姉の物臭
「片付けてください」
姉の拍手に対抗するように、俺も一回パンッ! と手を叩き空気を変えた。
姉はぶつぶつ言いながらしゃがみ、自分の長かった髪の毛を手で摘んでは自分の脇に積み上げている。
髪の毛の量自体は少ないのに一本一本は鬱陶しいほどに長いから、すぐに小山ができる。
しかし姉の行動はのろのろしたもので、遅い。大半は途中から手伝った俺の成果だ。
先ほども言った通り、俺の姉は引きこもりだ。ニート、とも言える。
なぜ姉が引きこもりなのか、ということを俺は知らない。
けれど俺が記憶している限りでは、俺が小学六年生、姉が高校二年生の頃から引きこもりだ。
つまり俺たちの年の差5年前から殆ど引きこもっている、というわけ。
姉がそれだという事に気付いたのは中学生になった頃で、その時には、姉は既に高校を中退していて、家篭りの準備が万全だった。
それからは殆ど家から出ず、外に出ることが週に一回位なのが普通になった。
何年か前、姉に家で普段何をしているのか、と聞くと超健康的な答えが返ってきた。
まず、6時起床。この時点で健康。
俺が起きるのは大体平日でも7時でそれからパッと準備をして登校している。
しかし姉は違う。
起きた後は、部屋に備え付けの地デジ対応済みのテレビでニュースを見て6時半になったら番組を変え、朝の体操を2番までしっかりやっているらしい。
朝の体操とか懐かしすぎてどんなのかは忘れたから、今度一緒にやってみよう。
朝の体操が終わると次は柔軟体操をすると言っていた。
それから一階に下りて、朝食を自分で用意して食べている。
用意、といっても姉は壊滅的に料理ができないから、少し焦げている焼いた食パンを食べ、牛乳をコップ一杯だけ飲むだけなのだが。
しかし、健康的なのはここまでだ。
この後姉は昼食もとらず、俺が帰ってくるまでずっとテレビを見ているか、ゲームをしている。
姉は細身でとても痩せているが、高校生男子以上によく食べる。大人、だからね。
朝は食欲が無いからあんな簡素な朝食なんだ、と言うが単に料理ができないだけだろうが。ふざけんじゃないよ。
昼食もとらず、お菓子もアイスも食べない姉は、空腹で家の中でぶっ倒れていることが多い。
帰ってきたら殺人現場跡、みたいなことがあるから何とか姉に料理を教えようとしたことはある。
しかし無駄だった。
何か一つ教える度にその前のことを綺麗さっぱり忘れる、という大変素晴らしい記憶能力を持っていたからだ。
その姉のおかげ、というわけではないが俺はそこそこ料理とか家事が得意な高校生男子と化していた。なんとも嘆かわしい事態だ。
そんなこんなで5年の年月が過ぎ、今に到る。
因みに夜はヨガして、俺が太極拳の構えを一緒にとってから夜中の2時頃に寝ているらしい。
らしい、というのは、俺が最後まで一緒に太極拳なんざやっているわけではないからだ。
しかし、こんな時間に寝て6時に起きられるのだから羨ましい。
さて、皆さん。
どうして、先ほどのえびぞり腹這いジャンプを、ニートで引きこもりの姉ができるのか。
お分かりいただけただろうか。
日頃の体操とか簡単な筋力トレーニングをしている姉はなぜか、超人的な身体能力を手に入れていたからだ。
俺は姉の身体能力に関しては興味が無いが、姉がどれくらい体が柔らかいのかは見てみたい。
もしも人類を凌駕しているとしたら、恐ろしい。