顔面優男
「……こんにちは、ございまーす……」
緊張のあまり日本語の文法もぐちゃぐちゃで、妙に裏返った声が喉を通って吐き出される。
扉を開ければクラスメイトのほとんどが視界に入りきらなかった。顔を出さずに眼球だけをぎょろぎょろと動かして、瀬七を探す。
案外すぐ見つかり、俺の席に座って携帯を弄っていた。そそくさと教室の中に入り、足音を立てぬよう俺の席に近づく。
「こ、こんにちはッス」
「ん? やっと来たのかい宮本。待ちくたびれてしまったよ。やあ、こんにちは。どうやら言った通りぐっすり眠れたようだね」
いつもより顔色がいいじゃないか、と瀬七がにこやかな笑顔を浮かべて言う。
スライド型の白い携帯電話を閉じ、アイビーグリーン色、というらしい色のカーディガンの裾ポケットにしまう。そして、立ち上がった。
「今日は良い知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたいかい?」
「なんだそのよく聞く台詞は」
「まあまあ、いいから。選んでよ、早く」
早く早く、と瀬七が急かしてくる。
事情や状況は飲み込めないが、俺がいない間に何かあったのだろうか。
うーん、と悩んでいるとチッ、という舌打ちが聞こえた。
「え……何事。今の瀬七?」
「あったりまえだろ。さっさと決めやがれ優柔不断野郎」
「……いやん、瀬七怖い」
茶化すように軽く語尾に星が付くような喋り方をしてみると、瀬七の眉間に思いっきり皺がよった。
あからさまに不快そうな表情がありありと浮かんでいる。
すいません、と自分なりに誠意を込めて謝るとよきかなー、と許された。
このあたり、女王様の鎮西とは違う。瀬七は優男と呼んでやろうか。
「今考えたことを全部吐き出せば、怒らないけど、どうする?」
「優男だなー、と思ってました。申し訳ありません」
前言撤回。やはり鎮西と同格なほど瀬七の性格は悪かった。
この事は昔からよく分かってたはずなのに、どうして俺の口は減らず、頭の中が見透かされるほどに単純なんだろうか。
それって、やっぱり俺が馬鹿なせいなのだろうか。
でもさ、優男っていいことじゃないのか。いい言葉だろ? どう考えても。
ぴくぴくと頬を引き攣らせながら笑う目の前にいる赤石くん。優しいって言葉が気に食わないのは、初耳だ。
それなら反対の言葉を言ったら喜ぶのか? そんな事はないだろうなあ。
ちなみに、優しい事が極端に罪というなら、反対の言葉は何にあたるのだろうか?
難しい事は、考えてもわからない。
それなら、考えることを放棄しようじゃないか。
脳味噌を、ショートカット。