満腹睡魔
「「いただきます」」
向かい合わせの席に座り、行儀よく合掌する。
箸を手に取りご飯を食べてみると、少し怪しいがちゃんと炊けているようだった。
しばらく黙々と食べていると、普段食事中は喋らない姉が話しかけてきた。
「そーいえばさー」
「なんだよ」
顔を上げ、姉の方を見る。
「私はさーなんで料理ができないんだろーねー」
長年の問題となっていた姉の問題を本人が問いかけてきた。
いや、そんなこと言われても本人の問題だからなんとも言い難い、というのが俺の答え。
姉が料理できないのは学習能力と記憶能力が非常に欠しいからであって、姉自身が自分で何とかしなければいけない問題だ。
人間の記憶は繰り返し覚えていけば、しばらくは定着するそうだが姉は一週間とも持たない。
これでも姉は成績が良かったらしく、じゃあその記憶力で頑張れーというところ。
じゃあさ、これはさ、もうさ……
「知らん。諦めろ」
「何もそんな絶望的な答えかたしなくても……」
「事実だろー」
「それはーまあねー」
鮭を解しながら気だるげな声で姉が答える。
野菜も食べろ、と箸で野菜をビッとさす。
んー……と姉は、渋々鮭から離れて野菜を口にする。
パパッと食べ終えた俺は流しに食器を持って行き、調理器具ごと丁寧に洗う。
ここだけ丁寧なのは、洗っておかないと母さんに怒られるからだ。
教師とか友達に怒られるのはいいんだけどさ、母さんとか親父に怒られるのはさ、居心地が悪いんだよな……。
あ、俺怒るような友達いねぇわ。
別に友達いねぇとかで気分がブルーになることもなく、全部洗い終わってからシンクの周りに飛んでいる水を拭く。
姉の方に振り返る。
「取り敢えず、さ。自分の食器くらい洗えるようになったら料理できるんじゃねぇの? ていうか洗い物できたっけ」
「しっつれいなー。洗い物くらいできますー」
ブイ、と左手をピースして俺に向けて言う。
うん、それなら安心だと廊下に出て、ブレザーと鞄を持って二階の自分の部屋に入る。
それらを適当に床に置いて、ベッドに倒れこんだ。
あー、風呂入らなきゃなーと思いながら人間眠気には勝てない。
ていうか、何、急に異様な眠気が波のように襲ってくるんだが。
三大欲求に逆らわず生きる姉のようになりたくはないが、こればかりはなー……。
顎が外れそうになるほどの大欠伸が出て、目の端に涙が滲む。世界が少しだけ歪んだような気がした。
……全部全部面倒くさい。俺は異世界には行けないので、世界は歪まないのだ。
そのまま自然と眠りについた。