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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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由美と美也子(2)

「はい、いい子ね。よしよし」

 その公園では、十人ほどのグループが地域猫の世話をしていた。

 その一人、田中良枝は猫を膝の上にのせ、頭を撫でている。猫は喉を鳴らしながら大人しく撫でられていた。安心しきっている。田中はその猫の性器を確認すると、リーダー格の結城由美に目配せをした。由美はそれに頷く。

 地域猫の去勢や避妊をするとき、通常は餌を入れた捕獲機で捕らえる。しかし、その猫は人に馴れており、田中はそのまま捕獲機に入れることにした。

 人に馴れているとは言っても、何やら危機感を感じたらしく、捕獲機に入れられるとき、猫は大いに抵抗した。しかし、田中と由美は無理やりその猫を入れてしまった。

 この日、十数匹の猫が捕獲された。彼らは去勢もしくは避妊手術をされた後、再びこの地に放たれて地域猫となる。

「ああ、おかあさん、トラちゃん捕まっちゃった。助けてあげて」

 小学生くらいの女の子が、一緒にいた母親に涙を流しながら訴えかけた。

「あの、その猫どうするんですか?」

 その母親は由美に話しかけた。

「避妊した後でまたここに放してあげるから大丈夫ですよ」

「おかあさん、避妊ってなに?」

「うーん、赤ちゃんができなくなるようにすることかな」

「えー、かわいそう」

 増えすぎると近隣から苦情が出て、猫たちを殺処分にしなければならない。由美はそう説明しようとしてやめた。自分だってこんなことはしたくない。自分の心を偽っているような者が、子供にうまく説明できるはずがない。だから、由美は、女の子への説明は母親に任せ、会釈をしてその場を後にした。後ろからは女の子が母親に詰め寄る声が聞こえていた。

 以前、由美は別の地域猫保護活動グループにいたことがある。彼らは過激だった。身勝手な正義感を振りかざして手に負えなかった。一度、この活動に反対する人たちと衝突する光景を目にしたことがある。あれは修羅場だった。わけの分からないことを喚き散らして暴れ始めたのだ。両者が。こういう人たちとは関わり合いたくない。だから逃げた。

 その経験はいまの活動で役立っている。活動中に話しかけられたら、逆らわず、主張せず、なるべく早くその場を退散するのだ。

 由美が捕獲に参加したのは今日が初めてだ。これまでも、近隣から苦情が出る度に、殺処分を免れるために捕獲をして去勢や避妊の処置をしていたようだが、由美はその処置に賛同できず、誘われた日には用事を口実に逃げていた。今年に限っては、田中に推薦され、あれよあれよという間になぜか由美がリーダーにされてしまった。田中に仕組まれているような気がしていたが、逃げることはできなかった。マンション内での付き合いは難しい。

 由美は病気やけがをした猫を助けるためにこの活動に参加していた。虚勢や避妊には賛同していない。

 獣医らが言う去勢や避妊の理由は、数が増えすぎることだけではない。病気の予防を理由に挙げる獣医もいる。しかし、野生で生活している状態で、生殖能力があれば病気になるという論理には納得がいかない。その病気だって人間のせいで広まったものなのに。それに、その論理が真実であれば、猫は種として終わっていることになる。猫エイズのリスクがあるにしろ、猫から子を持つ喜びを奪ってしまうことが正しいと言い切れるのだろうか。

 そう考えるのは、由美自身が子を産めるか悩んでいるからだ。いまは義理ではあるが美也子という娘がいる。でも、やはり真志の子を産みたいと思う。年齢的な問題もあるから焦ってもいる。そんな状態だから、猫に感情移入せずにはいられない。

 それに、夫の真志の影響もある。真志は何故か生き物に好かれる。一緒に公園を歩いていると、猫が挨拶に来たり、蝶が真志の周りを飛び回ったり、不思議な光景を目にする。しかし、犬とは相性が悪いらしく、よく吠えられている。

 結婚する前に、由美は真志に質問したことがある。何か動物を飼ったことがあるかと。その質問に対して、真志の表情は変わらなかったが、怒りが感じられた。彼は、動物は自立しているべきだと考えているそうだ。彼は、ペットにするということは奴隷にすることと同じだ、と考えている。餌付けして人間に慣れさせるのも良くないと考えている。由美はその考えに強く影響されていた。

 手術の日まで、捕獲した猫はメンバーで預かることになっている。真志は何と言うだろう。由美にはそれが気がかりだった。


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