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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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とある出会い(3)

「『わけみたま』という言葉は知っとるか?漢字で分霊と書く」

「聞いたことはあります」

「わしもあんたも分霊だ。日の本の民は、神が創りたもうた泥人形ではない。神の血を引く神の裔。だから、元をたどれば最初の神である天之御中主神に行き着く。わしらは天之御中主神の分霊だ。世界を創りたもうた神の分霊だ。だからの、やり方に気づきさえすれば、世界をいじることができる。だけどよ、日の本は分霊だらけだ。そんなとこで妙な念がぶつかりあえば、望まぬ結果になる。願ったことと正反対の結果になるかもしれん。だから、迂闊に知らん方がええ場合もある。そんな力があると気づかなんだら、困ったことにはならん」

「念の制御は難しいんですか?あんなのが出てこないようにしたいんです」

「久米の仙人は修行の末に飛行術を身につけたが、川で洗濯する女の足を見て力を失った。まあ、どこまでやるかにもよるが、難しかろうな。特に、この地の者にとってはな」

「そうですか」

「あんたがこの何日か、わしに念を投げつけておったように、あんたの周りにも念が集まっとる。妬みだの憧れだのいろいろ、な。そういう念とあんたの恐怖や欲望が混ざってあんなもんが生まれた。自分だけじゃのうて自分に纏わりついた念も払わんならん。そういうことがわかるようになれば、気が休まる時はのうなる。あんたの知らん気味の悪いもんがいっつも見えとるようになる。難しいぞ」

 そのとき、守屋は地面を見た。

「スマホ持っとるか?」

「はい」

 京子はそう言ってスマホを取り出した。

「カメラアプリを立ち上げてくれ」

「はい」

 京子はスマホを守屋に渡した。

 守屋はスマホを地面に向ける。

 守屋の手とスマホがぼやけ、向こうが透けて見えた。

「ほれ、見てみい」

 守屋に渡されたスマホの画面には、ヘビトンボに似た虫が写っていた。

 地面や草の色は、より原色に近い色合いになっている。

「見たらすぐ消せ。画面から出て来るぞ」

「これ何ですか」

 京子は画像を削除しながら聞いた。

「今のあんたに見え、触ることができるものは、三次元の三つの空間軸の方向だけ。他にある軸の方向は理解することさえできとらん。だがの、本来、日の本の民には別のいくつかの空間軸も見えるんだ。修行をすれば、『あちら』方向に移動することもできる。こういった虫は、あんたにはわからん『あちら』の方向に少しずれたところに生きとる。なんでか知らんがこの地の民にはそれがわからんようになっとる」

 なんでか知らんと守屋は言ったが、彼はだいたいの見当をつけている。理由を調べたからだ。

 敗戦後、米国は日本の文化や思想を破壊しようとした。情報統制も行った。朝鮮戦争が起きるまでは、日本が二度と立ち上がれないように文化を破壊し、科学技術の研究成果を奪い、後進国に落とすことが計画されていた。それは食生活にまで及び、その名残で、80年代までは学校給食で米を出すこともできなかった。それほどの介入を行ってきたのだ。

 彼らが行った操作はそれだけではない。敗戦後しばらくの間、古くから継続していた神社における祭礼や祭りまでもが禁止されていた。米国は、大戦で日本国が呪術を使ったことを疑っており、そういった行為をできないようにしたかったのだろう。

 昭和二十年一月半ばごろから、アメリカ大統領を倒して意気をくじこうと、密教の高僧たちによる呪詛がはじまった。その数ヶ月後、ルーズベルトは突然倒れ、帰らぬ人となった。アメリカはその記録を調べ、必要な対策を採ったのだ。

 日本との戦争において、敵国はさまざまなオカルト現象を体験する。だから、アメリカは日本の霊的なものを壊そうとした。それは成功し、日本人は変わってしまった。変わってしまったから、この世界は――


 京子は、結局、守屋に言われるままに家路についた。

 だが、あのスマホに写った生物を見て、却って好奇心が刺激されてしまった。

 守屋にはそんな京子の思いが手に取るようにわかっていた。

 思うに、京子は天児屋命の血を色濃く引いている。

 高い素養がある。

 だから、これでは済むまい。

 守屋は彼女がまた訪ねて来るだろうと確信していた。


 京子は家に帰るや否や、ラップトップを開いてスマホをケーブルで接続した。ファイル復活ソフトであの画像を復活させるのだ。

 ファイルの復活は簡単だった。だが、開いたファイルには、あの虫が写っていなかった。ファイルを開いた時、一瞬だけあの虫が見えたような気がしたが。


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