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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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由美と美也子(1)

 由美は美也子を膝の上に抱き、この上なく幸せだった。彼女は結婚することも子どもを持つことも諦めかけていた。そんなとき、真志と美也子に出会った。美也子は真志の連れ子だ。なぜか、当時の記憶は曖昧になっている。でも、ひとつのことだけは、はっきりと憶えている。初めて美也子が自分を母親と認めてくれた時のことを。

 あれはどこかの森の中だった。由美は美也子を膝にのせ、頭を撫でていた。そのとき、美也子は自分を母と認めてくれたのだ。一生子どもを持つことはないと思っていた由美にとって、あの美也子の言葉は、この上ない幸せを感じさせるものだった。これ以上、何も望まない。いまの状態がずっと続けばいい。由美はそう望んでいた。


 時が過ぎ、美也子は十八になった。

 そして、忘れていたことを思い出した。

 真志は自分の父親ではない。

 でも、やはり真志は自分の父親なのだ。

 美也子は真志の領域で自分の身体を、魂を、作り替えた。

 それはぼんやりと憶えている。

 あのとき、自分に何かが流れ込み、何かを理解した。

 その理解のもと、あの場の神気を取り込んで自らを作り替えたのだ。

 身体も、魂も、大部分は真志由来の何かでできている。

 いまの美也子は明らかに真志の眷属であり、娘なのだ。

 真志は何か大きな存在のアバターだ。

 美也子は眷属ゆえにそれを知っている。

 でも、縛りがかかっている。重要なごとはわすれてしまう。それが『こちら』に存在するための縛りで、『こちら』を壊さないために必要なことらしい。

 真志は自分が何者なのか気づかないよう、そんな風に縛られている。

 美也子はそれを知っている。

 その縛りで、真志が自分のこと――いにしえのえにし――を忘れている可能性だってあったのだ。

 そうなっていないだけでもありがたいと思わなければ。

 憶えていてくれただけじゃない。

 真志は自分を娘として愛してくれた。この歳になるまで育ててくれた。それに、由美は自分のことを真志の連れ子だと認識しているにもかかわらず、やはり自分のことを愛し、育ててくれた。

 自分は素敵な人たちを両親として、人生をやり直すことができたのだ。

 そう考えると、美也子の目には涙があふれて来る。

 美也子は自分の本当の家庭を思い出した。

 彼女がそれを壊してしまったのだ。

 たぶん――

 自分を作り替えた影響か、はるか昔に結んだえにしが甦ったからか、今世の家族の思い出は朧気になりつつある。

 だが、忘れてはいない。

 本当の母は、学歴にコンプレックスを持っており、美也子に自分と同じ人生を歩ませないようにしていた。それは愛ゆえの行動だったかもしれない。しかし、それは、一瞬でも勉強を休むことを許さない異常なものであり、美也子を追い詰めた。彼女は悪い仲間と遊び歩くようになり、世間体を気にする父親は、美也子のことを母親に押し付け、仕事にこじつけて家に寄りつかなくなった。母は男を作り、現実から逃げ出した。

 美也子は自分が家庭を壊してしまったことを後悔し、何とかやり直せないかと両親の関係を修復しようとした。

 だが――

 真志と出会ったとき美也子を追いかけていたのは、母親と浮気相手の死体から生まれた化け物だった。自分のせいで地獄に落ちた人たちが、美也子も地獄へ道連れにしようと襲いかかって来るわけだから、美也子にとってそれは何よりも恐ろしく、心をかき乱されることだった。

 真志に触れたとき、かつての縁が甦り、美也子の心から恐怖が消えた。

 何か非常に安心できるものが自分を満たした。

 あのとき美也子は真志を求めた。

 はっきり憶えていないが、そんな気がする。

 でも、たぶん、一線は越えなかったはず。

 そのはずだ。

――あぶなかった。

 一線を越えていれば、いまの生活はなかったのだ。

――忘れよう。あの気持ちは。

 美也子は自分にそう言い聞かせた。

 美也子は由美を母として尊敬している。彼女を裏切るわけにはいかない。また自分のせいで家庭を壊してはいけない。美也子はそう自分に言い聞かせた。

 しかし、美也子は同時に自分が一生独身を貫くことになることも確信した。真志以上の男はいないのだ。彼は自分を愛し、育ててくれた父であり、そのうえ――


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