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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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吉川

 その日、守屋と京子は吉川の後をつけた。

 守屋を会社に連れて行くわけにはいかない。

 たいして付き合いのない吉川に守屋を紹介するのも不自然だ。

 どうやって引き合わせるべきかわからない。

 だから、今日はただの様子見。

 行動パターンを見て、接触する場所と時期を考える。 

 そのための条件は――

 周りに他人がいないこと。

 ある程度時間がとれること。

 そして、怪しまれないこと。

 こういった条件を満たす場所と時期を見定める。

 だが――

「どこまで行くんだろう」

 京子は小声で愚痴を言った。

 そこは帰宅ラッシュの田園都市線の車内。

 ぎゅう詰め状態を良いことに、京子は守屋の胸に顔をうずめている。

 吉川に気づかれないようにする。

 そういう大義名分を有効利用しているのだ。

 加えて蛇や虫の影を見ないようにするという言い訳もある。

 だからこうしている。

「お、川崎が終わって横浜か」

 鷺沼で若干隙間ができ、たまプラーザでもう少し余裕が出た。

 吉川はいつのまにかシートに座り、スマホを見ている。

 結局、吉川は終点までそのままだった。

 だが、まだ終わらない。

 吉川は中央林間で小田急に乗り換え、さらに大和で相鉄へと乗り換える。

――なんでわざわざ田園都市線?

 相鉄に乗り換えるなら、東横線の方が早い。

 東海道線や京急線を使う手だってある。

 混雑度合いで言えば、田園都市線は最悪とさえ言われている。

 そんなルートをなぜ選んだのか?

「あの女の蛇、電車の中で周りの虫を喰らって大きくなりよった」

 電車を降りるとき、守屋が耳元でそう囁いた。

 京子は吉川を一瞥する。

 ほんの短時間目を向けるだけ。

 気取られないように。

 だが、それでも守屋のいうことが十分理解できた。

 京子の目には吉川の姿が見えない。

 完全に闇に覆われていた。

 その闇の中に、ときどきキラリと光る何かが見える。

 虫と一緒に別の何かを取り込んでいるようだ。

 

 尾行はそこからが大変だった。

 主に体力的な問題で。

 駅を出て通りに出る。

 そこから先は彼方までつづく上り坂。

 それもかなりの斜度がある。

 駅前から見えていた坂の終わりにたどり着くと、今度は左に折れる。

 そこにはさらに斜度のきつい上り坂が……。

 すぐに右に折れると、そのきつい上りが延々とつづいていた。

「なんじゃこの街は」

 さすがの守屋も息を切らして愚痴を言い始めた。

 京子には愚痴を言う気力さえない。

「横浜は郊外に出ると……こんな感じのところが……多いんです」

 京子は息も絶え絶えに答える。

「こんなとこから通勤する人もおるんか。わしゃ絶対住みたないわ」

 京子も同感である。

「お。やっと下りか」

 丘の頂上からは富士山のシルエットが紫色の空に浮かんでいた。

「ほお、なかなかの景色」 

 京子には、それに答える気力が残っていない。

 だが、そこからはさらに厳しい道のりが待っていた。

 道路法の道路構造令では、最大斜度が12%ということになっている。

 だが、そこからつづく下りは20%はあろうかという坂だった。

「スニーカー履いてきてよかった」

 京子はそうつぶやいた。


 ようやくたどり着いた建物は――

 屋上降臨教会。

 小さなプレートにそう書いてあった。

 そこは駅からかなり離れた住宅街の中。

 山越えが必須というかなり辺鄙な場所だ。

 こんな場所にある以上、力のある宗教ではあるまい。

 最初、ふたりはそう思っていた。

 だが――

「なんじゃ、これは」

「どうしたの?」

「こん中に何かがおる」

 守屋はそう言って口を噤んだ。目は教会内部の何かを見ているようだ。

――いかん。これはいかん。

 守屋はここにいる相手が自分の到底及ばない相手であることを悟った。

――見つかったら危ない。

 そうなったら京子だけでも助けねば、と守屋は腹をくくった。

――すまんの、わしはここで散るかもしれん。

 守屋は心の中で故郷に残してきた家族に謝っていた。

 そのとき――

「んなーお」

 足元で猫が鳴いた。

 そこには大きなキジトラがいて、守屋を見上げていた。

「ほお」

 その猫はただの猫ではなかった。

 猫というものは、元来、『あちら』方向にかなりの厚みがある生き物だ。

 だが、この猫の厚みは神使と言っても過言ではないほど。

 そんな猫がここで現れたということは――

「助けてくれるんか」

「んあ」

 猫はそう言って背を向けた。

 猫の返事の意味はわからないが、ついて来いと言っている気がする。そう解釈し、守屋は京子を促して猫のあとを追った。もう教会の中にいる何かは気にならない。

 しばらく夜道を歩き、とあるマンションにたどり着く。

 猫が進むとオートロックのドアが勝手に開いた。

 守屋と京子は催眠術にかかったようになり、何も考えず、猫のあとをついていく。

 猫がエレベータに近づく。

 籠がある階を示すランプは6Fを示していた。

 だが、ランプは突然1Fになり、エレベータの扉が開く。

 守屋と京子は、やはり催眠術にかかったように猫のあとにつづく。

 気づくと、守屋はとある部屋の前にいた。

 猫はいつのまにか消えている。

 そして、ドアが開く。

 そこには男がいた。

――な!

 守屋は言葉を失った。

 この地の者たちはほぼ例外なく『あちら』方向に薄っぺらい。

 だが、目の前の男はちがった。

 かつて遠目に見たことがある斎宮の頭のようなたたずまい。

 いや、それ以上に重厚な気配が漂っている。

 そのとき、守屋に『あちら』から情報が流れ込んできた。

 目の前にいる人物が何者かという――


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