孫娘
「セバスチャン、おかわりをいただけるかしら」
孫娘のミヤは、かすかに首をかしげながらそう言った。
彼女は団扇で口元を隠している。
たぶん、あの団扇は扇子のつもりなんだろう。
私は笑うのをこらえてミヤに合わせた。
「はい、お嬢様」
ミヤが催促したのはミルクコーヒー。
コーヒーとミルクの比は2:1と決まっている。
コーヒーは1リットルの紙パックで、ブラジル100%の微糖。私がサラリーマンだった時代、いつもステンレスボトルに詰めて会社に持って行っていた銘柄だ。ミヤはそれを北海道牛乳で割るのが好きで、彼女が来る時にはかならず冷蔵庫に入れておかなければならない。
「お待たせいたしました、お嬢様」
「ありがとう、セバスチャン」
ミヤはミルクコーヒーを彼女が上品と思い込んでいる妙な作法で受け取り、私に笑顔を見せてからグラスに口を付けた。
「じいちゃん、この前言ったやつ読んだ?」
貴族令嬢ごっこはミルクコーヒーで終わったらしい。
「うん、読んだよ」
会社を定年退職して二年。暇を持て余していたところ、小説投稿サイトでライトノベルを読むようミヤに勧められた。勧められたというよりも、強制されたという方が妥当かもしれない。私には孫娘を拒絶することなどできなく、ミヤもそれを承知しているのだから。
ミヤは自他ともに認めるオタクである。ミヤには何やら私には理解できないこだわりがあるらしく、対応に困ることがある。先日も、『オタク』ではなく『ヲタク』だ、などと言われたが、私にはその辺の機微が理解できない。とりあえず、ミヤがわけの分からないことを言ったとしても、深くは踏み込まないことにしている。
さて、そのオタクというものには、社会通念を外れる時期があるらしい。その病に陥りやすい時期にちなんで中二病などと言われているそうだ。ミヤはまさに中学二年。その真っただ中にある。老人である私には、その中二病に付き合うのは些か厳しい。だから、最初は適当にあしらってやり過ごそうと思った。だが、孫娘の機嫌を取るには共通の話題も重要と考え直し、言われるがまま、いくつかのライトノベルを読んでみることにした。
ライトノベル――
ミヤによると、小説投稿サイトで読めるのはライトノベルではないそうだ。ライトノベルとWEB小説は厳密には違う。そう説明されたのだが、私は途中で理解することを放棄した。
――もう、全部ライトノベルでいいじゃないか。
そんな経緯ではあるが、孫に甘い老人の常で、私は煽てられるままに言われたものプラスアルファを読んでしまった。いまの私なら、多少の論評もできるようになっている。そう、他人から見れば、私も十分にオタクなのだ。同年代の人たちには呆れられるだろうが、孫娘と話すネタができたことは喜ばしい。
しかし、そうは言っても、私は素直な性格ではなく――
「ラノベって著作権法無視してない?盗作っぽいのが多いけど」
「あー、テンプレは多いかも」
「テンプレで済むんだ。私が作者なら盗作した連中を訴えてやるけど」
私は先端企業でしっかりした知財教育を受け、長年にわたる研究開発業務の中で実際の知財紛争を経験している。その結果、職業病なのかもしれないが、知的財産をいい加減に扱うことはできない。
「ラノベ業界は持ちつ持たれつなんだよ」
ミヤは知ったようなことを言う。
「そう言えば、アニメ化とか映画化とかされる時、原作が改変されたって騒いでいることがあるけど、この業界、著作者人格権も形骸化しているの」
「著作者人格権ってなに?」
「作者の意に反したことをさせない権利。ホントは勝手に編集とか改変とか、法律上できないんだよ。工業関係だと、デザイナーとの契約で『著作者人格権を行使しない』って一文を入れることがあるんだけど、そういう一文を入れること自体が違法だって言う人もいる」
「ああ、じいちゃん映画化されたテルマ〇ロマエ見て怒ってたもんね」
「あれはヒロインを前面に出しすぎじゃない?原作の雰囲気壊してるよ」
「芸能事務所との関係とかあるんでしょ」
「まあ、それはそれとして、ラノベのテンプレはやりすぎだと思うよ。連載途中の作品が更新されるたびに思うんだけど、こっちの作品をあっちにつなげても話の筋が通るでしょ」
「それはちょっとわかる。何か知らないけど、同じ時期に似たような作品がいくつも出るよね。シンクロニシティ?」
「ただのパクリの連鎖じゃないの?」
「インスパイヤ!それか新しいテンプレの創造」
「ああいうのって、登場人物までテンプレートになってるの?同じような設定のキャラがセットで出て来るけど。無口で食欲旺盛で貧乳とか」
「ちょっと、じいちゃん、いま私の胸は見なかった?」
「大丈夫。ちゃんと育ってるから」
「じいちゃんが見たのって、幼稚園のころでしょ?そりゃ幼稚園の頃よりは育ってるよ。もう」
「ところでさ、あの手の作品でチートが必須なのはどうなの」
「あー、話題逸らす。まあ、いいけど」
「ちょっと思ったんだけど、異世界物で『能力』を『金』、『神様』を『親』に置き換えてみてよ」
「バカ息子が親の金でやりたい放題?」
「異世界物のチートってそういうことだよね」
「うーん」
「ミヤのオススメの他にもいくつか読んだけどさ、バカ息子の線で考えると読む気無くならない?似通ったのばっかりだし」
「そう言われるとそうかも……」
「それに、人間の行動と言うか反応というか、プロットで良い人に設定しているけど、ちょっとアレな感じの人が多くない?それを周囲の人が例外なく良い人扱いするけど」
「ん?」
ミヤの表情に少し苛立ちが見え始める。
「世の中にはいろんな人がいて、みんな考え方違うでしょ。それに、何か行動するにしても理由があるでしょ。でも、ラノベの登場人物たちの考え方って、単一的でプロットに無理やり合わせたというか……」
「それはそうかも。でもさ、ラノベって、深く考えずに楽しめれば良いんだよ。考えるな、感じろ、だよ」
「プロットはそれで良いとしても、戦闘シーンは許せんわ。技の名前叫んでるだけでしょ?」
「まだ言うか……。そりゃ、じいちゃんは空手とか黒帯だし、本棚に兵法書が並んでる人だから――」
ミヤの声音が変わる。
どうやら、私は余計な知ったかぶりをしてしまったようだ。
――話題を変えなければ。
「戦闘モノはアレだけど、農業モノとかは好きだな。盗作じゃなければ」
ミヤは、しょうがないな、という感じで溜息をついた。さきほどまでの苛立ちはリセットしてくれたらしい。
「でもさぁ、農業モノって、いろいろ簡単にやりすぎて、じいちゃん式の考え方だと農家の人を馬鹿にするな、ってことにならない?現実の農家って大変そうだよ」
「まあ、でも、そこは気楽に読める方が良いってことで」
「あー、さっき言ったのと逆だー。じいちゃん矛盾してるぅ」
「自分の専門じゃない所には拘りがないんだよ」
ここは笑ってごまかすしかない。
「なんか、納得できない。俺TUEEE系の作者さんに謝れ」
「あと、気になるのが――」
「まだ言う?」
「何でやたらとカタカナ英語使うの?誤用も多いし。外国の人がSNSで馬鹿にしてたよ。日本人がやたらと英語を使うのは、白人を崇拝してるからだ、とか――」
「それって、ちょっと未知の言語っぽくしたかったんだけど、作者に学校で習った英語ぐらいしか知識がなかったってことでしょ。十代とか二十代の作者に難しいことを言っちゃだめだよ」
「でもさぁ、少なくとも誤用はやめてほしいと思うんだ。『レッツクッキング』とか」
「うーん」
「へんな英語だけじゃなくて、日本語の誤用も気になるんだよね。『おっしゃられる』とか」
「じゃあさ、じいちゃんがラノベ書こうよ。そんだけ言うんならさ」
もう苛立ちを抑えてはくれないようだ。
「技術者で、武道家で、兵法書も読んでいて……。あと、じいちゃんの本棚って、変なオカルト本もあるよね。そういえば、昔、小説書いたことがあるって言ってたよね。いけるよ。書くんだ、真志!」
こうして、私は墓穴を掘り、追い詰められた挙句にライトノベルを書かねばならなくなった。




