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混沌に浮かぶ泡  作者: 藤原時照


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29/50

萌芽(1)

「ここはどこ?」

 振り向くと由美がいた。その隣には美也子もいる。二人とも裸ではなく、きちんと服を着ていた。

 私にはここがどこかすぐに分かった。この場所を知っている。馴染みがある。この場所は私の夢の中で育ち、私の成長とともに拡がっていった。繰り返し夢で見た場所だ。

 三人とも眠ってしまい、私の夢の世界に入り込んでしまったのだろうか。

「ここは、たぶん、私の夢の中だ」

「ここ好き。なんかほっとする」

 美也子が言った。

「どうして真志さんの夢の中に?」

 由美は戸惑っているようだ。

「さあ?どうしてだろう」

「もう何でもありだよ。ねえねえ、面白いとこない?案内して」

 美也子はなぜかはしゃいでいる。

「別に、面白いところはないと思うけど」

「ここが真志さんの夢の中なら、あの神社に祀られているのは誰?」

「さあ?」

 それは『私』なのかもしれない。

 あるいは一者であるかもしれない。

 もともとこの場所は山間の何もない場所で、最初は鳥居と手水舎だけがあった。私がそこを訪れた後、知らない人たちが集まって街ができた。町が大きくなるに従って、社が大きくなり、人が増えて行ったのだ。

「あっ、川原にも何かある。出店もあるみたい。行ってみようよ」

 そこに出店があるのは知っていたが、私は川原まで下りて行ったことはなかった。夢で何度も見た世界とは言え、細部がどうなっているかまでは把握していない。

 川原に降りると、美也子は一直線に出店に向かった。私と由美はその後姿を見ていた。二人の見守る中、美也子は出店に近づくにつれて小さくなっていく。私たち二人は驚いて後を追った。

「はいお嬢ちゃん」

 小学生くらいになった美也子は、出店にいた男からリンゴ飴を受け取った。

「にゅふふふ。おとうさん、もらっちった」

 美也子は私を父と呼んだ。

 あの笑い方は遠い記憶を呼び覚ましそうになった。

 しかし、手が届きそうで届かない。

「よかったね」

 美也子は世の中のしがらみから解放されて、子どもに戻りたかったのかもしれない。私はそう思い、話を美也子に合わせた。由美は何も言わなかった。

 美也子は手を伸ばし、私の手をとった。そして、にっこりと笑う。

「ミヤ、ここ好きぃ」

 美也子を真ん中にして私たち三人は歩いた。リンゴ飴はいつの間にか消え、美也子は由美の手を握っていた。三人で手をつないで歩く。私の心は、いままで感じたことのない何かに満たされていた。

「あ、わたあめ」

 美也子はそう言って、わたあめの屋台に走り出した。離した手が名残惜しい気もしたが、私はそのまま美也子を見送った。由美も笑顔で美也子を見ている。そして、私に微笑んだ。言葉を交わさなくても、何かが伝わった気がした。

 美也子は、キャハハと裏返った声を発しながら走っている。その手にはいつのまにか小さながま口が握られていた。

「むー」

 美也子は屋台の前に立ち止まり、頬を膨らませた。その表情はすぐに泣きそうなものに変わる。両手でがま口を握りしめながら。

 次の瞬間、私はわたあめの屋台の店主になっていた。

 美也子は私を見ると笑顔を浮かべた。厚い雲間から夏の日差しが覗いたように感じた。

「くっださいなー」

 美也子は私に向かって五百円玉を差し出した。私はわたあめはいくらなのかと気になったが、それを受け取り、いつのまにか手に持っていたわたあめを美也子に渡した。

「はいどうぞ」

「ありがと」


 また景色が変わった。

 私たち三人は、あの化け物どものいた世界にいた。

 三人とも、夢の中で着ていた服を身につけている。

 そして、美也子は子どものままだった。

「いままで夢の中にいたこと、憶えてる?」

 私は由美に聞いた。

「はい。憶えています。でも美也子ちゃん、子どものまま……」

「由美ちゃん、ミヤはずっと子どもだよ」

 美也子は自分の名が呼ばれたことに反応した。

「そうだね」

 そう言って私は美也子の頭を撫でた。

「おとうさん、すきぃ」

「美也子ちゃん、私のことはお母さんて呼ばないの?」

「うーん、わかんない」

 由美は美也子を自分の膝の上に座らせた。

「んー、お母さんでもいいよ」

 美也子は考えた末にそう言った。

「ありがと。嬉しい」

 由美はそう言って美也子を抱きしめた。

 美也子は「にゅふふふ」と笑った。

 私はその様子を横目で見ながら考えていた。

 またここに来たということは――

 あの熊頭を何とかしないといけないのだろうか?

 戦う?

 話し合う?

 どちらもありそうにない。


 私たちは、考えの出ないまま、荒れ地と森の境界まで来た。

 一応、武器になるものを……。

 今度も木にお願いをした。

 刃は思いっきり圧縮して硬くする。

 木は応えてくれた。

 私は刀を手に入れた。

 緑がかった金属光沢の刃。

 それが白木の柄についている。

 現実離れした不思議な刀だ。

 とりあえず武器はできた。

――だが、どうしたものか。

 そう思った時、事態が動いた。

 森と荒れ地の境界から熊頭がひょっこり出て来たのだ。

 私は反射的に熊頭の首を刎ねた。

 由美と美也子は唖然としている。

 そして、私も……。

――えっ、これで終わり?

 そんな感じだ。

 信者の少ない日本だから、熊神は力を十分に振るうことができなかったのかもしれない。

 そう考えると、熊神がここに現れた理由がわかるような気がする。このエリアにはキリスト教の教会が多い。この近辺数キロ四方には、教会が二十もある。たぶん、ここは熊神にとって、日本でも有数のパワースポットなのだろう。信者数は欧米に比べるべくもないだろうが。

 こうして、このレイヤーから熊神はいなくなった。そして、私たちは――


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