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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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4/50

ある結末

 いま、母が逝った。

 孤独な私を娘として受け入れてくれた母。

 母の命が消えた時、父が涙を流した。

 父は痴呆で、この一年、母のことも私のこともわからなくなっていた。

 だが、いまの父は記憶を取り戻しているようだ。

 ここにいるのは、私が尊敬したかつての父だ。

 母と私を守り通してくれた父。

 私を娘として受け入れ、育ててくれた父。

 その父が、私の前で泣いている。

 こんな父を見るのは初めてだ。

 かける言葉が思い浮かばず、私はただ後ろに立って父を眺めている。


 父は喪主として、母を送り出した。

 久しぶりに見る、かくしゃくとした父だった。

 だが、その翌日、父は布団の中で冷たくなっていた。

 母を追いかけて行ったのだろう。

 私を独り残して。

「美也子」

 私の名を呼ぶ父の声が、まだ耳に残っている。

 もうその声を聞くことはないのだ。

 そう考えると胸が苦しくなった。


 いま、私は父の秘密を読んでいる。

 父は二十代の頃から自分の見る不思議な夢をノートに記録していた。

 私は子どもの頃から、こっそりとそのノートを読んでいた。

 そこにはこの世の秘密と思えるようなことが沢山書かれていた。

 父は何度も時を巻戻している。

 時を巻き戻した世界は、かならずしも前の世界とつながっていない。

 それは並行世界。

 前の世界とは少しちがう場所。

 そんなことが書いてあった。

 ひょっとしたら――

 今回も時を巻戻し、父は過去に旅立って行ったのかもしれない。

 たぶん、そうに違いない。

 私は父本人よりも父のことを知っている。

 父はノートに書いてしばらくすると、それを忘れてしまう。

 ノートには、『こちら』に『あちら』の知識を持って来るのが難しいと書かれていた。本人は書いたことさえ忘れてしまうらしい。自分の書いたノートを読み返しても、ノートを閉じた途端に忘れてしまうそうだ。

 だが、その忘却の呪いは私には効かない。私にとって、これは『あちら』の記憶ではなく、『こちら』で私を育ててくれた父の思い出なのだ。忘れられるはずがない。

 だから、私は父本人よりも父のことを知っている。

 父のように時を巻戻せないものか。

 私はそう考えている。

 私は父母の本当の子どもではない。

 でも、私の心は、魂は、父と母の愛を注がれて育ったもの。

 私の大部分は、父と母の愛でできている。

 だから、私にも――


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