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綺羅の物語 玻璃の物語  作者: 橘 伊津姫
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空の上から

やあ、みんな。

こんにちは、初めまして。

ぼくの名前は「ジャック・ザ・ベア」。ジャックって呼んでね。

ぼくは今、高度1万メートルの空の上にいるんだ。

こんなに高いところから、失礼!

次の空港に到着するまで、まだまだ時間がかかりそう。

ねえ、少しぼくの話につきあってよ。


ぼくの大事なご主人様は、未来ちゃんって言うんだ。

「みく」だよ。未来って書いて、みくって読むんだ。

いい名前だよね。ぼく大好き。

ぼくは、未来ちゃんのおばあちゃんが、イギリスって言う国で買った「ティディー・ベア」なんだって。

未来ちゃんが生まれたときに、お友達になれますようにって、おばちゃんが選んでくれたんだ。

「ジャック・ザ・ベア」っていう名前は、お店の人に教えてもらったんだって。

だから、ぼくと未来ちゃんは、ずっと仲良しで暮らしてきたんだ。

元気で明るい、かわいい女の子。

家族のみんなから、大事にされていたんだ。

ぼくの自慢のご主人様だよ♪

よく耳をもって引っ張られたり、片足つかんで振り回されたりしたけど、でもそんなのへっちゃらさ!

だってぼくは、未来ちゃんのことが大好きだったんだから!!


でも、そんな未来ちゃんが、急に元気をなくしちゃったんだ。

あれは、12月。クリスマスを間近に控えた、一年で一番楽しい時期。

何日か前から、風邪をひいたみたいだって言ってた未来ちゃんが、急に熱を出した。

夜でお医者さんも開いてなくて、お母さんが泣きながらどこかに電話してた。

しばらくしたら、おうちの外でサイレンの音がして、知らないおじさんたちが入ってきたよ。

そして、熱でぐったりしている未来ちゃんを、どこかへ連れて行ってしまったんだ。

ぼくは何が起こったのか分からなくて。でも、お母さんも一緒に、どこかへ行ってしまった。

お父さんは、お仕事からまだ戻ってこない。

一体、何が起きたんだろう?

ぼくは誰もいないおうちで、一人でみんなの帰りを待ってたんだ。

暗くて、寂しくて、怖かった。

早く、未来ちゃんに会いたかった。

未来ちゃんから離れて、一人で夜を過ごすなんて、初めてだったから。

次の日、お昼近くなってお母さんが帰ってきた。

とても疲れているように見えた。眼が真っ赤になってた。


ねえ、お母さん。どうしたの? 未来ちゃんは? 何で、帰ってこないの?


ぼくはお母さんに聞きたかったけど、ぼくの声は、お母さんに届かない。

手を洗ったり、本を手に取ったり、冷蔵庫を開けたり……。

何かしているようで何もしていない、ぼんやりしたお母さんが、お台所の椅子に座って急に泣き始めた。

ねえ、お母さん! どうしたの?


少しだけ眠ったお母さんは、未来ちゃんの服とかを入れたバッグを持って、ぼくのことを抱えておうちを出た。

着いたのは、おっきな病院。何だか少し、変なにおいがするよ?

エレベーターに乗って、長い廊下を歩いて。

ひとつの部屋の前で、お母さんが立ち止まった。

ぼくのボタンでできた目に映ったのは、「小柳 未来」って書いている、白い札。

ここに未来ちゃんがいるんだね、お母さん?

部屋の中は、真っ白な壁と天井。白いカーテン。白いベッド。その中で、未来ちゃんは眠っていたんだ。

ああ、良かった。未来ちゃんだ。

ぼくは、安心した。どこかにいっちゃったわけじゃなかったんだね。

部屋の中には、未来ちゃん一人だけ。

お母さんはぼくを未来ちゃんの枕元に置くと、部屋を出て行った。

未来ちゃん、大丈夫? どこか痛いところはない?

時々、白い服を着たお姉さんが、ぶらさがったお薬を取り替えにやって来た。

この時、ぼくは思ってたんだ。

未来ちゃんはすぐに良くなって、おうちに帰って、みんなでクリスマスをするんだ、って。


でも、未来ちゃんはおうちに帰れなかった。

お父さんが言ってた。何とか言う、長い名前の病気。

ぼくには良く分かんなかったけど。

元気だった未来ちゃんは、ベッドから出られなくなっちゃった。

クリスマスもお正月も、病院のベッドの中。白い壁と天井とカーテン。そして、窓から見える空。

それだけが、未来ちゃんの世界になっちゃった。

あんなに元気で、お外で遊ぶのが大好きだったのに。

未来ちゃんは、お医者さんや看護士さんや、お父さん、お母さんに「お外で遊びたい」って泣きながら言ってた。

「おうちに帰りたい」

「お友達と遊びたい」

でも、みんな悲しそうな顔をして、未来ちゃんに「病気だから、ね」って言うんだ。

そしてそのうちに、未来ちゃんも「お外に行く」って……言わなくなっちゃった。

ぼくは未来ちゃんに、何もしてあげられない。

ねえ、未来ちゃん。

前みたいに、ぼくの耳をつかんで、放り投げてもいいよ。

足を持って、グルグル振り回したっていいよ。

でも、未来ちゃんはベッドの上で、窓から見える空を見てた。

未来ちゃんが飲む、お薬の量が増えた。

ご飯も、あんまり食べられないみたい。

夜になると、苦しそうに咳き込む事が増えたよ。


ねえ、未来ちゃん。大丈夫? ぼく、どうしたらいい?


そうしているうちに、だんだんと未来ちゃんは、ベッドから起き上がることもできなくなっていったんだ。

「ジャック。あたしのお友達、大事な大事な、ジャック」

そう言ってくれる未来ちゃんの声が、大好きだった。

「お父さんがね、病気が良くなったら、みんなで旅行に行こうって。どこがいいかな?」

ベッドに横になったまま、未来ちゃんはちょっとだけ笑いながら、ぼくに話しかけてくる。

「未来ね、いろんな国に行って見たいの。知ってる? おっきな滝とか、真っ白なお山とか! オランダのチューリップ畑とか!」

そんな事を言っているときの未来ちゃんは、とっても楽しそうだった。

「元気になるんだ。そして、お父さんに、いろんな所に連れて行ってもらうんだから!」

そうだね、未来ちゃん。

いっしょに、いろんな場所に行こう。

おっきな滝とか、真っ白なお山とか、きれいな海とか、一面のお花畑とか。

だから、早く良くなってね。早く元気になってね。


でも、ぼくのお願いは、神様に届かなかったみたい。

未来ちゃんは、熱が下がらなくなって、咳が止まらなくなって。

いっぱいお薬も飲んだし、注射もしたよ。苦しい事も、いっぱい我慢したんだ。

ぼくは、未来ちゃんのベッドから下ろされて、部屋のすみっこの椅子に座らされた。


未来ちゃん! 未来ちゃん!


白い服を着たお医者さんや、看護士のお姉さんが、忙しそうに動いてた。

お父さんとお母さんが、未来ちゃんの名前をいっぱい呼んでた。

ぼくも、いっしょうけんめい、未来ちゃんの名前を呼んだよ。


神様、もういいでしょ? 未来ちゃんは、頑張ったよ。もう、苦しいの、とってあげてよ。

未来ちゃんを、元気にしてあげて。

未来ちゃんと、いろんな国に行かせてよ!

お願い、神様!!


「ジャックと──いろんな所に、行って……みたかった、な──」

未来ちゃんが、小さな声でそう言った。そう言ったような、気がした。

……ピー、って。

その音がしたとき、お母さんが未来ちゃんの名前を呼びながら、泣き出した。

お父さんは、だまって天井を見てた。

お医者さんと看護士のお姉さんが、うつむいてベッドのまわりに立ってた。


ねえ、未来ちゃんはどうしたの? ねえってば!!


お父さんがぼくを抱き上げて、静かに未来ちゃんの枕元に置いてくれた。

未来ちゃん、起きて。いっしょに旅行に行くんでしょ? 未来ちゃん?


未来ちゃんは、もう目を開けてくれなかった。

でも、眠っているような未来ちゃんは、もう苦しそうな咳もしてなかったし、熱で赤い顔もしてなかった。

『おそうしき』って言うのを、やった。

未来ちゃんが、写真の中で笑ってた。


ねえ、どうして未来ちゃんはいないの? なんで写真なの?


お母さんはぼくを抱き締めて、ずっとずっと泣いてた。

未来ちゃんのにおいがする、って。

お父さんも、夜中にひとりで泣いてた。

ぼくも、涙を持ってたら良かったのに……。

未来ちゃんは、いなくなってしまったんだ……。


ある日、お父さんがぼくを連れて、車を走らせていた。

着いたのは、お父さんのお友達の家。

どうしたの、お父さん?

チャイムを鳴らすと、中からお父さんのお友達が出てきた。

中に入ると、知らないお姉さんが待ってた。おっきなカバンが側にある。

お父さんは、お姉さんに頭を下げると、ぼくを差し出してこう言った。

「娘が大事にしていた、ジャックです。どうか、娘の変わりに、旅をさせてやってください。あの子が最後に願った、ジャックとの旅を」

ポケットから、何かを取り出す。


あっ! ぼくと未来ちゃんで撮った写真だ!


透明なパスケースに入った写真の中で、未来ちゃんは元気に笑っていた。

お姉さんがぼくとパスケースを受け取る。写真の裏には、何かが書いてあった。


『旅する事を夢見て短い一生を終えた娘の代わりに、どうかこのジャックを、あなたの旅に同行させてください』


お姉さんは「分かりました。大事にお預します」と言って、ぼくの首にパスケースをかけてくれた。

おねえさんと一緒に車に乗って、空港へ辿り着いた。

うわぁ、おっきいねぇ! それに、人がたくさんいるよ!

お父さんは、何度もお姉さんに頭を下げていた。

ぼくはお姉さんに抱えられたまま、そんなお父さんから遠ざかっていった。


そうか! ぼくはこれから、世界を見にいくんだ! 未来ちゃんが見れなかった、いろんな国を!


サンゴ礁の海。雪の平原。氷の林。砂の大地──。

未来ちゃん!ぼく、旅に出るよ!!

さあ、出発だ!! いっしょに行こう!!


ぼくの旅も、随分長くなったんだよ。

もう、10国くらい行ったかな?

行く先々の空港で、事情を説明して、旅に同行させてもらうんだ。

未来ちゃんの見れなかった、いろんなモノを見るために。

ぼくの背中には、青いリュックがあるんだよ。

これは、ある国の男の子がくれたんだ。中には、今まで一緒に旅してくれた人達からのメッセージが入ってるんだ。

旅先で撮った写真なんかも一緒にね。

これだけ長いこと旅をしていると、あちこち痛んだりもするけど、優しい人が治してくれるんだ。

寒い国に行くと、マフラーをかけてくれる人もいる。帽子ももらったよ。

暑い国だと、サングラスをもらったり。

パスケースも何度か新しくなった。

そのたびに、その国の言葉が書き込まれていくんだ。


『世界中を旅する事を夢見た少女・未来を、ジャックと一緒にあなたの旅のパートナーに』

『世界にある素晴らしい場所を、どうぞこのジャックに見せてあげてください。天国にいる未来に届くように』


ねえ、未来ちゃん。

世界は、とても素敵な場所がいっぱいあるよ。

まだまだ知らない場所が、たくさんあるんだ。

ぼくはもっともっと旅をして、いつか未来ちゃんに話してあげるからね。


ああ、もうすぐ空港だ。

この国には、どんな素敵な場所があるんだろう?

そして、次に出会う人達は、どんな人達なんだろう?

ぼくの旅は終らないよ。

いつか、天国にいる未来ちゃんの所に行くまではね。

それじゃ、ありがとう。

ぼくの思い出話につきあってくれて。

またどこかで、会えるかもしれないね。

そしたら、君の旅に、ぼくも同行させてもらえるかな?

その時まで、楽しみにしているよ!

じゃ、またね!!


バイバイ★



~Fin~


お付き合いいただきまして、ありがとうございます。

「ジャック・ザ・ベア」旅するクマです。

この話にはモデルがありまして、世界中を旅するティディ・ベアは実話です。

細かい部分は、私の創造ですが。

この話を思い出し、どうしても書きたくなってしまいました。

ろくに構想も練らないまま、勢いだけで書上げてしまった話です。

でも、どうしても「ジャック」を旅立たせてあげたかった。

こうして無事に「ジャック」を、次の空港に到着させる事ができて、ホッとしております。

少し重い内容となってしまいましたが、最後まで読んでいただけて、本当にありがとうございました。


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