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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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38/50

混沌の気配

 世界は変化していた。

 だが――

 人はそれに気づかない。

 気づけない。

 この世界の外側には混沌がある。

 さまざまな宗教の創世神話で、世界のはじめは混沌であったという。

 つまり、世界の外側に出れば、そこは混沌なのだ。

 だが、そうした事実は『こちら』の人々には隠されている。

 気づいても、それを忘れてしまうようになっている。

 それがこの世界の仕組み。

 知ればこの世界が壊れてしまうから、混沌を呼び込んでしまうから、だからそういう仕組みになっている。

 だが、その仕組みは諸刃の剣。

 その仕組みのせいで、この変化に気づく者は誰もいない。

 世界の外殻から混沌が染み込んで来ているというのに。


 その男は怖がりだ。

 暗闇が怖い。

 しかし、仕事が終わるのはいつも深夜。

 今日も遅くなった。

 駅から離れるにつれて、明かりは少なくなる。

 男の中で恐怖が徐々に膨れ上がる。

 男は足を速める。

 一刻も早く帰るために。

 電柱の影に何かが!

 男は走り出した。

 男がマンションに帰ったのは日付が変わろうとする頃。

 男は買って来た弁当を食べ、シャワーを浴び、いまは洗面台で歯を磨こうとしている。

 男は鏡が苦手だ。

 鏡の中の自分を凝視できない。

 鏡の中の自分が変な動きをしないか気になって仕方がない。

 男は歯磨き粉を取ろうと手を伸ばした。

 鏡には自分の手が映っている。

 何もおかしくない。

 男は自分にそう言い聞かせ、歯磨き粉に触れる。

 だが、男はうっかり想像してしまった。

 鏡の中の手がこちら側に抜け出してくることを想像してしまった。

 次の瞬間――

 鏡の中の手は鏡から抜け出し、男の手首を掴んだ。

 それは、男の想像通り、冷たい感触だった。

 それが男の最後になった。

 心臓が止まったのだ。

 男の心臓が止まると同時に、鏡から抜け出した手は消えた。

 しかし、男の手には掴まれた痕が赤くはっきりと残っていた。


 その男の子は、自分の部屋のベッドに横になりながら、部屋の反対側にあるクローゼットを睨み付けていた。

 クローゼットの扉は少しだけ開いている。

 男の子はそこから何かがこちらを見ているのではないかと気になっていた。

 目を離したすきに何かが襲ってくるのではないか。

 そんな想像をして、クローゼットから目が離せなくなっていた。

 少し前、男の子は家族と一緒にホラー映画を見ていた。

 その映画には白人の子どもがモンスターに襲われるシーンがあった。

 いまの男の子の状態は、その映画のシーンとほぼ同じ。

 見るんじゃなかったと思っていたが、後の祭り。

 クローゼットの扉の隙間に赤い目が光って――

 男の子がそう思った瞬間、クローゼットから影が飛び出した。

 その影は、男の子の手を取ってクローゼットへと向かう。

 男の子は声を出そうとしたが果たせず、それどころか、自分の身体が全く動かないことに気づいた。

 男の子はクローゼットの向こうに引きずり込まれようとしていた。

 そのとき、物音に気付いた父親が部屋のドアを開け、明かりを付けた。

 父親はクローゼットから息子の足が出ているのを見つけた。

 その足はぴくぴくと痙攣している。

 パジャマのズボンが血で赤く染まっていく。

 そして、その足は動きを止めた。


 その男は重度のオタクであった。

 三次元の異性には興味がない。

 アニメのキャラクターを自分の嫁だと思い込んでいる。

 いま、男の目の前には嫁が立っている。

 厚みが完全にゼロの二次元平面。

 それがこの嫁。

 しかし、常に男に正対しているから、男は厚みがないことに気づかない。

 いや、気づいてはいるが、それが望ましい姿だと思っているのかもしれない。

「えりたん、やっと僕のところに来てくれたんだね」

 そう言うと、男は何故かその場に土下座した。

「ありがとう。ありがとう」

 そう言いながら、男は嫁ににじり寄っていく。

 その二次元像は、男の視点に合わせて変化した。

 必ず視線に正対するように。

 男は土下座の状態から顔だけを上に向けている。

 男の視点に合わせ、二次元像はミニスカートを下から見上げる画像に変化する。

 嫁はスカートを押さえるしぐさをした。

 だが、隠しきれていない。

「えりたーん」

 男は嫁の名を呼ぶと、その足に抱きついた。

 それは空間に固定された厚みゼロの二次元像。

 映像ではなく実体がある。

 厚みがゼロで硬度が無限大のカミソリと言っていい。

 だから――

 二次元像は、何の抵抗もなく男の両腕を切断した。

 腕の切断面から大量の血液が噴出する。

 だが、それは厚みゼロの刃物。

 痛みは感じない。

 男の視野は急速に狭窄していく。

 それがいつしか白昼夢に切り替わり、男の魂は幸せな夢の中に旅立って行った。


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