講座開講
「友達、じゃないんだよ」
口に出して悠太に告げる。
気まずそうに目線を逸らされ、10秒ほどの沈黙が続いた。
ふと窓に目をやると、たくさんの生徒の中にあやと琴音の姿が確認できた。
「琴音、そこにいるね」
「…………そうだな」
同じ景色を見ていたのか、誰に向けるわけでもなく呟いた言葉に悠太が反応する。
琴音だけを見下ろしているだろうその目は、なんだか切なそうに見えた。
いつもなら、琴音がいきなり悠太に抱きついた時も、迷惑そうにしていてもその表情はにやけていて
その黒い瞳は少し嬉しそうにキラキラとしているのに。いつもと違う悠太の目に少し戸惑った。
「さっきのは、北上の妹だ」
琴音たちが窓を介して見える景色の中から見えなくなった頃、悠太が唐突に口を開いた。
こっちに向き直ったその顔は、いつもと同じ無愛想だけれどどこか親しみやすそうな顔も、目つきの悪いその黒い瞳も。
いつもと同じ、変わらない。口調も声の明るさも同じで、いつもの悠太に戻っているようだった。
「さっきの黒髪が?」
「黒髪って……。まあ確かにそうだけどな。
顔立ちはあまり似てないし、髪の色は正反対だから違うと思ったんだがな。北上の事は兄さんとか言って、苗字も北上らしい」
「へぇ」
予想外の新情報に意表を突かれた。
ついでに先ほど見た黒髪の女子の姿を思い浮かべる。……うん、俯いてたし少しは見えたけど顔なんて覚えてるわけないわ。
淡々と語る悠太の言葉に合わせるように、一定のリズムで相槌を打つ。
ここで、北上こと北上醍輝の話をしよう。
北上醍輝。三年一組。十七歳。男。銀髪。茶色の瞳。身長体重座高視力、全て不明。
恋愛遍歴は非常に多彩。友人情報によると、ここ三年間で約10数人の女子と交際と破局を繰り返しているとか。
しかし現在は女の匂いがしないため、交際している女子はいないとみられる。だって。
そんな遍歴に見合うようなとてもカッコいい容貌。銀髪と茶色の瞳の組み合わせは、一部の女子の受けもいいようである。
更に文武両道なためそれに惹かれた女子も多い。
北上は告白されれば断らない性分のようで、誰かが好きだ、というような彼自身の話は聞いたことが無い。
繰り返される破局の半分以上は北上から別れを告げているらしい。理由は不明。
しかし破局後の女子は付き合っていた当時と変わらず、彼を好きなようである。
それだけ。あたしが知っているのはここまで。彼もまた、悠太と同じで、友達ではない。
強いて言うならば悠太と、あたしの彼氏の共通の親しい友人だ、ということだけ。
彼とだけはあまり話したことが無いし、話していて楽しくなるような会話は無かったような気がする。
あと一つ知っているのは、あやの幼馴染だということだけ。
以上、あたしの脳内北上醍輝講座終了。
「さっき北上がいるかどうか聞いてきたんだ。一組にいると思うが、見に行ってみるか?」
あたしの右後ろにある一組の扉を指差しながら悠太が言う。顔だけ扉に振り向かせ、悩む。
今、北上兄妹に会ったところであたしは二人に話すことなんて一切ない。
それどころか話すのが苦手な兄と少し話したことがあるからといって、そんなに話が続くものじゃないし、兄があれなら妹も苦手だろうと勝手に推測。
でも、もし妹の方は明るい人なら話すに値して惜しいことしたなー、って後悔するかもしれない。
それは、嘘なんだけれど。
「んーん、やっぱりいいや」
「そう、かい」
顔の向きを戻して首を横に振る。悠太が扉を指していた指を曲げ、力なくだらりと右手を下げてポケットに入れる。
その何気ない一連の動作さえ、なぜかもどかしい。心の中が少しむずむずするような、そんな感じ。
人はこの奇妙な感覚を恋だと言うけれど、そうではないと信じたい。
だって、悠太は琴音の彼氏で、あたしにも彼氏はいるんだから。
「んじゃ、そろそろ帰れよ。俺は用事あるからまだ帰んないけど」
「そう、じゃあまた日曜日に。すっぽかさないでよね」
「すっぽかさねえよ。それなりに金持って行ってやる」
「じゃあ全額払ってよ」
「それは嫌だ」
少しだけ笑いあって、手を振って別れた。
あたしはそのまま前に進み、悠太はあたしが来た方向に向かって歩いていく。
体が触れないような微妙な距離感で、交差する。