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”なかま”募集中

作者: 梅屋凹州
掲載日:2026/06/06

 学校から伸びる長い坂を下っていくと、辻に行き当たる。


 片側一車線の、どこにでもある素っ気ない十字路だった。北は山へ、東は高速道路のアーチがかかる田んぼ道へ、西は山の上の団地へと、それぞれ繋がっていた。

 

 夕方になると、そこに女の形をした青い影が立つ、と仲間内で話題になっていた。


 田舎とはいえ、それなりに車が走る。帰宅時の夕刻となればなおさらだ。

 なのに、その青い影はそこに立ったままで、存在に気づかないドライバーが突っ込んでいっても、形が揺らぐこともなく平然と立っているという。夕暮れ時に現れ、夜も残り、明け方になると消える。微動だにしない、怖いというより、不気味なだけの不思議な影の怪談。


 ある時、暇を持て余した地元の不良少年たちが、その十字路の手前に集まっていた。

 達哉(たつや)も、その一人だった。


 夏休みの終わりが近づいたある日。達哉と仲間たちが、辻の手前のコインランドリーに集合していた。


 かつてそこはコンビニとして、地域住人たちに重用されていた建物だった。オーナーが替わり、コインランドリーとなった今は客も少なく、夜になるとなおさら、広い駐車場を持て余すだけになっていた。ただ、数台の自販機が命乞いをしたかのように取り残されていて、近所の子供たちがそこでアイスやジュースを買いに訪れていた。


 達哉と仲間たちは、そこでアイスを食べながら、辻を遠巻きに眺めていた。──そこには、やはり青い女が立っていた。



「あれじゃね? あれ」「うわー、見える。マジ青い」「誰か撮影しねーの?動画取って拡散しようよ」「なんかカメラ映んないらしーよ」「うそ? ……いや、マジだわ」

 

 誰かの言ったとおりだった。スマホのカメラを向けても、どういうワケか映らない。そして、車に乗っても見えないから、事情を知らないドライバーはそのまま影に突っ込んでしまうのだという。


 だが、肉眼で見れば存在していた。

 青い女の影。髪を腰まで垂らした、達哉たちと同じ背丈の長身の女。


 違うらしいよ、と、そのとき誰かが口を挟んだ。


「あれ、男だって噂あるらしい」「マジ? 髪長いけど」「誰かの兄ちゃんが、ギリギリまで近づいて、顔確かめたんだって。そんで、よーっく見たら、男の顔だったって」「嘘。あんなに髪なげー男いるかよ」「ロンゲなんだよ。そういう趣味なんだよ」「うわー、キッショ!」


 そう言って、仲間たちはゲラゲラ笑いあった。怖いもの知らずな年齢だった。正体のわからない何かであっても、仲間たちとつるんでいる限り、恐れるものは何もなかった。


「じゃあ、近づいて確認してみね? 暇っしょ、みんな」

 だから、リーダー格の愛斗(まなと)がそう言ったとき、誰も拒否しなかった。


 いや、本心では拒否したかったのだ。少なくとも、達哉はそうだった。心霊動画だの、映画だの、そういうのが大の苦手なのだ。でも、そんなことを口にしたら、仲間たちにバカにされるに決まっていた。

 だから、みんな一瞬だけ腹を探り合うように互いを目くばせしたあとで、頷いていた。


「……ウーイ」「いいねー」「エーイ」

 仲間たちは歓声をあげて手をパチリと合わせた。バイクに乗れない中学生の、精一杯のチキンレースのつもりだった。

 一番霊に近づいたヤツが勝ち、というルールがすぐに決まって、かくしてそれは実行された。


 仲間たちは、東西南北の歩道に一旦散らばり、そこからゆっくりと辻に近づいた。

 田んぼから虫の声が聞こえるばかりで、車も人もしばらくやってくる気配はなかった。十字路の中央まで行っても危険はない。今だ!と誰かが声をあげて、仲間たちは一斉に青い女へと走った。


 みんなから少し遅れて、達哉も、後ろからジリジリと近づいていった。仲間たち全員の背中が見えていたから、きっと一番ビビリだったに違いなかった。


「うわ、こえー」「足ないよ、足。透けてる」「ガチ幽霊じゃん」

 青い女にいち早く近づいた前列の誰かが、囃し立てるように言った。


 達哉もおそるおそる、青い女を観察した。


 確かに女には、足がない。よくよく見れば、青い女の影には濃淡があった。顔から胸にかけては濃い青、それが下半身にいくにつれて薄くなっていく。


 女の顔、と達哉は胸元から視線を移していった。

 凹凸のない平坦な胸元、鎖骨、首、顎──そこまで見上げようとしたとき、ふいに達哉の背に悪寒が走った。

「おいおい、なあ、こいつ男じゃね?」「マジ? どのヘン?」「だって胸ないしさ、目だって小さいよ」「えー、マジでロンゲの男?」「でもさ、肩の線とか女っぽくね?」


 達哉が怯んでいる間に、仲間たちは、すでに青い女──暫定──の目の前まで来ていたらしい。マネキンでも眺めるように、仲間たちは遠慮なく青い女を取り囲んで、顔や身体、足先まで、まじまじと見つめていた。仲間たちの身体に隠れて、達哉から青い女は見えなくなっていた。


「おい誰か、触ってみろよ!」「おいやめろ! 押すなってマジ!」「いやーん、エッチー」「股間触れば一発じゃね? ハイ、やる人ー」


 出遅れた間に、仲間たちはすっかり盛り上がっていた。

 興が削がれた気になって、達哉はため息をついて、歩道へ戻った。──もともと、そんなに乗り気ではなかったのだ。


 そのとき、ふと歩道の電信柱の影に、子猫を見つけた。

 子猫は達哉を見つけると、「なーう」と愛想良く鳴いた。達哉は猫が好きだった。家では飼うことを禁じられていたので、猫を見つけると純粋に嬉しくなった。達哉は身を屈めて、子猫に声をかけた。


「よお、チビ」

「なーん」

「なにしてんの、オマエ。ひとり?」

「なーう」

「へへっ、なにオマエ。返事? えらいなー」

「ンなー」

 何を言っても返事するのが可愛くて、達哉は子猫を抱き上げた。子猫は大人しく達哉の腕のなかに収まった。


 ──そう。猫。

 あの猫を抱き上げた瞬間、達哉はあれっと思ったのだ。両手に収まる程度の小さな猫だったが、それにしてはいやに軽かったから。たぶん、ペットボトル1本分の重さもなかった。毛も人工的で、瞳孔の光もない。まるでUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみのようだった。


「なぁ、猫って体重どれぐらいだっけ?」

 達哉はチキンレースのことなど忘れて、仲間たちを振り返った。


 だが、辻には、仲間たちは一人もいなかった。


「えっえっえっ? なんで? どこ?」

 達哉はパニックに陥った。


 辺りを見回しても、仲間の姿はどこにもいなかった。こつ然と消えてしまった。辻には誰の姿もなく、青い女の影すらなくなっていた。


「なに!? ちょっちょっ、待って待って?」

 あまりに唐突な出来事に、達哉は大きく動揺していた。


 ドッキリか。いや、それにしてもありえない。目を離したのは、ほんの一瞬だったのだ。なんで。みんな。どこに。


 パニックになった達哉は、反射的に子猫を胸のなかに抱き込んでいた。田んぼからけたたましく聞こえていた虫やカエルの声もなぜか、こつ然と絶えて、近くに感じ取れる命はその猫一匹だけだったから。

 子猫にすがりついた達哉は──そのとき、気づいてしまった。


 子猫の腹から、心臓の音が聞こえてこない。


 昔、祖母の家で飼っていた猫のふくよかな腹に触ると、どくんどくんと心音が聞こえていたはずだ。なのに、音がしない。猫ってこんなんだったっけ。おかしい。子猫だから音も小さいのか? 聞こえないだけか?

 混乱したまま達哉は子猫の腹に耳を寄せると、


「逃げたほうがいいよ」

 子猫が、幼児の声で囁いた。


「わああっ」

 達哉は子猫を放り出していた。

 

 キレイにアスファルトに着地した子猫は、達哉を振り向き、意地悪く笑っていた。

 目を細めて、人間のように。

 子猫は、見ろよ、とでも言うように「なーう」と鳴いて前方に顎をしゃくった。


「あっ──」


 そこに、大きな肉団子があった。


 果たして、その呼称が正しかったのか。今でもわからない。


 そのときの達哉には、”それ”が一瞬、肉団子に見えたのだ。コインランドリーの影から現れた、巨大な肌色の塊。

 それから長い腕と足が伸びていて、蜘蛛のように肉団子の身体を支えていた。

 腕と足が、器用に動く。

 それは達哉へと、少しずつ、確実に、向かってきていた。


 前足と後ろ足に支えられたそれの内側から、ばり、ぼり、と音がしている。暗かったからよく見えないけれど、何か黒い液体のようなものが垂れていた。あれはきっと血だった、と今更ながら達哉は思う。

 

 巨大な肉団子から、突起のように細長い棒が生えていた。それは腕だった。昔、自転車で転んで出来た痣は、愛斗のものだった。

 肉団子から生えていたのは、少年たちの、達哉の仲間だった少年たちの、腕だったのだ。


「あ、あ。あ。あ」


 過去の達哉は、そうして、情けなくもへたり込んだ。

 一歩も動くことなど出来なかった。そのときの達哉は、達哉が恐ろしかったのだ。


 そのとき、そう、その当時は、確かに怖かった。

 今は怖くない。だってもう、()()()()()()()()()()()()()()


「た、た、たすけ、だ、だれ、か」


 ──なーう。

 鳴き声が聞こえた。達哉はそちらに視線を送る。

 目線の先には、あの小さな猫がいた。


 達哉は手を伸ばし、おいでおいでをした。かつて達哉だったから、猫が好きだった。他の一部たちは、猫よりも犬が好きだと言った。あのコも一緒に来たらいいのに。達哉たちの身体にも、あんな可愛い尻尾と耳を生やしてみよう。


 猫は、その場に留まって、達哉たちを警戒するように眺めていた。

 ビー玉の目玉が、夜闇にキラリと光っていたが、やがて興味をなくしたように後ろを振り向いた。

「”とらみ”が教えてあげたのにサァ」

 呆れたように呟いた幼児の声は、果たして子猫のものだったのか。


 ──いかないで。


 達哉は叫んだ。

 だが、その声はもう、辻のどこにも聞こえることはなかった。

 達哉の身体は肉団子の中に引きずり込まれ、声は響くことなく、くぐもった音となって肉塊の中に消えていった。



 ──学校から伸びる長い坂を下っていくと、辻に行き当たる。


 片側一車線の、どこにでもある素っ気ない十字路だ。北は山へ、東は高速道路のアーチがかかる田んぼ道へ、西は朽ちた団地へと、それぞれ繋がっている。

 

 夕方になるとそこに、少年の形をした青い影が立つ、と話題になっている。


 かつてコインランドリーだった空き地で、暇を持て余した地元の小学生たちが、その十字路の手前に集まってこんな話をしていた。


「……あれ、男じゃないんだって」「ほんとう?」「隣のクラスの…ちゃんのお兄ちゃん、いなくなったって……」「でもさ、気にならない?」「確認してみようよ、ちょっとだけ……塾の帰りにさ」


 達哉たちは、影の内側で笑っていた。

 また仲間が増える。今度は女の子だ。女の子は髪の毛がキレイに伸びるから嬉しい。今は男がXXで女がX、それで動物たちがXXXだからバランスが取れる。


 そうだ。貴方も来るといい。

 太っていてもいい。痩せていてもいい。老いていても、若くても構わない。どんな肌色でもいい。

 それは私たちの可能性になるから。


 寂しくなったら、来てください。仲間募集中です。

 この辻で、私たちは待っています。

カクヨムと同時掲載しています。短編ですが、「ハカナキ」「バッドランズ・グレイアウト」の未来の話となります。

もっと怖いものが書けるように頑張ります。応援してくださると幸いです。

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