心は誓約
「ねねね、何で今日ももちゃん早いの? なんでなんでなんで?」
「ちょっと落ちつこっかー、琴音」
へい待ちなガールー、とふざけ合いながらあたしの席に辿り着いた。
そして、琴音を引っぺがして自分の席に座る。琴音も自身の席に着く。琴音は後ろの席だからあたしが後ろに振り向いて話し出す。
「何でももちゃん今日早いのー?」
「早起きしたから以外に他ならぬのよー、琴音。それより、今日の補習って7時からじゃなかったの?」
「えー違うよー早すぎるじゃん。今日は7時45分からだよ」
なるほど、カレンダーに書いた予定を間違っていたらしい。
いつもは普段の学校と同じ8時55分からだけど今日は、教師の集まりがうんたらかんたらで時間が変わる、と担任が先週言っていたことを思い出す。
早いって、7時45分は。
それより何であたしは書き間違えたんだー。心の中で絶賛後悔中。
朝の慌てっぷりが記憶のDVDに録画されていて頭の中で再生されている。正しく書いとけば30分後に出ても問題なかったのに。
「今日早いのはねー、早起きもあるけど時間を覚え間違えてたの」
「そ-なんだー、ももちゃんあわてんぼうさんだねぇ。
琴音もね、今日は早起きしちゃって予定より早い電車で来たの。いつもと違う時間だから困っちゃうよねー」
「そーねー」
語尾をゆるゆる延ばしてのんびり会話する。
いつももう少し早く来たら、こんな風に会話できるかなー、とか思い普段の起床時間を改善しようと思案中。どうせ改善されないだろうけど。
琴音は電車通で、隣の市からこの学校に通っている。だから、琴音とはこの学校に通い始めてから友達になった。
今ではすっかり仲良しになっていて、親友の内の一人になっている。
「愛してるよー、琴音ー」
「えー、ほんとにー? ありがとー」
こんな風に冗談を言っても可愛く返してくれるから、可愛いかぎり。多分琴音は、今が可愛い盛りだと思う。
ニコニコといつも笑っていて、大きくてつぶらな瞳をいつもパチパチと瞬かせている。
琴音の亜麻色で長い髪は、本当に綺麗。下ろしているため風が吹くとサラサラと揺れる長い髪は、透き通って見えて、本当に綺麗。
こんなにも綺麗で、しかも染めていないなんて。黒髪からプリン色層に染めたあたしとは大違いだ。
腰まで届くその長い髪は、染めたせいで所々痛んでいるあたしの髪とは大違いで、少しも痛んでいない。
そのおかげで、普通の茶髪の子よりも3割り増しで綺麗に見えるという、なんてお得な補正。
黒髪が嫌だから染めただけなのに、なんというあたしの髪の汚さ。
「あれ、今日のももちゃんすっぴんぴんだね。マスカラもしてないよー」
「ああ……急いで来ちゃったから、ご飯も食べてないしメイクもしてないねー」
「ふふーでも可愛いー。すっぴんももちゃん久し振りだけどメイクなんかしなくたって、十分美人だよね。うらやまーしー」
そう言って琴音があたしの顔をじっと見つめる。
琴音や皆はあたしの顔を超可愛いー、だとか美人ーとか言うけど、あたしはこの顔が超可愛いとは思わない。
そりゃまあ、人並み以上にはモテたり告白されるけど、性格で言えば琴音の方が良くて
顔なら二年生で一番美人とか言われている赤い髪の子の方が、絶対良いと思っている。少なくともあたしよりは。
まあそんな顔だから告白されるのにも飽きて、去年彼氏を作ったからそんなに玉砕確定の告白をされることも少なくなった。
はっきり言ってとても迷惑で、不快度指数は120%越えだった。
顔が良いからって言い寄ってくるような人に、あたしは興味がない。今の彼がどうなのか、と言われると恥ずかしいから以下略。
「ももちゃんはねー、三年生、ううんこの学校でいっっちばん可愛いの!
でもメイクしたらもっと可愛いの! というわけで、この琴音がももちゃんに琴音流メイクをお顔にほどこしてあげましょー」
「いや、あなた今メイク道具持ってないじゃない。どうやってやるのよ」
「それはー……魔術ー。 それー!」
それー、と琴音が言うと同時に掌をあたしの顔の前に開いて横にさっと振る。その時、なんだか暖かい風が吹いた。
手を下ろした琴音が鞄を開きピンクの置き鏡を取り出して、あたしの前の机に置く。
「いかがでしょーか」
「おー、新鮮だね。ありがとう」
「どういたしましてー」
そこにはナチュラルだけれど、しっかりとメイクされたあたしの顔があった。
そのメイクは、あたしがしたことないものだから仕方はよく分からないけれど、なんだか気に入った。
後でこのメイクの仕方を教えてもらおう。と心に誓う。