味覚羞恥
「おすすめはー、マスタードのかかったー、おにぎりー」
「お前絶対味覚おかしいだろ」
購買は、南校舎一階の入り口辺りにある。
売ってる物は、文房具から食べ物から制服まで多種多様。
制服は、ブレザーとかではなく、ブラウスやセーターなどを売っている。
色々な物がありすぎて、俺達の教室より広い。教室二つ分くらいを購買が占拠している。
食べ物の値段は、格安。コンビニでおにぎりを買って税込百五円なら、購買は税込八十四円。
それほど大差はないように思えるが、貧乏学生にとっては非常に有り難い。
らしい。俺は実際に行ったことはないし、購買の場所も知らない。
さっきのは、全部瀬七の受け売りだ。しかしその情報だけで、なんだかわくわくしてきた。
何があるんだろーねー、と言いながら階段を下りる。
購買、という看板が掲げられている部屋に辿り着いた。
中には十人くらいが食べ物を売っているらしい場所に集まっていて、パンや弁当を手にとっては戻したり、選り好みをしている。
「今日は、少ないようだね」
「少ないのか?」
「うん。いつもなら三年生が大挙してここに来るんだよ。来るのが遅かったからだろうね、ほら今日は商品が少ないよ」
ほれほれ、と俺を前に押し出して進む。
棚の中には明らかに偏った人気の無い商品が並べられている。おそらく、数分前に犬走りで見かけた、三年生男子の大群が買っていったんだろう。
上級生だからとやかくは言わないが、明らかにオーソドックスな物ばっかり買っていって、一般的にはあまり食べられない物ばかりが残っていた。
俺が好きなおにぎりの具は梅干だ。あの酸っぱさがたまらない。なのに、梅干が、無いだと!?
「そんなに落ち込みなさんな、ほら、これなんか美味しそうじゃないか、銀シャリー」
「ただの飯じゃねぇか!!」
銀シャリとか朝聞いたし! 朝も白飯だったし! 昔懐かしきよき言葉ですね!
カッと叫ぶ。近くにいた三年生女子が不審そうな目でこっちを見てきて、思わず瀬七の後ろに身を隠す。
しかし俺より瀬七の方が身長が低く、視線のレーザービームから俺を守る盾にはならなかった。
「……瀬七」
「なんだい?」
「適当に見繕って後で持ってきて」
「分かった」
恥ずかしさのあまり、顔が沸騰して溶けてしまいそうだ。
人に見られるのは、嫌だ、恥ずかしい、耐えられない。
そんな目で見ないでくれ、俺の顔が溶けてしまうようだ。
羞恥に耐えながら、財布の中から千円札を一枚抜き取り、瀬七に渡す。
瀬七なら無難な物を買ってくれるだろう、という確証は無いが一応任せることにした。きっと、変なものは買わないだろう。
徐々に摺り足で後ろに下がっていき、ばっと振り返って、購買から飛び出した。
あーあーあー、恥ずかしい。