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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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37/50

おくじょうでUFOをよぶ?

 何年か前、近所の建築事務所がつぶれた。かなり大きな会社だったので、当時は大騒ぎになった。債権者や施主、その他諸々の人たちが連日押し寄せていた。経営者たちはすでに逃げたあとだったので、一般社員が対応に追われることになった。給料は未払いのまま放置されている。だから一般社員も被害者だったのに。

 その事務所跡はずっと買い手がつかずに放置されていたのだが、二か月前、足場が組まれ、建物全体がシートで覆われた。

 本日、そのシートが外された。茶色だった外壁が白一色に変わった。入口のプレートには、宗教を臭わせる団体名が記されている。

 屋上降臨教会。

 おくじょう?

 ビルの上でUFOでも呼ぶのだろうか?

 近所ではすぐにネタにされた。

 そして数日後――

 田中良枝から誘いが来た。

屋上やうえ降臨教会に入りませんか?」 

 翌日、井田千賀子からも同じ誘いが来た。

 その翌日、河合からも同じ誘いが。

 さらにその翌日、獣医の松浦と砂川が二人で――

 地域猫の関係者が取り込まれたらしい。

 由美は見学に行くと約束させられてしまった。

「へえ、あれ、『やうえ』って読むんだ」

 やうえ。

 ヤウェ?

 不快な響きだ。頭の中で警報が鳴る。

――それにしても、ひどい漢字を当てたものだ。 

「うん、それでね、見学に行かなきゃならなくなったの。真志さんも行ってくれない?」

 由美は熊神ヤウェのことを憶えていない。

 だが、私は憶えている。

 熊神の首を斬ったことを憶えている。

 自分と美也子が殺されたことも憶えている。

 熊神は敵。

 もしもこの教会が熊神のものだとすれば――

 戦うならどのくらいの規模になるのだろう。

 化け物の数は?

 強さは?

 信者数に依存する?

 熊神は不幸をばらまき、マッチポンプで信者を獲得しているのではないか。

 そんな疑いが頭をよぎる。

 あれはそういう神なのだ。

 

『ヘブルびとの神、主はこう仰せられる、「わたしの民を去らせて、わたしに仕えさせなさい。わたしは、こんどは、もろもろの災を、あなたと、あなたの家来と、あなたの民にくだし、わたしに並ぶものが全地にないことを知らせるであろう。わたしがもし、手をさし伸べ、疫病をもって、あなたと、あなたの民を打っていたならば、あなたは地から断ち滅ぼされていたであろう。(中略)ゆえに、あすの今ごろ、わたしは恐ろしく大きな雹を降らせるであろう。それはエジプトの国が始まった日から今まで、かつてなかったほどのものである。それゆえ、いま、人をやって、あなたの家畜と、あなたが野にもっているすべてのものを、のがれさせなさい。人も獣も、すべて野にあって家に帰らないものは降る雹に打たれて死ぬであろう」と』

                  出エジプト記9章 13-19

 

『それでパロとその家来およびエジプトびとはみな夜のうちに起きあがり、エジプトに大いなる叫びがあった。死人のない家がなかったからである。そこでパロは夜のうちにモーセとアロンを呼び寄せて言った、「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。あなたがたの言うように羊と牛とを取って行きなさい。また、わたしを祝福しなさい」。こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国を去らせようとした。彼らは「われわれはみな死ぬ」と思ったからである』

                 出エジプト記12章 30-33

 

 ああ、そういえば――

 熊神に会ったことは夢としてリセットされた。

 違う時空のできごとになった。

 あれは人が感知できない空間軸に沿って、微妙にずれたところにある場所のできごとだ。

 熊神は高次の空間軸を利用できる。

 だが、時間軸には縛られているように思える。

 私が老人であったとき、熊神はひとりで現れた。あのとき、熊神は明らかに私たちを認識し、狙っていた。

 美也子を娘に迎えたときには、世界中の人びとを化け物に変え、黒いプールに集めていた。あのときの熊神は、私たちの存在を意識していなかった。

 時間軸で言えば、後者のできごとが先。

 あいつは私とちがって時間軸を遡れるわけではない?

 そして、もう一つ考えるべきことがある。

 事件の規模が大いに違うのだ。

 倒されるほど力を失うのか?

 乱暴な推論だ。

 だが、私の頭の中で正解のファンファーレが……。

『私』が正解だと言っている。

『あちら』からの介入。

 介入があるならば、これは深刻な事態なのだ。

 できることなら関わりたくない。

 だが、きっとやらねばならないのだろう。

 そもそも私はすでに目をつけられている。

 たぶん私の家族も。

 投げ出せるわけがない。

 投げ出しても相手が放っておいてくれるとは考えられない。

 やるしかないのだ。

 そう決心した途端、『あちら』から情報が流れ込む。

 一度は世界中から化け物が集まった状態をひっくり返すことができた。

 倒されるほど力を失うのなら、あれは相当なダメージになっている。

 化け物を構成していた人種が多種多様であったことを考えると、あれは世界的な規模の事件。じっくりと時間をかけて行動を起こしたはず。

 準備する余裕を与えなければ――

 戸隠で起きたことを思い出した。

 神社を汚して回るのはその準備だったのではなかろうか。守りを壊して自分の領域を強化する。あれはそんな行為だった。そして、今回の教会も、自分の領域を広めるための布石なのだ。

『あちら』からさらに知識が流れ込んでくる。 

 日本の外では熊神の勢力は大きい。信仰する人の数が力になるのだから。だが、いまの熊神は日本にいて、その力は限定されている。限定されているから、いまの熊神は海外の化け物を戦力として投入できない。

 そこで疑問が湧いた。

 ヤルダバオートにはたくさんの天使がついていた。熊神に天使はいないのか。

 その答えは『あちら』から流れ込んでこなかった。 

 いずれにしても、いままで天使を見ていないのだから、少なくとも日本では天使を召喚できないのだろう。いや、ひょっとしたら、あの化け物たちが天使なのかもしれない。旧約聖書の天使は、人間の姿をしたものもいるが、ほかは悪魔と見分けがつかない見た目をしているのだからあり得ないことではない。

 決戦を意識して、私はさまざまなことを考えた。

 しかし、『あちら』から答えはやって来ない。


「美也子ちゃん、留守番よろしくね」

 由美は美也子に声をかけた。

「うん。お母さんこそ気をつけてね」

「大丈夫。お父さんいるし」

 今日、由美は屋上降臨教会に行く。私もそれに付き添うことになった。

 私はこの教会が熊神のものだと確信している。それは『私』からの介入があったからだ。わざわざ近くに教会を建てたのは、私への宣戦布告なのか、あるいは全くの偶然なのか。いずれにしろ、戦いは避けられそうもない。

 戦いが避けられないのなら、如何に有利な状況を作り出すかが勝敗を分ける。

――さて、どうするか。

『私』の介入で、熊神が時間軸を遡ることができないことはわかった。

 ただ、まだ何かが――

 グノーシスでは、ヤルダバオートは神々のいる高次の世界を知覚できず、ほかの神々を認識できなかったから唯一神を名乗った、ということになっている。XYZ軸のほかにいくつかの軸は認識できるが、そのさらに上の軸は認識できない。熊神も同じだと考えて良いのか。熊神がヤルダバオートと同様、認識できないとは言い切れない。

 だが、いま、『私』が私に対処させようとしている。

 その意味を考えれば――

 熊神が『私』のいる高次世界にアクセスできるのなら、こんな面倒なことをせず、『私』が『あちら』で処理するだろう。『私』が直接対処しないのは、熊神が『あちら』の深いところに行くことができないから。そう考えるのが妥当だ。

 熊神は高位の神々のおわす次元が認識できず、t軸を遡れない。

 これには間違いなさそうだ。

 私は眠りを通じて、高位の神々のおわす次元もt軸も使用している。その点では熊神よりも有利かもしれない。もっとも、それは私の意思でどうにかなるものではなく、『私』の意思に依存するもの。ここぞという時に思い通りになるとは限らない。

 だが、『私』が私という駒をここに置いたのには意味があるはずだ。私は策を弄するタイプではない。『私』はそれを考慮しているはず。そう考えると、熊神と私の直接対決が期待されているように思える。わざわざ負ける勝負を設定するはずがない。だったら――

 私はうだうだと考える。そして、ようやくひとつの答えにたどり着く。

――真正面からぶつかって勝てる、ということ?

 確かに、一度は簡単に首を刎ねた。

 だが、あのときの熊神は、我々を敵として認識していなかった。

 それにあれは出合い頭だ。

 熊神に油断があった。

 今回は違う。

 きっと、何らかの下準備をしていることだろう。

 それでも『私』が私に行かせるのだ。勝算があるに違いない。

『私』を信じてみよう。

 そんな風に思っていたのだが――

 

 当日、教会前には近所の人たちが大勢集まっていた。

 それは本当の見学会だった。

 そして、何事もなく家に帰る。

 こっそり暗器代わりになる金物を仕込んでおいたのが馬鹿みたいだ。

――何も起きないから『私』は私を引き留めなかったのね。

 そんな風に考えながら家路につく。

 だが、家の方は、何事もなく、という状態ではなかった。

「おとうさーん」

 帰るなり、美也子の悲鳴に迎えられた。

 そこには、戸隠の帰りに戦った小鬼たちがいた。

 そして、バラバラになった小鬼の身体が床に散乱している。

 いま戦っているのはトラ。

 美也子も液体の滴るカメラの三脚を持っているので、一緒に戦っていたのだろう。

 ちなみに、それは私愛用の三脚。

 私はその悲しみを小鬼にぶつける。

 あっという間に小鬼は駆逐され、死体は消えた。

 だが、なぜか私の三脚は体液でべとべとのまま……


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