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でいばいyouth  作者: TOKIAME
04 「休日はガールズトークしましょ」
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心理葛藤

「ただいま」



 誰もいない虚空に向かって言うように、小さく挨拶をする。

 誰もいないのは当然のことだけれど、これで誰かがいたら面白い。

 でもそれじゃあ泥棒とか空き巣とか不審者とか不法侵入者なんだよなあ。

 なんか同じものが混ざってるけどあたし的には別物だから、区別。


 誰もいないからといって小さい頃からのこの習慣を、いきなり止められるわけじゃない。

 両親と住んでいた頃はお母さんが家にいたけれど、返事をしてくれるわけじゃなった。

 でも、言わなきゃ後からぶちぶちと文句を言ってくる。


 親ってのはどうしようもなく面倒くさくて、捨てられたらとても楽になれる。

 けれど親を捨てても、あたしが捨てられても、後に残ってるのは虚無感と、心の中に小さく開いた穴だ。

 その穴は誰にも埋めようがなくて、早く埋めなきゃ、喪失感だけがその穴を埋めることもなく覆ってしまって、一生埋まらなくなる。


 寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい、あたしの心がお父さんにもお母さんにも気づかれることなく、ただただ取り残されていく。


 きっとあの穴を埋めてくれるのは両親だったんだ。


 今更気づいても後の祭りで、その穴は覆われてしまってもう埋まらない。

 あたしは、寂しく寂しく寂しく寂しく寂しく寂しく寂しく寂しく、ないんだよ。

 もう平気だ。もう慣れた。もう後悔していない。もう、両親に会いたいなんて思わない。


 だから一人で、独りで生きるんだよ。



「ぶぁ――か」



 記憶の中、薄れていく両親にぐっばい。両手を大きく振り上げ、別れを告げよう。

 大きく背伸びしてジャンプして、そうしたら両親はあたしに気づくんだろうか。

 いや、気づかなくていいかもしれない。やっぱり気づかないで。あたしのことは見てほしくない。


 喧嘩ばかりしていたお父さんとお母さんへ。


 どうぞどうぞ、お幸せに。



『感傷に浸って両親のことでも思い出したのかい? そうだとしたら、嗚呼! なんて無様なことだろう!』



 気づけば頭の中は両親との思い出でいっぱいだ。

 思い出なんて薄っぺらくて、四百字詰めの原稿用紙に一つ一つ書いていってもきっと、一枚だって埋められないだろう。

 その中に本当に楽しかった思い出なんて、無いに等しい。


 記憶力が悪いわけじゃない。むしろ、記憶する事に関しての能力は、長けているといっても過言じゃない。

 原稿用紙半分程度の思い出と記憶の中の両親、そして脳内マイダーリンの声も全てシュレッダーにかけ記憶の中の広大な海にばら撒く。

 もう戻ってこなくていいものだから。



 玄関で靴を適当に脱ぐ。後ろに蹴るように雑に脱いだから片方の靴が壁にぶつかった。

 音が聞こえるから、どんな風になったかは安易に想像できる。

 音が聞こえるのならこの目はいらないのかと言われたら、そうじゃない。

 そうじゃないけど、想像することを忘れ現実にしか目を向けない人。そんな風にはなりたくない。


 ドアの鍵を閉め、重い足を上げながらゆっくりと階段を上がる。朝の慌しさを忘れてしまったかのように、ゆっくりと。

 二階の廊下をすり足で歩きながらクローゼットに向かい、中からハンガーを取り出す。

 ハンガーにブレザーだけをかけ、元あった位置に押し込むように乱暴に入れた。


 自分の部屋に入り、鞄をベッドの上に放り投げる。

 二教科分の教科書しか入っていないその軽い鞄では、あたしがダイブしたようなあのスプリングの軋みは感じられない。

 悔しくなり、鞄を押しつぶさないようにもう一度ダイブ。


「あ゛――っ」


 濁声を上げながら倒れこむように、どすんとダイブ。

 今度は朝のように、とまではいかないけれどスプリングが軋んだようだった。ギィ、という音が聞こえ、満足。

 満足感に浸りながら、起き上がり壁にかかっている時計を見る。


「11時か……」


 非常に、微妙な時間。おやつの時間、ではないしお昼の時間でもない。悩んでいても仕方ないから、お昼を買いにいこう。

 自分に語りかけ、物が散乱している机の上から黒い縦長の財布を、物の間から引っ張り出す!

 すると案の定財布の上にあった物が支えを失って、床にドサッ、と落ちた。

 溜息一つ、吐いてみる。なんだか今日は溜息が多い。


 床にしゃがみ落ちたレポート用紙やポーチなどを拾い上げ、散乱した物の上にまた積み重ねるように置く。

 あたしの机の上は汚い。自分でも自覚している。けど部屋は汚くないのは、物があると全部机の上に置いてしまうからだ。

 片づけする気なんて当然起きなくて、そのまま異常地帯となっている机を放置。

 着替えないまま玄関でもう一度ローファーを履く。近所のコンビニにおにぎりでも買いに行くつもりだ。

 あんな低価格で美味しいおにぎりが食べられるなら、いくら買っても後悔しない。


 よし、出かけよう。

 鍵を持ち、さっき閉めたドアの鍵をまた開ける。


 これから買うおにぎりの種類はわからない。

 けれど、明日は楽しみで仕方が無い。


「いってきまーす」


 誰もいないのに挨拶をして、家を出る。

 その積み重ねが、きっとあたしだ。

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