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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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7/50

脆弱な世界の中で

 いま、私は小説投稿サイトで作品をチェックしている。そして、見つけた作品を数ページ読んでは溜息をつき、『保留』というフォルダにブックマークを追加する。そのフォルダには、途中で読む気がなくなった作品が溜まっていく。

 自分の小説はどうなったかと言うと――

 WORDはいつも立ち上がっている。だが、本人は、それが開いたままであることすら忘れてしまっている。端的に言うと、行き詰まって小説投稿サイトに逃げ、本来すべきことを忘れてしまっていたのだ。

 私は孫の前でライトノベルの作者たちを批判したが、自分自身は彼らより圧倒的に劣っている。私はそれを実感していた。

 いまは早朝。外ではたくさんの小鳥がさえずっている。うるさいほどに。時折、ゴミ捨て場を漁っているカラスの鳴き声も加わり、苛立ちが募る。

 騒がしいのは鳥ばかりではない。

 私の家の前は抜け道になっている。普段は閑静な住宅街だが、通勤時間帯にはかなりの交通量がある。いまの時間帯も車やバイクが頻繁に家の前を通るのだが、その中には社外品の低音を増強したマフラーを付けたものも少なからず混じっており、朝っぱらから結構うるさい。

 私が住んでいるのは横浜。といっても、発展しているエリアではなく、藤沢に近い地区である。この地区はいまだ開発途上で、ところどころで里山が丸ごと残っている。そういう環境なので、日の出の少し前から鳥たちが騒ぎ始める。日が長くなると起きる時間も早くなり、小説を書く時間は増える。増えるのだが――

 小説を書こうと思ってから、鳥に関する知識だけが増え続けている。朝はシジュウカラやメジロの声、昼間はウグイス、ガビチョウ、コジュケイ。日が暮れるとホトトギス。知らない声が聞こえれば、季節や鳴き声の特徴を基にして動画サイトで検索する。小説を書かなきゃいけないと思いながら、ネタがあればそちらに逃避してしまう。

 今日も、いつものように鳥の声で目を覚まし、日の出とともに布団を畳んだ。

 軽く朝食をとった後、デスクトップの電源を入れる。

 そして、ミヤに出された宿題を始めた。

 始めたのだが……

――書けない。

 デスクトップに向かってすでに三時間。私は今日も悩んでいた。

 そのとき――

「ピンポーン」

 抑えた感じの音色でインターホンが鳴った。

 ネットで注文した電子レンジが届いたのだ。

 私は老人ではあるが、一度も結婚することなく独身を貫いて来た。おかげで料理はできる。付き合った女性が自信をなくす程度の腕はある。最近は面倒で、手抜き料理しか作らないが。

 しかし、急に凝った料理も作りたくなった。ミヤのために。だからスチームオーブンレンジを買ったのだ。

――あれ?

 何かがおかしいと感じた。

 配達業者から荷物を受け取り、ダイニングのテーブルの上に置く。

 しかし、ふと頭に浮かんだ考えに囚われ、ダンボールはそのまま放置された。

――自分は結婚したことがない。それなのに孫娘が……


「ピンポーン」

 インターホンの音で私は目を覚ました。いつの間にか、ソファで眠っていたらしい。

 私は配達員から荷物を受け取り、ダンボールをダイニングのテーブルの上に置いた。

 ダンボールを受け取ったとき、妙なデジャヴュを感じた。だが、思い当たることはない。

――まあ、いいか。

 そう思いながら、箱からスチームオーブンレンジを取り出し、冷蔵庫の上に設置する。

 ちらりと取扱説明書の設置方法を確認してから、アース線をつなぎ、コンセントを差し込む。

 誤りがないか再度取扱説明書を確認する。

「空焼きをする、と」

 独り暮らしが長いと、人は独りごとを言うようになるもので、私もその例外ではない。説明書を読みながら、ずっと考えは声になっていた。

 説明書に従ってモードを切り替え、中に何も入っていないことを確認してからスタートボタンを押す。

 液晶画面に残り時間が二十分と表示されるのを見て、私はソファに座り、取扱説明書を読み進めた。一通りの説明を読んだあとは、後半のレシピ集をパラパラとめくる。

「パンでも焼いてみるか」

 今度ミヤが来るのに合わせて、パンでも焼いてみよう。ミヤは驚くだろうか。そんな風に私は妄想をはじめた。このとき、私の口元は緩み、あまり人には見せられない表情になっていたと思う。

 だが、こうして焼きあがったパンは――

「うっ、かたい」

 私はレシピ集にあった『簡単パン』というのを作ってみた。書いてある発酵時間が短いとは思ったが、レンジ機能を併用したものだから大幅に短縮できる、と勝手に納得していた。その思い込みの結果、できたものは、古くなったフランスパン並みのかたさだった。そのかたさがレシピの意図するレベルかどうかはわからない。でも、私は学んだ。レンジの発酵機能は、発酵環境を維持するものであって、発酵時間を大幅に短縮するものではない。

――ラノベだと二次発酵するだけでやわらかくなるんだけど。

 ライトノベルに書いてあることは信頼に値しない。

 私はその思いを新たにした。

 こうして、Lサイズのミカンくらいの大きさで、古いバゲット並みにかたいパンが八個できたわけだが、最近は歯が弱くなって来たので処理に困る。

「いや、でも、意外と……」

 そのかたいパンは噛んでいると味が出て来て意外と良さそうに思えて来た。ヨーロッパの人の中には、日本のやわらかいパンが許せないという人が結構いる。パンは主食であり文化なのだから、日本風に手を加えてほしくないらしい。日本人が米にこだわるのと同じことなのだろう。

 しかし、そうはいっても歳とともに弱くなった歯にはつらい。

「こっちのバターロールも作ってみるかな」

 私はレシピ集の次の頁を見ていた。

 孫に見栄を張りたい。

 その思いが私の後押しをする。

 こうして、辛うじて納得できるパンができた。

 硬軟のパン作りに成功?した私は、さらなる電子レンジ料理にチャレンジする。


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