盲目抱擁
こんな事を言うと親が死んで一人暮らしをしてる学生っぽいけれど、実際、そうではなかったりする。嘘吐いてごめんね?
親、現在進行形で生きてます。超若い。バリバリ。
あたし、一条萌はあの家族にとって所謂、いらない存在だった。
育児放棄とか虐待とか、そういう物は無かったけれど子供の勘ってのは鋭いらしくなんとなく気づいた。
あぁ、この子産まなきゃよかった、っていう両親のあたしを煙たがるような視線に。
気づけば両親はこの小さな二階建ての一軒家を建てて、あたしに生活させている。
やだねえお金持ちは。何でもかんでもマネーで解決させようとするんだから。
初めこそ悲しかったけれど、この生活も5年目。もう慣れてしまった。
料理は未だに下手だけどこのご時世には、コンビニエンスストアという名の文明発達の証し的な物がそこらにあるから特に困っていない。
生活資金も定期的に送られてくるから、結構自由な生活っぷり。自由だー、イエー! みたいな感じで取り敢えず叫んどこう。
「イエー」
そう言って鍵を閉める。ご飯を食べてないからお腹が空いて死にそうだけど、わき目も振らずに道路を駆け出す。
ご近所さんとかまだ誰も出てきていないけれど、車は相変わらず走っているから邪魔にならないよう端の歩道を全速力で駆ける。
運動はできるけれど1kmを全速力で走るのは大変で、途中で息切れした。それからは歩いて学校に向かう。
学校の正門に到着した時、7時のチャイムが鳴り響き慌てて再び駆け出した。
校内にあまり人がいないのを不審に思いながら三階まで駆け上がる。痛む脇腹を押さえながら教室の戸をガラッと、思いっきり開けた。
勢い余って戸が横に思いっきりぶつかって、バアン! と音が鳴る。その瞬間、教室にいるクラスメイトが全員こっちを向いた。
「あれ?」
教室の中には、まだ二、三人くらいの女子しかいなかった。
教室前方の壁に掛かっている時計を見ると、現在時刻AM7:06。とっくに補習が始まっているはずの時間。
けれど、教室にいるのは二、三人。
彼女たちに視線を向けると、皆不審な目をしてこっちを見ていた。全員、真面目な子ばかりであたしと親しい子は一人もいない。
普段不真面目とか、そう評されているあたしが息切れして急いで入って来たから変な目で見られているんだろうけど、とても居心地が悪い。
見んじゃねーよー、という意味を持たせた視線で彼女たちを見ればさっと視線を逸らされる。なんだこの子ら。
「ももちゃーん!!」 がばっ
「どあっぷ」
後ろから何者かに思いっきり抱きつかれ、思わずつんのめる。
「ちょっと、琴音……痛い……」
「あ、ごめーん」
抱きついてきた人物、友達の黒崎琴音がパッと離れた。
えへへー、と笑いながらあたしの前に回りこみ、また抱きついてくる。
琴音は身長が低く、それに対してあたしはそこそこ高いので彼女の腕があたしの胸の下に回りつく感じになる。
キラキラ目を輝かしてあたしを見上げてきた。琴音の眩しさに、少し目を細める。
「おはよー、ももちゃん」
「うん、おはよ琴音。今日はえらく機嫌がいいねー」
「あ、わかるー? 朝からももちゃん見つけたから嬉しくってー」
ももちゃん、というのはあたしのあだ名だ。
どうやら琴音はあだ名をつけるのが好きらしく、何にでもあだ名を付ける。
物にも名前を付けていて、この前は愛用の携帯電話をべてぃちゃん、と呼んでいた。
少し子供っぽい所がある、あたしの大事な友達。
うへへ、と琴音が変な笑い声を上げた。そんな琴音をさながら相撲のように押しつつ自分の席に向かう。