好きは弟
「終わったよー」
俺が少し物思いに耽っていると、いつの間にか姉が髪を集め終わっていた。
床屋じゃないから髪の毛を捨てる用のゴミ箱が壁にあるわけもなく、ゴミ袋を持ってきてその中にどさどさと入れていく。ヘイ大量だぜ。
「そういえばさ」
「んー?」
摘みにくい一本一本の髪を、長い爪で器用に摘んでいる姉に問いかける。
「何で髪切ったんだ? そしてなぜ倒れてたんだ」
「倒れてたのはー何時ものアレとしてー」
「空腹でぶっ倒れるのが日常になっちゃいかん」
「だまれー小僧」
頭に拳骨を一発おみまいされる。
ゴッ、という音がして甲のあの骨の部分が当たったのが分かった。非常に痛い。
「いってんだよ」
「だまらっしゃい。それで髪を切ったのはー邪魔だったからに過ぎないよー。
気分的にここで切ってたけど何時ものアレでぶっ倒れちゃったのです。切りすぎたのはー最初にザクッといったらここで切っちゃってー」
あははー、と能天気そうな笑い声を上げて姉が自分の髪を指す。
姉の髪は俺よりも短くて、ベリーショート、とかいうやつだった。
見ようによっては男子でもいけるかもしれない。ほら、今流行のドラマとか。
俺は見てないが、姉がたまに録画して見ているのを発見したことがある。
発見、とか言うと姉が未確認の動物みたいだが、もう珍獣扱いしているので多分、動物で間違いないと思う。
そんなに暴れはしないけれど。UMA、ではないことを願おう。
「そーいえばタツキも髪切ってんのねー」
そこで気づいたのか今度は俺の髪の毛を指差し、お揃いだねー、と姉が楽しそうに言った。
姉は歳のわりに精神年齢が低い。今は二十一歳だがそれから七、八歳ひいた年齢くらいの精神年齢。
興味が無い物は見向きもせず、少しでも興味があればそれにのめり込んで、1、2ヶ月してしまえばすぐに飽きてしまう。
何年か前、姉がハンバーグを好きになった。
すると次からは殆どハンバーグしか食べなくなり、作っている両親や俺も姉と同じ物を食べることになるから、栄養が偏り過ぎたりして体調を崩したりすることもある。
ビ、ビタミン! ビタミンが足りない! と親父が寝言で苦しそうにぶつぶつ呟いているのを、何ヶ月か前に聞いたことがある。
哀れ、親父。
じゃあ3人だけ別の物食べればいいと思うが、家族の食事は皆が同じ物を食べるものだ、と母さんが考えているため、別の物を食べる事を頑なに禁止している。
姉のこの性格の原因は多分5年間の引きこもりのせい。だから、猿みたいな興味の持ち方になったんだと思う。