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綺羅の物語 玻璃の物語  作者: 橘 伊津姫
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月の子の子守唄

 月の子ルーナは月の女王様の子供。グリーンの右目とブルーの左目がキレイな子供。フワフワの銀色の巻き毛がかわいい小さな子。

 でもまだ、男の子でも女の子でもありません。大きくなるまでに色んな事を経験して、お母さんのような『月の女王』に育っていくのです。


 ルーナはイタズラが大好き。人間達にたくさんのイタズラをして、みんなが困るのを見るのがもっと好き。

 星の精たちはルーナのイタズラに頭を痛めていたけれど、月の女王の子供なので、誰も何も言えません。そして、お母さんである月の女王も、わがままに育ってしまったルーナに手を焼いていたのです。


 ある夜、空の上から人間の世界を覗いていたルーナは、村はずれに住む1人の少年が夜道を急ぎ足で歩いているのをみつけました。

「こんな時間にどこへ行くんだろう? ようし、あの子をからかってやろう」

 ルーナは空に輝いている星の精に命令しました。

「星の光を全部消して。空が真っ暗になったら、あの子は困っちゃうぞ」

 星の精たちは、少年が夜道を急いでいる理由を知っていたので、光を消すのをためらいました。

「何やってるの! 早く消しちゃってよ!」

 ルーナが怒りながら命令したので、星の精たちは仕方なく、光を隠してしまいました。急に周りが暗くなり、道もボンヤリとしか見えなくなってしまいました。

「どうしよう。こんなに暗くっちゃ、道が見えないよ」

 困った少年は、しばらく道の真ん中で立ちすくんでいました。

「あの子どうするんだろ? 泣き出しちゃって、おうちに帰るんじゃなぁい? こんなに暗くっちゃ、怖くて先へは進めないモンね」

 ルーナがニヤニヤしながら空の上から見ていると、少年は何かを決心したように、大きく息を吸って歩き出しました。

「何で? どうして? おうちに帰るんじゃないの?」

 ルーナには分かりません。少年はどうやら、街へ向かっているようです。光のない夜道を、一生懸命に歩いていました。

「ようし、それなら今度は、こうしてやる」

 ルーナは風の精に命令して、強い向かい風を吹かせることにしました。そして胸いっぱいに息を吸い込むと、大きな声を出して言いま した。

「おい、そこの子供! こんな夜中にどこへ行く! 答えろ」

 その声はルーナの声なのにとても低くて、怖い、恐ろしい声でした。少年はビックリして立ち止まり、辺りをキョロキョロと見回していましたが、声の主は見当たりません。

「誰ですか? 今、ボクに話しかけたのは」

 恐る恐る少年が口を開くと、ルーナは気分を良くしてまた声を出しました。

「どこへ行くのだ! この道は、ワシの物だ。ワシの許しなく夜にこの道を行く事はならん」

 それを聞いた少年は両手を組み合わせて言いました。

「許してください。知らなかったんです。ボク、急いで街のお医者さんを連れてこなくちゃ、いけないんです。おうちでお母さんが待ってるんです。もうすぐ、赤ちゃんが生まれるんです」

 赤ちゃん? 生まれる? ルーナには何の事だか分かりません。ルーナはまだ「命」の事が理解できないのです。

「駄目だ! ここを通すわけにはいかない。もしも通りたければ、生まれてくる赤ちゃんとやらをワシに寄越せ」

 ルーナは意地悪な気持ちで言いました。こう言えば、少年はあきらめて帰っていくと思ったのです。もしかしたら、ルーナの知らない『赤ちゃん』っていうものをくれるかもしれません。困ってうつむいていた少年は、グイッと顔を腕で拭くと、上を向いて大きな声で言いました。

「出来ません! ボクの弟か妹が生まれるんです! 誰にもあげません。ボク、お兄ちゃんになるんです! 誰が駄目だって言ったって、お医者さんを連れてくるんです。どうしても通してくれないっていうんなら、ボクの右目をあげます。ですから、ここを通してください!」

 少年の力強い声に、ルーナはビックリしてしまいました。そして、ビックリした自分に少し腹が立ちました。

「ようし。それなら、お前の右目をもらっておこう」

 そう言って、少年の右目に魔法をかけてしまったのです。

 少年は少しの間右目を押さえていましたが、やがて急ぎ足で歩き始めました。前から吹いてくる強い風に飛ばされそうになりながら、それでもあきらめずに歩いていきます。ルーナは少年から目が離せなくなりました。

 ようやく少年は街に辿り着きました。お医者さんの家のドアを叩き、必死にお願いしました。それを聞いたお医者さんが慌てて家の中から出てきて、少年と一緒に村へ引き返し始めました。

 ルーナはどうしようか迷いましたが、『赤ちゃん』というものが見たくて見たくてたまらなくなってしまったのです。もしも気に入ったら、少年から取り上げて、空の上に飾っておこうと思いました。

 暗い道をカンテラの光を頼りに、ようやく少年の家に着きました。中からは、苦しそうな女の人の声が聞こえてきます。

「お母さん! お医者さんが来たよ! もう大丈夫だよ!」

 少年はそういいながら、ベッドの上の苦しそうな女の人に近寄りました。その女の人を見て、ルーナはビックリ! なんて大きなお腹でしょう。ルーナはそんな大きなお腹をした人を見たこともありませんでした。

 お医者さんは女の人のお腹を触ったり、音を聞いたりしていましたが、困ったような顔をして立ち上がりました。

「お医者さん、どうしたんですか? 赤ちゃんは大丈夫なんですか?」

 少年が心配そうにお医者さんに聞くと、お医者さんは難しい顔をして言いました。

「赤ちゃんは、月が満ちていないんだよ。このままでは、赤ちゃんは生まれて来れない。せめてもう少し、月が満ちていれば……」

 ルーナはそれを聞いて、空の玉座に座っている自分のお母さんを見上げました。今晩の月の女王は、ベールで顔を半分隠しています。

 少年は苦しんでいる女の人の手を握り締めて叫びました。

「お母さん! 頑張って! ボク、お兄ちゃんになるから! ボクがお月様に頼んでみるから! だから、頑張って赤ちゃんを産んで!」

 そして窓へ駆け寄ると、空へ向かって叫びました。

「お月様! お月様! どうか、お顔を全部見せてください。でないと、赤ちゃんが産まれて来れないんです! お母さんも赤ちゃんも苦しそうです。お願いします。ボク、何でもします。残っているボクの目も、耳も声も手も足も、全部お月様にあげます! だから、お母さんと赤ちゃんを助けてください!」

 ルーナはその声を聞いて、何だか胸の奥が苦しくなって、鼻の奥がツーンとしてきました。側にいた星の精に尋ねてみます。

「ねえ。このまま月が満ちなかったら、どうなっちゃうの?」

 星の精が答えました。

「このまま女王様の光が満ちなければ、あの母親とお腹の中の赤ちゃんは、死んでしまうでしょう」

「死ぬって、なぁに?」

「死ぬ。というのは、もう二度と会えなくなるということです。どこを探しても、どこにもいないと言う事なのですよ」

 月の子であるルーナには、「死ぬ」事がどんな事なのかは分かりませんでしたが、自分が月の女王と二度と会えなくなるのは、とても嫌だと思いました。そして、地上で泣きながら月にお願いしている少年を見ていたら、少年とお母さんが会えなくなるのも、嫌だなと思いました。そして、そんなに少年が大切に思っている『赤ちゃん』が、どうしても見てみたくなったのです。

 ルーナは空の玉座にいる、月の女王の所へ行きました。

「母様、ルーナのお願いを聞いてください」

 月の女王は、ルーナがお願いという言葉を使ったので驚きました。

「ルーナ、どうしたのですか?」

 優しく答えてくれた女王に、ルーナは勇気を出して言いました。

「あそこに、赤ちゃんが産まれようとしています。でも、月が満ちていないので、産まれてくることが出来ないんですって。ルーナは、 どうしても赤ちゃんが見たい。それに、あの男の子が一生懸命お願いしてるから、助けてあげたいの」

 ルーナの言葉に女王はまた驚きました。あのわがままルーナが、助けてあげたいだなんて! ルーナの目は本気です。これまで一度だって見せた事のない、真剣な目です。

「ルーナ。わたくしも、助けてあげたい。でもね、わたくしがここで月の満ち欠けを狂わせてしまったら、大変な事になってしまうので すよ」

 女王の言葉を聞いて、ルーナは悲しくなってしまいました。それでは、あの少年もお母さんも赤ちゃんも助からないのです。

「お願いします! ルーナ、何でもするから、あの子を助けてあげて!」

 必死になって頼み続けるルーナに、月の女王は優しく言いました。

「では、今夜だけ。あなたに月の光を運ばせてあげましょう。でもいいですか。今夜だけですよ」

 そう言って、ルーナに『満月の冠』をかぶせてくれました。そしてその冠をベールで隠すと使い方を教えてくれました。

「このベールは、あの子のおうちの上で外しなさい。そして、冠の光がお家の中に降り注ぐようにしてあげるのです。赤ちゃんが無事に産まれたら、すぐにベールで隠して持って帰ってらっしゃい。いいわね?」

 ルーナは女王に言われた通り、少年の家の上までやってきました。少年のお母さんは、ますます苦しそうにうめいています。少年はお母さんの手を握り締めて、月の女王に祈っていました。

 ルーナは屋根の上に降り立つと、そっとべールを外しました。すると……。まばゆい満月の光が、少年の家を包み込みました。光は窓から家の中へと流れ込み、驚いている少年とお母さんを照らしました。

 お母さんの目からは涙が流れています。少年は強く手を握り締め、祈りの言葉を叫びました。お医者さんが急に慌ただしく動き始め、お母さんの息が速くなりました。まるでルーナの体が切りつけられるかのような叫び──。そして──。


 ほぎゃあぁ ほぎゃあぁ……!!


 ルーナのこれまで聞いた事もない泣き声。か弱く、それなのにとても力強い。温かくって、嬉しくって。そんな思いが伝わってくる泣き声。

 ルーナは慌てて冠をベールで隠しました。そして窓からそっと、部屋の中をのぞいてみたのです。中では、産湯を使ってキレイになった赤ちゃんと、優しく微笑んでいるお母さん。そして、赤ちゃんをのぞき込んでいる少年がいました。

 お医者さんも嬉しそうです。ルーナも嬉しくなりました。そう、あのプニプニして柔らかそうな、丸々とした子供。それがルーナの知りたかった『赤ちゃん』。ルーナはニッコリ笑うと、少年に向かって小さな声で言いました。

「さっきは、ゴメンね。君の右目、返すよ。その代わり、これからも赤ちゃんを見に来てもいいかな?」

 少年はビックリして辺りを見回しましたが、笑いながら大きくうなずいてくれました。ルーナは少年の右目をそっと返すと、空の玉座へ冠を持って帰りました。

「母様。ありがとうございました」

 満月の冠を女王に返して、そして女王の膝に甘えました。


 それからというもの、この村では赤ちゃんが産まれると、月の子ルーナがのぞきにくるようになりました。

 そして、赤ちゃんが大好きになったルーナは、ひどいイタズラをして人間を困らせる事もしなくなったのです。

 月の子ルーナ。それは、村の赤ちゃんの守り神の名前になりました。


~完~


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