人に言えば馬鹿にされるし、頭がおかしいと思われるかもしれない。
けれどね、その会話の脳に残る残滓はマイダーリンと萌の繋がりの証だよ』
ぎゅっとあたしを抱きしめるマイダーリンの腕に伝うあたしの涙。
ぽろぽろ流れて床に落ちて、蒸発してしまうあたしの涙。
マイダーリンの着た男子の制服に染み込んでいく、汚いあたしの涙。
あたしの涙を全部受け入れた、マイダーリンの言葉の温もり。
人肌のような温もりを一瞬感じる。
次の瞬間には消えて、ここにはもういない?
ううん、あなたはここにいるんだね、マイダーリン。
とんとん、と人差し指で頭をつつく。
『泣かないでくれ、マイハニー』
勝手に口から笑いが零れる。
「ううん、やっぱり干渉しないで、マイダーリン(LOVE)」