萌芽(1)
「ここはどこ?」
振り向くと由美がいた。その隣には美也子もいる。二人とも裸ではなく、きちんと服を着ていた。
私にはここがどこかすぐに分かった。この場所を知っている。馴染みがある。この場所は私の夢の中で育ち、私の成長とともに拡がっていった。繰り返し夢で見た場所だ。
三人とも眠ってしまい、私の夢の世界に入り込んでしまったのだろうか。
「ここは、たぶん、私の夢の中だ」
「ここ好き。なんかほっとする」
美也子が言った。
「どうして真志さんの夢の中に?」
由美は戸惑っているようだ。
「さあ?どうしてだろう」
「もう何でもありだよ。ねえねえ、面白いとこない?案内して」
美也子はなぜかはしゃいでいる。
「別に、面白いところはないと思うけど」
「ここが真志さんの夢の中なら、あの神社に祀られているのは誰?」
「さあ?」
それは『私』なのかもしれない。
あるいは一者であるかもしれない。
もともとこの場所は山間の何もない場所で、最初は鳥居と手水舎だけがあった。私がそこを訪れた後、知らない人たちが集まって街ができた。町が大きくなるに従って、社が大きくなり、人が増えて行ったのだ。
「あっ、川原にも何かある。出店もあるみたい。行ってみようよ」
そこに出店があるのは知っていたが、私は川原まで下りて行ったことはなかった。夢で何度も見た世界とは言え、細部がどうなっているかまでは把握していない。
川原に降りると、美也子は一直線に出店に向かった。私と由美はその後姿を見ていた。二人の見守る中、美也子は出店に近づくにつれて小さくなっていく。私たち二人は驚いて後を追った。
「はいお嬢ちゃん」
小学生くらいになった美也子は、出店にいた男からリンゴ飴を受け取った。
「にゅふふふ。おとうさん、もらっちった」
美也子は私を父と呼んだ。
あの笑い方は遠い記憶を呼び覚ましそうになった。
しかし、手が届きそうで届かない。
「よかったね」
美也子は世の中のしがらみから解放されて、子どもに戻りたかったのかもしれない。私はそう思い、話を美也子に合わせた。由美は何も言わなかった。
美也子は手を伸ばし、私の手をとった。そして、にっこりと笑う。
「ミヤ、ここ好きぃ」
美也子を真ん中にして私たち三人は歩いた。リンゴ飴はいつの間にか消え、美也子は由美の手を握っていた。三人で手をつないで歩く。私の心は、いままで感じたことのない何かに満たされていた。
「あ、わたあめ」
美也子はそう言って、わたあめの屋台に走り出した。離した手が名残惜しい気もしたが、私はそのまま美也子を見送った。由美も笑顔で美也子を見ている。そして、私に微笑んだ。言葉を交わさなくても、何かが伝わった気がした。
美也子は、キャハハと裏返った声を発しながら走っている。その手にはいつのまにか小さながま口が握られていた。
「むー」
美也子は屋台の前に立ち止まり、頬を膨らませた。その表情はすぐに泣きそうなものに変わる。両手でがま口を握りしめながら。
次の瞬間、私はわたあめの屋台の店主になっていた。
美也子は私を見ると笑顔を浮かべた。厚い雲間から夏の日差しが覗いたように感じた。
「くっださいなー」
美也子は私に向かって五百円玉を差し出した。私はわたあめはいくらなのかと気になったが、それを受け取り、いつのまにか手に持っていたわたあめを美也子に渡した。
「はいどうぞ」
「ありがと」
また景色が変わった。
私たち三人は、あの化け物どものいた世界にいた。
三人とも、夢の中で着ていた服を身につけている。
そして、美也子は子どものままだった。
「いままで夢の中にいたこと、憶えてる?」
私は由美に聞いた。
「はい。憶えています。でも美也子ちゃん、子どものまま……」
「由美ちゃん、ミヤはずっと子どもだよ」
美也子は自分の名が呼ばれたことに反応した。
「そうだね」
そう言って私は美也子の頭を撫でた。
「おとうさん、すきぃ」
「美也子ちゃん、私のことはお母さんて呼ばないの?」
「うーん、わかんない」
由美は美也子を自分の膝の上に座らせた。
「んー、お母さんでもいいよ」
美也子は考えた末にそう言った。
「ありがと。嬉しい」
由美はそう言って美也子を抱きしめた。
美也子は「にゅふふふ」と笑った。
私はその様子を横目で見ながら考えていた。
またここに来たということは――
あの熊頭を何とかしないといけないのだろうか?
戦う?
話し合う?
どちらもありそうにない。
私たちは、考えの出ないまま、荒れ地と森の境界まで来た。
一応、武器になるものを……。
今度も木にお願いをした。
刃は思いっきり圧縮して硬くする。
木は応えてくれた。
私は刀を手に入れた。
緑がかった金属光沢の刃。
それが白木の柄についている。
現実離れした不思議な刀だ。
とりあえず武器はできた。
――だが、どうしたものか。
そう思った時、事態が動いた。
森と荒れ地の境界から熊頭がひょっこり出て来たのだ。
私は反射的に熊頭の首を刎ねた。
由美と美也子は唖然としている。
そして、私も……。
――えっ、これで終わり?
そんな感じだ。
信者の少ない日本だから、熊神は力を十分に振るうことができなかったのかもしれない。
そう考えると、熊神がここに現れた理由がわかるような気がする。このエリアにはキリスト教の教会が多い。この近辺数キロ四方には、教会が二十もある。たぶん、ここは熊神にとって、日本でも有数のパワースポットなのだろう。信者数は欧米に比べるべくもないだろうが。
こうして、このレイヤーから熊神はいなくなった。そして、私たちは――




