嘘吐き女
「勘弁してくれ……それだけは……」
悠太が背中を丸くし、苦悶の表情を浮かべた。
その体勢と負のオーラが悠太を覆っていることもあり、いつもより小さく見える。
あの、問題児、浅木悠太が、弱っている!!
それだけでなんだかとても楽しくなってきた。
サドっ気があるとかそんなんじゃないとは思うけど、普段粗暴な人間がこんなに弱っているのを見るのは楽しいもんですよ。
「じゃあ、琴音には教えないから」
「助かる、一条……ん? から?」
あたしが琴音には浮気現場(嘘)の目撃を教えない、という旨を悠太に伝える。
しかし、それだけですまないのがあたしであるのだ。あたしが口にした言葉に対して、悠太は眉を顰め不思議そうな顔をする。
「チョコパ一杯」
「よし、分かった」
琴音には教えない交換条件として、チョコレートパフェを奢れ、というのを出す。
「あら、意外とあっさりしてる」
「黒崎のヒステリーが俺に来ないなら安いもんだろ」
「でも駅前のカフェのよ」
「はあ? っざけんなよ! あれ一杯七百円もするんだぞ!?」
「いーじゃないそんくらい! ケチケチすんな!」
悠太と交換条件について互いに叫び合いながら討論する。
あたしは条件を呑め! と言い、悠太はフルーツのパフェにしろ! と言う。
たしかに、フルーツパフェは五百円でお手頃だし、美味しいですよ。ええ、ええ。だけどね、あたしはチョコが一番好きなのよ!!
「あ゛ーーっっ!! もう、分かったわよ!それならチョコパ二人で食べて割り勘すればいいんでしょ!
これで条件呑め! やっぱり三分の二は悠太が払え!」
「んな゛っ!? んなことしたらあいつ、萌さんとられたーとか言って泣くじゃねぇかよ」
「そんときは雅斗いないんだから言わなきゃ分かんないでしょ!」
「チッ……分かったよ。その代わり、3分の1、お前ちゃんと払えよ」
「それくらいするわよ、失礼ね!」
ハンッ! と踏ん反り返ったようにあたしは笑う。えー、5分ほどの討論を終え、無事に交渉が成立しました。
オメデトウ、あたし。こっちが条件出したのに代金払うのは嫌だけれど、普段より安くチョコパが食べられるのならその条件呑んでやろう。
いや、割り勘しようってのはあたしが言ったんだけれどね。
因みに、あいつ、とか雅斗、というのはあたしの彼氏の事であり、うんまあ、付き合っているわけである。彼氏だから当然だけれど。
その雅斗について一言で表そう。“男の娘”。
「それで、いつ行くんだ」
ハーッと重い溜息を一つ吐き、悠太が茶色に染めた頭をわしわしと掻きながら言う。
悠太は髪が短いから、掻くっていうか掴んでいるようにしか見えない。硬そうですね、その髪。
「日曜でいいでしょー。あんまり遅かったら間違って琴音に言うかもしれないしね?」
「いいかお前、言うなよ、絶対に言うなよ。もしパフェ奢ってから言えば、お前もう絶交だからな」
「切るほどの縁が無いと思いますけど」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして悠太が驚く。
まあ、そんな表現を使われるような顔をあたしも初めて見たわけで、面白い。
あー、あー、と悠太が言いにくそうに口を開く。
「そうだったな……。お前は黒崎の友達で、俺の友達ってわけじゃなかったな」
そうそう、あたしはあなたのオトモダチではないんです。
あたしにとってのあなたは、ただの知り合いで、親友の彼氏ってだけなんです。