几帳は面
「何やってんだ……」
倒れていたのは、五歳年上の姉だった。
俺とは違う、金色ではなくて綺麗な紫色の髪をしているが、今はうつ伏せになり、髪を振り乱したように廊下に広がっている。
姉の髪は長く、ひどく邪魔だ。
一先ず靴を脱ぎ、髪を踏まないように手で摘み上げる。
しかし、ここで予想外の展開。その髪の毛は姉のばっさりと切られた髪の毛だった。故に、髪をぐっと持ち上げても姉が痛がることもない。
今日は厄日とかじゃなくて、断髪デーなんじゃないかと一瞬思った。
「おい……おい!」
肩を揺すって姉を起こそうと試みる。
軽く揺すっても起きず、姉の体が揺れるほど揺するとようやく起きた。
百年の眠りから覚めたように顔をのっそりと上げ、右手で目を擦る。
「……おーおーは」
「何やってんだよ」
「えーびーぞーりー」
は? と言うと言葉通り姉がえびぞりをした。
お前それは無理があるだろー、みたいに変なえびぞりではなく手を使わずに足と頭が付いている、綺麗なえびぞりだった。
綺麗なえびぞり、というのは俺もよく分からんが取り敢えず、綺麗なうつ伏せブリッジ、みたいなイメージでいいと思う。
それから姉はなぜか腹でジャンプし、高く飛び跳ねる。
ジャンプするとえびぞりの体勢を崩し、綺麗に両足で着地する。
飛び跳ねると同時に髪の毛も一緒に上に飛んでしまい、ワンテンポ遅れて髪の毛も地面に落下。
「お見事」
「でしょー」
「ところで」
「はい」
「これは」
「なんでしょーかっ」
「髪の毛だ」
「せーかいっ」
まったく感情がこもっていない拍手をぺちぺちと送られる。
1ミリも嬉しくなんかなかった。
出来の悪い姉を持つと弟は苦労する、とはよく言ったものでその言葉の意味を俺は今、よく理解した。
今までだってこういう面倒なこともあったが、その度に親父か母さんが説教していたから、何とかなっていたようなものだ。
だが来週まで、二人とも仕事の都合で帰ってこない。
その間俺はこの引きこもりの姉を世話しなければいけないのだ。
しっかりしろ、俺。