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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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守屋

――吉蔵よ、小夜よ、文香よ、お前たちは、いまどうしているのだ。

 守屋耕造は自分の『家』がある河原で夕陽を眺めていた。

 さきほどまで、対岸では子供たちが遊んでいた。少し離れたところで、それを若い親たちが見守っていた。何組かの若い世帯が河原にバーベキューに来ていたのだ。守屋はその光景から目が離せなかった。生き別れになった妻や子どもたちへの思いで涙腺が刺激される。

 隣にいる小さ子たちが気遣わし気に守屋を見た。だが、彼らはあまりにも小さく、守屋は彼らの気配に気づかなかった。

 いま見ている夕日は守屋の知っている色ではない。守屋の記憶にある日の本の夕日は、もっと違う色をしていた。それは、もっと鮮やかな色だったはずだ。

 守屋は、『あちら』の方向のどこかにある、自分のいた日本に帰りたかった。そして、妻の文香に詫び、子どもたちの成長を確かめたいと願っていた。

 守屋のいた日本。それは、この日本に住む者には認識できない場所にある。逆に、その日本には、『この』日本を理解するすべがあった。守屋のいた日本の人々は、『あちら』の方角を知覚できるのが当たり前だったからだ。

 守屋のいたところは、この日本と陸続きになっている場所だ。ただし、それはXYZの三次元座標系ではなく、別の座標軸での話だ。この日本にいる人々はそれを理解できない。『あちら』の方向を認識できなくなっているから。

『あちら』の方向を認識できる守屋には、この日本に住む人々が薄っぺらく見えている。薄っぺら、というのは内面的な意味ではない。物理的な意味で、だ。この地の人々のほとんどは『あちら』の方向に厚みを持っていない。だから、『あちら』の方向を見ることができる者にとっては、物理的に薄っぺらく見えるのだ。

 それは守屋にとって不思議であり、気がかりな問題でもあった。

 人の思いは世界に干渉する。

 特に日の本の民ならば。

 だが、これほど薄っぺらなら――

 この世には二通りの民が存在する。

 ひとつは、古の神々がこの世とともに創った民。

 もうひとつは、古の神々の血を宿す、神々の子孫だ。

 神々の分霊と言っても良い。

 創られた民たちが『あちら』の方向を認識できないのは特に珍しいことではない。しかし、神々の分霊である民が『あちら』の方向を認識できないことは異常だ。それが認識できなく、皆に存在しないと見なされてしまえば、本来ならつながっているはずの場所が分断されてしまう。

 少し前、守屋はこの日本に迷い込んだ。

 たぶん、地震がきっかけだ。

 守屋は、ある程度の範囲であれば、『あちら』方向に移動できる。だから、最初のうちは落ち着いていた。すぐに帰ることができると思っていたから。

 だが、同じ道を引き返すことはできなかった。その道は一方通行のようになっていたのだ。きっと、この地の人々が『あちら』の方向を認識しなくなってしまったから、つながりが一方通行になっているのだ。

 しかし、問題はそれだけではない。

 分霊は、本来、神々とのつながりを持っている。しかし、大多数の民が『あちら』の方向とのつながりを失った結果、この地の日本人はつながりが切れ、日本人でなくなりつつある。それはたぶん日本だけではない。守屋が見かけた外国人たちは、さらに薄っぺらかった。ひょっとしたら、この層に属する国々は、皆『あちら』の方向とのつながりを失いつつあるのだろうか。この世界には、人間のほかに、人ならざる者たちがいる。彼らは世界の片隅で細々と生きている。いまのこの世界は、その細々と生きる人ならざる者たちの力だけでつなぎ留められているように見える。

 小さ子の一人が守屋の手のひらに乗り、注意を引こうとした。

 守屋が小さ子の方を見ると、心の中に「大丈夫か?」というような意思が伝わってくる。

「おう、すまん。気を使わせてしまったかの」

 守屋はそう言って盃に酒をついだ。盃といっても、それはペットボトルのキャップを削ったものに過ぎない。

 その小さ子は、一口酒を味わうと、ほかの小さ子に盃を回した。

 彼らは少名毘古那神の末裔であり、最近では、小さなおじさんなどと呼ばれることもある。彼らは少しだけ『あちら』の方向にずれたところに住んでおり、薄っぺらいこの地の人々には見えない。


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