喧嘩上戸
「うふふー、かーわーいーいー。ぬ、あやや来たよーももちゃん」
そう言って、後ろの扉から教室に入ってきた友達の高坂あやに向かって、琴音が右手を大きく上に上げてぶんぶんと振る。
あやも苦笑いしながら片手を小さく上げた。
あやや、というのはあやのあだ名だ。……何処かで聞いたことある、とかいうのなしの方向でよろしく。
遅いー、と琴音が言いながら今度はあやに抱きつきに行った。
抱きつき魔だなー、と思った。あたしも琴音に会ったら1回は抱きつかれる。
そんな抱きつき魔・琴音の頭を撫でながらあやがこっちに近づいてきた。
「おはよう一条。今日は早いんだな」
「ま-ね。珍しいでしょ」
そうだな、とあやが言ってあたしと同じ様に琴音を引っぺがして席に座らせる。
あやは少々男勝りな性格で、だなとか~だろ、みたいな男らしい口調で喋る。
肩甲骨辺りまで伸びた黒い髪をポニーテールにしている、正に日本人ー、みたいな見た目。だけど口調は男らしいから、少しだけミスマッチ。
身長も170cmと、女子にしては長身でカッコいい。身長分けてください。
「琴音と一緒に来たんじゃなかったの? いつも一緒に登校してるらしいけど」
「いや、一緒に登校はしたんだが生徒会室に用事があって、少し寄ってきたんだ」
「琴音は待とうと思ったのに先に行け、って言われちゃったのー」
琴音がぶーっと拗ねてあやがすまん、と宥めるいつもの光景。そこであたしは干渉せずに二人をにこやかに眺める。
これがあたしたちの会話の光景。いつも三人で行動しているからあたしたちを見かけたら、大体この光景が見られると思いますです。
生徒会室に用事、というのはあやは凄い事に生徒会の副会長だから、多分生徒会室に忘れ物とか、生徒会長に用事とかあったんだと思う。
突然お腹がくぅ、となった。
途端に顔が熱くなり、まだ目の前に置いてある鏡を見てみるとほんのりと頬が赤くなっていた。これは恥ずかしさの赤。
二人に気づかれていないかと様子を見てみると、まだキャッキャッと話していて少しだけ安心する。
脇腹を強く押すとお腹が鳴らない、と聞いたことがあるから隠れるようにこそこそと、ぎゅーっと親指で脇腹を押してみる。
それでもお腹が膨れるわけもなくて、恥ずかしながら何か持っていないか二人に尋ねてみることにした。
腹が減っては戦ができぬ、とはこの事ですか。違うだろうけど。
「だからね! あややはいっつも琴音に冷たいのー!」
「そんなことないぞ。いつも甘やかしてあげてるじゃないか」
「琴音、甘やかされてないもん子供じゃないもん! ていうか、甘やかして“あげてる”って、何それー!?」
いや、話しかけようと思ったんですけどね、更にヒートアップしてるんです。
琴音がキーって言って、あやに噛み付く。食ってかかる、という意味で。この二人、幼馴染らしいけど本当に仲が良いのか怪しくなってきた。
傍から、というかあたしから見たらお母さんと子供が喧嘩してるみたいに見えて、少し面白い。
「はい、ストーップ」
そんな二人を仲裁するのもあたしの役目。琴音の小さな後ろ頭を軽くチョップする。
「琴音、言いすぎだよ」
「ももちゃんはあややの味方なのー……」
「そうじゃない。皆で仲良くしようって、そういうだけだよ。はい、仲直り」
「むー……ごめんねーあややー」
「こっちこそ、すまないな」
琴音がしょぼんとした雰囲気のまま頭を下げて、あやがその頭をまた撫でる。
うへへー、と琴音がまた変な笑い声を上げた。けど、その顔は幸せそう。やっぱりあやの言う通り、琴音は甘やかされていた。