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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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とある出会い(2)

 守屋は由緒正しい物部の裔だ。皇紀2625年生まれの54歳である。彼は信濃県に生まれ、帝都で就職し、帝都で家庭を持った。子どもたちは成長し、いまは実業学校に通っている。

 そんな時、気づくと彼は東京都という見知らぬ土地にいて、仕事も家族も何もかも失っていた。

 この地に迷い込んだ当初、彼はかなり混乱していた。

 自分の国には東京都という場所は存在しない。

 当然のことながら、この東京都の人たちは帝都や信濃県のことを知らない。

 この東京都という場所は日の本ではあるようだが、守屋の知る日の本ではなく、文化も歴史も大きく違う。

 守屋にとって、この地の人たちはひどく変わっている。薄っぺらいのだ。薄っぺらいというのは、『あちら』方向の厚みのことだ。この地の人たちは、『あちら』方向の厚みがほとんどない。だから、『あちら』方向に少しだけずれたところにいる魑魅に気づかない。せいぜい気色の悪さを感じるくらいだろう。水中や土中に生物がいるように、『あちら』にも生物がいる。だが、この地の人たちは気づかない。『あちら』のことが感じ取れないのだから、当然、『あちら』側にあるものに触れることはできない。行くこともできない。

 本来なら、人は『あちら』にも渡れるのだ。海で泳ぐのと似たような感覚で。だが、この地の人たちはその能力を失っている。

 最初はそう思っていたが、守屋の考えは必ずしも正しく無かった。

 この日の本でも、特定の条件下では厚みが増すことがある。

 公園のベンチで眠り込んでいる酔っぱらいは少しだけ厚みが増していた。

 眠るのが効いたのか、酒を飲んだのが効いたのか、あるいは両方か。何にしても、常に薄っぺらではない。薄っぺらくなるのは、この地の人々の生活に起因する理由からで、何かきっかけがあれば、厚みを取り戻せるのかもしれない。それには、どうしてこうなっているのか理由を知る必要がある。こうして、守屋はこの地の歴史を調べ始めた。

 その結果わかったのは、この日の本は戦争に負け、米国によって二度と立ち上がれないように工作をされた、ということだった。その方針は、朝鮮戦争勃発とともに変更されたようだが、時すでに遅く、すでにいくつかの工作は完了していた。

 加えて、それ以前にも、薄っぺらくなる原因が存在しているようだ。それは守屋の祖先にも関係する。

 この日の本では物部氏が滅亡している。その結果、神道が仏教に汚染された。この日の本では『かんながらのみち』が途絶えてしまっている。

 要するに、高次世界とのリンクが途絶えたことで、『あちら』方向を知覚することができなくなっているのだ。


 女の名は武藤京子と言った。中堅商社の広報部で課長を務めている。彼女は、外見の良さから、若い頃は大いにちやほやされていた。その時期の彼女は傲慢に振る舞い、交際を申し込む相手を次々と拒絶することに快感を覚えていた。だが、気がつくと三十代も後半になり、ちやほやされることもなくなった。いまだに独身の彼女は、周囲から腫れ物のように扱われるようになっている。

 彼女はプライドが高い。ちょっとした弱みを他人に見せることさえ容認できない。だが、現実には、自分の妄想に襲われ、半ば欲情しているところを男に見られてしまっている。彼女にとっては怪奇現象よりもそのことの方が問題だった。

 怪奇現象の方も気にはなっている。だが、妄想が現実となってしまうのなら、二度とあんなことを考えてはならない。彼女はそう考え、意識をあの男の方に向けるように努めていた。変なことを考え始めたら、あの男の顔を思い出すのだ。

 

 土曜の夜、あの時と同じ時刻。

 京子は、あの男が「人んち」と言っていた場所に来た。

 そこにはあの男が待っていた。

「あんたはわしに恨みでもあるのか。この何日か、ずっと念を飛ばして来よって。おちおち昼寝もできんわ」

 この数日、京子は変な妄想をしないよう、意識をこの男に向けていた。それが、この男の言う「念を飛ばす」ということになっていたらしい。

「ごめんなさい。知りませんでした。またあんなのが出てこないように、危なそうなときは、あなたの顔を思い浮かべるようにしていたので……」

「まあええ」

「それで、これ……」

 京子は、借りた服の入った紙袋とケーキの入った箱を差し出した。

「おお、これはご丁寧に」

 男は甘いものが好きなのか、ケーキの箱を目にして口元が緩んだ。

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

 男はそう言って後ろを向き、前回消えたあたりに向かって歩き出した。

「ちょっとお話しできませんか」

 男は京子の声に振り返った。

「忘れろ。深入りすると生きにくうなる。ああいうことがしょっちゅう起きるようになる」

 男の目は至極真面目なものだった。

「あんた、名前は?」

「武藤京子です」

「武蔵の藤原か。天児屋命の裔だの」

「はあ」

 京子は、何故ここで神の名が出て来るのか疑問に思った。

「わしは守屋耕造。物部で、邇藝速日命の裔だ」

「今回のことは先祖の神様が関係あるんですか?」

「あると言えばあるし、ないと言えばない。余計なことは知らん方がええ」

「でも、教えてください」

「……おう、では覚悟しろよ」

 少し考えたあと、守屋はそう言った。

 京子は守屋の言葉に頷く。


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