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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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8/50

見栄を張る

「これは簡単そうだな」

 私は簡単なチーズケーキのレシピをネットで見つけた。

 クリームチーズ、卵、砂糖、薄力粉、レモン汁で作るレシピだ。

 早速スーパーに行き、材料をそろえる。

「クリームチーズを耐熱ボウルに入れて、500Wで40秒……」

 レシピを読みながら、百均で買った小型の耐熱ガラスボウルに、クリームチーズの塊をそのまま入れる。入りきらなくてブロックが斜めに寝かされている状態だが気にしない。

 私は何の疑問もなく電子レンジのスタートボタンを押す。

「チーン」

 加熱が終わって中を覗くと、その状態はまったく変わっていなかった。

 私は都合の良いように解釈した。

――チーズを潰しやすいように軟らかくしたのかな?

 次に、卵、砂糖、レモン汁を混ぜ、それをクリームチーズに加えてかき混ぜる、とある。

 かき混ぜたいのだが……。

 クリームチーズのブロックはかたかった。

 それでも私は作業を続ける。

 だが、つぎの項目に来て、思わず「やめてくれよ」とつぶやいた。

 レシピには、それぞれの分量が『大さじ』何杯と書いてあった。いま使っているクリームチーズはアメリカ製。日本製よりも大きい。混ぜ合わせる材料は、比率を計算して調整しなければならない。だが、さじ何杯という表現では、どうしても分量が適当になる。

 私は仕方なく砂糖大さじ一杯や液体大さじ一杯のグラム数をネットで検索した。

 その数値をもとに換算し、デジタル秤で軽量する。

 こうしてようやくそれらをクリームチーズに加える段階まで来た。

「タマゴサンド?」

 かたいままのクリームチーズはどうしても混ざらず、結局、つぶして誤魔化した。その結果、ゆで卵を刻んだような見た目になっている。

 いまの状態はタマゴサンドの中身のようにも見えるし、悪く言えば吐瀉物のようにも見える。ここに来て、私はようやくクリームチーズの状態が問題であったことに気づく。

「電子レンジにかけたらどうなるか、具体的に説明しておいてくれよ……」

 ここから追加で電子レンジにかけると、きっと卵が固まるだろう。だから、私は湯煎をすることにした。だが、時すでに遅く――

「タルタルソース的な何か……。もう少し湯煎しよう」

 結局、思い通りにはならず、妥協に妥協を重ねた。

 私は、クッキングシートを敷いたタッパーにそれを流し込んだ。いや、流れなかったので、シリコンのヘラで掬って、タッパーに擦り付けたというのが正しい。

 冷蔵庫で冷やした後、出来上がった物を一切れ皿に載せてみた。

「マヨネーズをたっぷり入れた卵焼き?」

 そんな見た目だった。

 そして、それを口に入れると――。

「まずくはない。まずくはないけど、きっと二度と作らないな」

 日本製に比べると、アメリカ製のクリームチーズはクセが強い。おまけに、作るときに砂糖が多すぎると思った私は、それを三割ほど減らしていた。いろいろな要因が重なって、あるいは、何か重要なことが抜け落ちていて、出来上がったチーズケーキ風の何かは、酸っぱさを増強したクリームチーズ以外の何物でもなかった。ケーキを名乗ることなどできようはずがない。

 その物体はまだ四分の三ほど残っていたが、タッパーに戻して冷蔵庫に仕舞った。三~四日しかもたないようなので、毎日一切れ食べるとしても、この先四日は憂鬱だ。

 私はため息をついた。


 その次の日、ミヤが遊びに来た。

「意外とこのかたいパンもいけるね。噛んでると味が出て来るし」

「だよね。噛むと満足感があって、小腹が空いたときちょうどいい」

 とりあえず、歯に厳しいということは黙っておく。私なりの見栄だ。

「ところでさ、冷蔵庫に入ってるタッパーって何?」

 ミヤには私の食生活をチェックする習慣がある。

「あれはチーズケーキになりたかった何か、かな」

「食べてみていい?」

「怖いもの知らずだね」

「そのレベルなの?じいちゃんの料理って、まずかったことないけど?」

 そう言いながら、ミヤはタッパーを取りに行った。

 ミヤはそれを一口食べて眉を寄せた。そして、かたい方のパンに切れ目を入れ、残りを挿んだ。

「こうすればちゃんとしたチーズケーキの味だよ。もうちょっと砂糖が入ってれば、アメリカで食べたチーズケーキみたいになるかも」

「フォローありがと。でも、ミヤってアメリカ行ったことあったっけ?」

「あれ?そう言えばない……。何でそう思ったんだろ?あれ?でも、ママと食べた記憶があるんだけど……」

「マンデラエフェクト?一人だからちがうか」

「何それ?」

「大勢が間違った記憶を共有すること。芸能ネタでよくあるよね。あのタレント、前に死んだってニュースなかった、とか。あのタレント、何年か前、結婚してなかったっけ、とか」

「それってパラレルワールド的なネタ?」

「そうかも」

「よし、じゃあ、じいちゃんの小説はそっち方面で行こう」

「まあ、それなら実話で行けるか。マンデラエフェクトとはちょっと違うけど」

「実話?聞かせて聞かせて」


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