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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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9/50

もうひとりの自分

 幼少期のこと――

 あの頃の私は、近所の親戚の家に遊びに行くことが多かった。そこで、私の大事なおもちゃが従弟の所にある、という『現象』が頻発した。従弟はそれを私にもらったという。しかし、私にはあげた記憶が全くなかった。あげた記憶がないのだから、私は、毎回とられたと言って取り返した。親戚は、皆、私が惜しくなって取り返したと思っていた。

 そんな子どものころ、気持ちの悪い出来事が起きた。

 私の絵がテレビ番組で採用されたのだ。しかし、私にはその絵を描いた記憶がなかった。それだけではなく、それはかなり下手で、なおかつ気持ちの悪い絵だった。こんな絵を自分が書くはずがない。

 その絵は幼稚園の運動会を描いたものらしい。乱雑に塗りつぶされた真っ赤な背景に、人の頭がたくさん描かれていた。現代の常識からすれば、描いた者は精神に異常があると認定されそうな絵だった。

 そして、不思議なことはもう一つ。

 あの頃の私は、入園する前、一年余計に生きた記憶を持っていた。私は、同い年の従弟に、お前のために一年待っていてやった、と言っていたのだ。


 小学生時代――

 この時代も同じようなできごとは何度も起きた。

 最も気味の悪かったのは、あの出来事だろう。

 あの日、私は熱を出して学校を休んだ。

 まる一日、食事とトイレ以外で布団から出ることはなかった。

 次の日、私が学校に行くと、クラスメイトに吊し上げられた。

 遊ぶ約束を破ったと。

 彼らによると、学校を休んだ日、私は午後から出席していたのだという。

 そして、放課後に遊ぶ約束をしたと。

 だが、あの日、私は間違いなく布団の中で寝ていた。


 大学時代――

「昨日、駅前で一緒にいた女、誰よ?」

 同期の連中が、駅前で私がデートしているのを見たという。

 その日、私は間違いなく自分のアパートでごろごろしていた。

 一歩も外には出ていない。

 だが、独り暮らしゆえに、それを証明する者はいない。

 周囲は誰も私の言うことを信用してくれなかった。

 そんなことが何度もあり、私は誤解されていった。


 社会人になって――

 やはり同じようなことが続いた。学会やシンポジウムで、知らない人から話しかけられることが度々あった。彼らは私のことをよく知っていた。

 プライベートでも同じようなことが起こった。同僚によると、近くの観光地で女性と歩いているところを見たそうだ。

 それだけではない。

 あれは仕事で地方に引越したばかりの頃だった。あの晩、私は歓迎会で居酒屋に呼ばれていた。会場へ向かう途中、道端には所謂ヤンキーの一団がたむろしていた。私がそこを通り過ぎようとしたとき――

「あ、真志さんじゃないすか。久しぶりっす」

 金髪のヤンキー女が話しかけて来た。

 そこは引越したばかりの土地で、私には知り合いなど全くいない。おまけに相手は十代と思しき若い女。なおかつ金髪ヤンキー。彼女を知っている可能性はゼロだと言い切れる。

 あのとき、私は適当に話しを合わせてその場を後にしたのだが、「ごめん、誰だっけ?」ぐらいの感じで確認してみるべきだったのかもしれない。似たようなことが頻繁に起きるのだから、本当に『もうひとりの自分』がいたのかはっきりさせておくべきだった。いまの私はそう思っている。

 

 こんなことが頻繁に起きる。

 特に多いのは女性絡み。

 付き合う前は二股を疑われる。

 付き合ってからは浮気を疑われる。

 二人の思い出に食違いが――

 いつもこんな感じだった。

 

 私の周りにはもうひとりの私が現れる。他人に誤解をされるたびに、また出たのだろうか、と考えてしまう。もうひとりの私がいることを知っているのだから、相手の言うことを無碍に否定することはできない。否定しないから、相手の疑いをさらに強めてしまい――

 こうして、さまざまな相手との関係が悪くなる。

 このあたりで、ようやく孫に言う話ではなかったと気づく。

「へえ、じいちゃんすごいー。ラノベ主人公!」

 ミヤが感想を述べた。

「えぇ?本人にしてみれば、結構問題だよ。それでずっと独身なんだし」

「独身って?」


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